『人は、なぜ他人を許せないのか』
『科学がつきとめた「運のいい人」』
『サイコパス』『毒親』ほか話題書多数、
テレビなどでも幅広く活躍されている
脳科学者の中野信子さんは、
糸井重里が前々から気になっていた人。
今回、中野さん初の人生相談本
『悩脳と生きる』の編集者さんが
お声がけくださったのをきっかけに、
対談させてもらうことになりました。
と、全然違う場所を歩いてきたかに見える
ふたりのスタンスは、実は似ている？
生きるのがすこし楽になるかもしれない、
ふたりの軽やかなおしゃべりをどうぞ。
中野信子（なかの・のぶこ）
1975年東京都生まれ。
脳科学者、認知科学者。
東日本国際大学教授、京都芸術大学客員教授、
森美術館理事。
東京大学大学院医学系研究科
脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。
2008年から2010年まで
フランス国立研究所ニューロスピンに勤務。
脳や心理学をテーマに
研究や執筆活動を精力的に行う。
『サイコパス』（文春新書）、
『新版 科学がつきとめた「運のいい人」』
（サンマーク出版）、
『新版 人は、なぜ他人を許せないのか』
（アスコム）、
『毒親』（ポプラ新書）、
『咒の脳科学』（講談社＋α新書）など、
著書多数。
- 糸井
- 中野さんはもともとできる女の子だった
時代があるせいで、いろんな場面で
とりあえずの答えを、
けっこうサッと出せるじゃないですか。
- 中野
- イタタタタ（笑）。そうですね。
- 糸井
- 「自分のことはあまり表現しすぎない」
つもりもあって、
カツラを被られてた時期もあるし。
- 中野
- そう、前はテレビなどに出るとき、
黒髪のウィッグをつけて出ていたんです。
普段の自分は金髪だったので。 - あとは「中野信子」という名前も
ペンネームで、本名は別だし。
- 糸井
- そういう、社会に合わせたかたちで
表現された「中野信子さん」も
みんなにすごく喜ばれてるし、面白いし、
これはこれで満足なんだけど。 - ただそんな中野さんも、
なかなか表現が難しいようなことについても
興味を感じてるじゃないですか。
今日のお話でも、スキューバとか笙の話とか、
掴みようのない、グズグズした成分が
実はけっこうあって。
それはそれですごく面白さもあって。
- 中野
- そうですね（笑）。
- 糸井
- だからこれから、そのグズグズした部分を
もっと出してもいいような気もしますね。
- 中野
- あ、ほんとですか？
- 糸井
- うん。もしかしたらそこから
大長編小説が生まれるかもしれないし。
- 中野
- ああ、ねぇー！
- 糸井
- そっちは行かないんですか。
- 中野
- 私、構成を考える能力は、自分がまだ
もう少しだと思うところがあって、
時間がかかるかもしれませんね。
- 糸井
- 早く答えが見たいから。
- 中野
- あ、そうそう！ そうかもしれない。
- 糸井
- そういう人、書きにくいんですよね。
- 中野
- やるとしたら、私のような建て付けの主人公が
「この謎はこうだよ」とか言いながら
解いていく短編スリラーみたいなものは、
あるかなと思うんですけど。
- 糸井
- つまりロジックの様式があって、
その中に込められるもの。 - うーん‥‥ただそれはいま、お医者さんとか、
そういうのが得意なタイプの人が
けっこうやってますけど、
でも、もっとグズグズしたものが見たい（笑）。
- 中野
- ほんとにやろうとすると、
『ドグラ・マグラ』（※）みたいなものに
なっちゃうかもしれなくて（笑）。
誰も出版してくれなさそう。
※1935年刊、難解かつ猟奇的な内容で
知られる夢野久作の怪奇探偵小説。
- 糸井
- いや、それもいいんじゃないかな。
『ドグラ・マグラ』、
いまでも読まれてますから。
たしか、青空文庫の中でいつも
年間４番目ぐらいにいるんですよ。
- 中野
- あ、そうなんですか。へぇー！
- 糸井
- たしか「夢野久作」って博多の言葉で
「夢うつつな人」につける
あだ名なんですよね。
「あの人は夢の久作ばい」っていう。 - そういう人が書いたのが
『ドグラ・マグラ』で‥‥
あんなの書いてくださいよ。
- 中野
- ああいった表現を、
私がやっても大丈夫かな？
- 糸井
- いや、時代が求めているのは
それだと思うよ。
名づけようのないものが見たい。
- 中野
- ほんとですか？
もうすごくひっそりと出したい（笑）。
まあ、そういうのはAIが
書けないですからね。
- 糸井
- そうそう。AIの時代だと
「中野先生の知見はすべてAIのなかに
入ってます」みたいなことになりますけど、
それはAIがやれることなんで。
- 中野
- いまは「中野BOT」みたいなのも
できますからね。 - ‥‥ということは、私がまだいままで
ほとんど出したことがない、
テレビカメラの前できちんとしている
私とは違う場所から出てくるものを。
- 糸井
- はい、溜まってるなにかを（笑）。
