
世界各国で、英語で能を上演する
カンパニー「シアター能楽」。
この秋、英語能『青い月のメンフィス』が
日本で上演されます。
能舞台、笛や鼓による囃子、地謡、舞など
能の様式に忠実でありながら、
主人公はアメリカの伝説的な歌手
エルヴィス・プレスリー。
エルヴィスのヒットナンバーが鳴り、
彼をモデルにした新作能面と
デニム素材の装束‥‥
どんな舞台になるのか想像がつきません。
能という芸術の懐の深さ、おもしろさを、
シアター能楽のリチャード・エマートさん、
ジョン・オグルビーさんに語っていただきました。
リチャード・エマート
武蔵野大学名誉教授。喜多流仕舞教士。
シアター能楽の創設者であり、元芸術監督。米国のNoh Training Project Bloomsburgを率い、現在はNoh Training Project UKを主宰している。
『Noh Performance Guides』シリーズの共著者、および、国立能楽堂刊行の『The Guide to Noh of the National Noh Theatre』シリーズの著者。また近年では、『能と狂言の面――北澤秀太郎の芸術における伝統と現代性』を共著し、『Intercultural Japanese Noh Theatre: Texts and Analyses of English-Language Noh』を共同編集した。
日本国外で数多くの能の公演プロジェクトを手がけ、英語能やアジアの多文化公演の作曲・演出・出演を行っている。また、初のフランス語能の音楽を作曲し、初のスペイン語能の編曲を手がけた。英語能の作曲をはじめとする功績により、2019年に小泉文夫音楽賞を受賞。さらに2025年には、能楽の伝統の発展への貢献が評価され、観世寿夫記念法政大学能楽賞を受賞した。
ジョン・オグルビー
演劇芸術家、能楽師。
喜多流能楽教士であり、シアター能楽の創設メンバーの一人。シアター能楽の数多くの海外ツアーに参加し、ヨーロッパ、北米、アジア各地で能のワークショップを行う。現在、武蔵野大学と法政大学で、能および日本の舞台芸術について講義をしている。
- ──
- 日本人も含めて、
能を見たことがない方は
どういった予備知識があると楽しめますか?
- ジョン
- これって言うのは、難しいですね。
私としては、能は演劇よりスポーツに近い。
- ──
- スポーツですか?
- ジョン
- 野球を好きな人はだいたいルールがわかります。
ルールがわからなければ、なにをしているのかわからない。
能も同じです。
なんで難しいかというと、
ルールがわからないからです。 - でも、私たちがやる『青い月のメンフィス』は
エルヴィス・プレスリーがシテだから、
エルヴィスが誰かというイメージはありますよね。
このイメージがあれば、楽しめると思います。
- ──
- 『青い月のメンフィス』では、
能の舞台でエルヴィス・プレスリーの曲を聞けるんですか?
- リチャード
- 最初はもっとダンスっぽくて
ミュージカル的だったと思うけれど、
だんだんカットして能らしさを残しました。 - たとえば『Unchained Melody』という
彼の有名な曲がありますけど、
それがね、ちょっと能の味になっているんです。
- ──
- エルヴィス・プレスリーの曲が、
能の味になっている。
- リチャード
- メロディーは違いますよ。
だけど、知っている人が聞いたらわかると思うし、
似たようなことを感じると思います。
そういうつくり方をしました。 - あと、歌詞が言葉として出てきます。
能には謡というものがありますけれど、
そこで彼のいろんな曲の歌詞がでてきます。
歌詞というのは、詩的なところがあるんですよね。
そういうことを、感じると思うんです。
- ジョン
- クリストファー・ノーラン監督の
『オデュッセイア』が大人気ですよね。
もとになっている『オデュッセイア』のストーリーは
何十年もの時間を描いているでしょう。
何十年を、たったの3時間にしている。
能では、だいたい1秒のものが90分になってる。
- ──
- なるほど(笑)。
- ジョン
- エルヴィスはセレブリティですね。
その中でも、悲劇的だった。
最後の彼の人生は悲しすぎるものでした。 - 彼が子どものときはすごくうれしくて、自由な感じで、
ミシシッピでいろんな音楽を聞いて
自分のダンスをつくってたんです。
でも、だんだん苦しくなります。
みんなが彼に注目したけれど、
スターが悲劇的になっていくというのは
彼の人生そのものが興味深い。
- ──
- スターが悲劇的になっていく人生というのが。
- ジョン
- はい。
- リチャード
- エルヴィス・プレスリーを考えるとね、
違うようなことも考えるけれど、結局寂しいし悲しい。
「lonesome(ロンサム)」という言葉が
彼の有名な歌にあるんですけど、
「ロンサム」は一人ぼっちで寂しい、みたいな意味ですね。 - はじめは、能の舞台にエルヴィスの話だと、
みんな笑っちゃったりするわけです。
でも、だんだんね、こんな寂しい曲なんだって、
静かに終わっちゃうんですよね。
そこに、能とエルヴィスのおもしろさを感じました。
- ──
- じゃあ、寂しさというのは
能とエルヴィス・プレスリーの共通点だったと。
- リチャード
- そうかもしれないですね。
能の一つの強い感情、
抑えている感情があるんです。
能はぜんぶロンサムではないけれど、
そういうところもあるから、
ある意味で能に合うと思う。
- ──
- そこに、囃子や謡が大きく関わってくるんですよね。
リチャードさんは今回音楽監督でいらっしゃいますし、
どうですか?
- リチャード
- 今日は笛、能管といいますけど、持ってきました。
能には打楽器が3つあります。
小鼓、大鼓、太鼓という。
だから、能は「リズム」がものすごく大事ってことです。
- ──
- 打楽器はリズムを刻むものですもんね。
- リチャード
- 謡と囃子の関係において、
リズムがすごく大事なんですけれども、
メロディーは能管だけなんです。
でも、謡の人たちは、
能管の音程を聞いて歌うっていうことが全くないんです。
- ──
- そうなんですね。
- リチャード
- 気持ちとしては、ハーモニーをつくっている。
だから、楽器が西洋音楽みたいな役割じゃないんです。
それは、能管の仕組みが違うことも関係しますけど、
ふつうの笛なら、
強く吹くと 1オクターブ高くなるけれど、
能管の場合は強く吹いても1オクターブじゃない。
- ──
- 音は高いけれど、
別のメロディーを奏でていますね。
- リチャード
- 能管には「喉」という細い管が入っていて、
ここで音程を変えたりします。
でも、はっきりしたメロディーを出せるわけじゃない。 - 能では誰かが舞台に入ってくるときに、
「名ノリ笛」というものがあるんですね。
- ──
- 登場する人の名前を名乗るという意味ですかね?
- リチャード
- そうです。
自分が誰だっていうことを言うんですけれど、
入ってくるときは強く思いっきり吹くんですね。
舞のときも、テンポを変えたりする。 - 能管は音があまりはっきりしていないから、
西洋のフルートと違って
ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド
という音は鳴らないんですね。
だから、エルヴィス・プレスリーの歌を吹いても、
全く気づかない人もいます。
でも、その歌を知っている人なら、
だいたい気がつくと思います。
- ──
- 西洋音楽と全く考え方が違う音楽なんですね。
- リチャード
- ちょっとずれたりすることが、
変わった音程に感じて逆にいいということがありますね。
はっきりした音だと、ずれないですから。
- ジョン
- むしろ能管は、いつも音が違います。
- ──
- いつも音が違うということは、
本番でもどうなるかわからないんですね。
- リチャード
- できないわけじゃないけれど、
あまりいい音ではないですね。
能の中で2つの能管で演奏をして、
わざとズレをつくったんですよ。宇宙の話だったので。
- ──
- 宇宙という時空とズレは、イメージに合いますね。
- リチャード
- 宇宙にいるときの音をできたらいいじゃないですか。
能管は不思議と、ぴったりよりも、
少しズレている方が能の感覚に近いんです。
それで「ああ、これはおもしろいな」となりました。
お琴も演奏の仕方で音程がズレることがあるでしょう。
だから、日本の伝統音楽には、
ズレという概念があるのかもしれないです。
- ──
- それぞれの国の、
音楽に対する考え方があるのかもしれませんね。
- リチャード
- 西洋音楽だと、和音やハーモニーを使うじゃないですか。
アジアの場合はそれほどでもないんです。
でも、どちらがいいとかそういう話ではなくて、
いろんな国の音楽に個性があるってことですね。
(つづきます。)
2026-10-08-THU
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11月3日(火・祝)まで都内全域で開催されている
『東京舞台芸術祭 2026』。
このうちの一つ、
池袋の東京芸術劇場を拠点とした
舞台芸術祭『秋の隕石2026東京』で、
シアター能楽による『青い月のメンフィス』が上演されます。
アメリカの劇作家、デボラ・ブレヴォートが能に着想を得て、
エルヴィス・プレスリーを題材に執筆した戯曲を下敷きに、
エルヴィス(シテ)の強烈なファンである
ジュディ(ワキ)が命日に墓を訪れ、亡霊と出会う、
死者と生者の邂逅が描かれています。
伝統的な能の様式を踏襲しながら、
エルヴィス・プレスリーのヒットナンバーや
彼をモデルにした新作能面など遊びもたっぷり。
能という伝統芸能の普遍性や懐の深さを感じられる
舞台となっています。
日程:2026年10月10日(土)、11日(日)
会場:東京芸術劇場 プレイハウスくわしくはHPをご確認ください。
『青い月のメンフィス』以外にも、
「東京舞台芸術祭 2026」では都内全域で
100以上の公演が開催されます。
こちらのHPよりプログラムをご確認ください。