- 中野
- でもこれ、ほぼ初めて言いますけど、
私、中学生のころ、
コミケ（コミックマーケット）に
同人誌を出してたんです。
- 糸井
- それ、取っといてある？
いま見たら、ヒントがあるんじゃない？
- 中野
- 実家を探したらあるかな‥‥
でも怖くて開けられない（笑）。
完全に黒歴史で、痛々しさ満開で、
誰にも理解されないと思いますけど。
- 糸井
- でもそれ、自分は見たほうがいいと思う。
- 絵のタッチは誰の影響を受けてるんですか？
きっと誰かいますよね。
- 中野
- 私は文章だったんです。
強いて言えば‥‥強いて言えば、
これ怒られるかな‥‥森茉莉さん。
- 糸井
- あぁー！ ませてましたね。
「いわゆる知識」はいらないけど、
「深い教養」はいるみたいな。
- 中野
- そうなんです、そういう憧れが。
で、「お耽美系」みたいな。
だいぶ偏った世界というか。
- 糸井
- ぼくはいま、いろんな「系統樹」って
面白いなと思ってるんですよね。
森茉莉さんなら、お父さんの
森鴎外という人の存在は絶対あるし。 - 手塚治虫さんも、自分の漫画が
どう発生しているかについて、
岡本一平の派があって、
北澤楽天の派があってとか、
ものすごく理路整然と説明できるんですよ。 - だから、みんなが単純に
「『のらくろ』から来てる」とか
言っているのをポーンと否定できるし、
そこからの発想でまた新しい表現を
生み出してたりもするわけです。 - だから「系統樹」を書けるって、
ものすごい重要で。
- 中野
- なるほど。
- 糸井
- だから中野さんのその
「強いて言えば森茉莉さん」って、
なにかあるはずで。
- 中野
- きっとありますよね。
日向か日陰かと言ったら日陰側。
- 糸井
- 日陰側。貧乏自慢もしたいし。
- 中野
- で、森茉莉さんはエッセイが
やっぱり面白くて、
「暑い日は影だけ踏んで歩く」とか。
- 糸井
- 今だったら少女漫画家ですよね。
- 中野
- そう、少女漫画の世界を文章でやってらして。
自分のスタイルがあって。
- 糸井
- いわゆる「うまい・ヘタ」を
そんなに意識してないですよね。
大事な価値観はきっと
そこじゃないところにあって。
- 中野
- そうそう。そして自虐的なことは
おっしゃらない。
でもそれ、別に貫こうとも思ってなくて
「自然体で自分の好きなことをしてまーす」
という感じ。
- 糸井
- それがだけど‥‥中学生？
- 中野
- 中学生です（笑）。
- 糸井
- 生意気ですよね（笑）。
- 中野
- そう（笑）。きっと自分でも、いま見たら、
なんて生意気な中学生だろうと思うと思う。
- 糸井
- でも、そこに行っちゃった子の物語は、
人生相談に答えてあげたくなるんじゃない？
- 中野
- そう思います。
「35年経って、こんなんなってるよ」
って（笑）。
- 糸井
- その本、探したほうがいいと思うな。
その黒歴史は黒くないと思う。
- 中野
- そっか。それが教えてくれるものがある。
- 糸井
- すごくあると思います。
おそらくいま見たら「こういう影響がある」
「こうなりたいと思って無理してる」
とか、全部わかるじゃないですか。 - ぼくも自分が昔書いた漫画とかがあって、
おとなになってから見たんですけど、
当時の自分の見栄の張り方が、
痛いほどわかるんです。 - 「あぁ、それは通用しなかったよね」とか、
ものすごく発見があって。
「そのままずっとやっていたら、
この人がどう行き詰まるか」
なんてことも、いまならわかるし。
だから「やめて良かったな」もあるし。 - だけどぼくはいまも、そのときの延長で
いろんなことをやってる気がするんですよね。
自分はいまもどこかで
漫画家をやっていると思っていますから。
- 中野
- そういえば私、手塚漫画で育った世代なので、
すごく影響を受けているんです。 - 『火の鳥』の世界観とか。
「どちらにもいいところ、悪いところがある。
でも融和には至らず、争い続ける未来の中に
人間の業がある」みたいな
描き方をされるじゃないですか。
あの感じは、自分のすごくベースにありますね。
- 糸井
- 手塚さんの考えって、仏教とかにも
すごくつながってますよね。
- 中野
- そう。私、笙もはじめたのは、
そういうつながりもちょっとあって。
- 糸井
- あ、なるほど。
中野さんのそういう興味は、
実は手塚さんからもつながってる（笑）。
（つづきます）
2025-12-15-MON
-
のうのう
悩脳と生きる中野信子 著
《人間は不安や苦しみや葛藤が
あるから生き延びられた》
《「悩むこと」は、脳に生まれながらに
備わる必要な機能》
失敗が怖い、恋ができない、
人間関係の拗れ、SNS疲れ。
ままならない人生の悩みを、
脳科学者が科学的視点でときほぐす。
「週刊文春WOMAN」の人気連載から
生まれた、著者初の人生相談本。
俳優、ミュージシャン、芸人、棋士など
有名人の方から寄せられたお悩みも。
各章末にはゲストとの対面相談も収録。