ミュージシャンの堀込泰行さんが、
ほぼ日の學校に来てくれました。
ほぼ日には
堀込泰行さんのファンが多く、
堀込泰行さんが作詞・作曲した
名曲『エイリアンズ』は
ほぼ日の連載「恋歌くちずさみ委員会」では
何度も取り上げられています。
名曲『エイリアンズ』の誕生の話からはじまり、
子ども時代の話、作詞の仕方まで
「堀込泰行さんらしさ」を根掘り葉掘り伺いました。
担当は、「ほぼ日」のかごしまです。

ほぼ日の學校で、ご覧いただけます。

 

>堀込泰行さんのプロフィール

堀込泰行(ほりごめ・やすゆき)

1997年、兄弟バンド「キリンジ」のVo/Gtとしてデビュー。
2005年よりソロプロジェクト「馬の骨」の活動を開始。
2013年4月にキリンジを脱退以降、
ソロアーティストとして活動している。
代表曲はソロ作『Sunday in the park+STUTS』
『WHAT A BEAUTIFUL NIGHT』や
キリンジ時代の『エイリアンズ』『スウィートソウル』、
馬の骨の『燃え殻』など。
2025年には「馬の骨」デビュー20周年ということで、
約16年振りの新曲を含む
馬の骨のベストアルバム
『BEST OF UMA NO HONE 2005-2025』をリリース。

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#3 いろんな音楽に囲まれて育った

──
『エイリアンズ』の誕生のことをうかがったところで、
つぎは「堀込泰行さんらしさ」が生まれた時期のことを
聞きたいと思っています。
『エイリアンズ』をつくった
20代後半くらいのときには、
自分のやりたいことや
自分らしさみたいなのが明確にあったのかなと、
話を聞いていて思いました。
堀込さんは高校生のときには
すでにミュージシャンになりたいと思っていたんですよね。
堀込
はい。
プロになりたいって思っていました。
──
自分の「らしさ」を
言葉で表現するのはむずかしいとは思うんですけど、
あえて言うと、どんなところで、
いつ作られたものだと思いますか。
堀込
うーん‥‥。そうですね‥‥。
どうだろうなぁ‥‥。
どういうのが自分らしいのかは
わかってなくて。
──
今もですか。
堀込
はい。今もです。
ただ、いろんなジャンルの音楽を幅広く聴いてきたので、
自分から出てくる音楽もいろんなものが出てくるし、
その中のどのテイストが自分らしいのかも
わからない。
ひとつだけ思うのは、
高校を卒業する頃に、
卒業したらコピーバンドはやらないで、
オリジナル曲をやるバンドを組もうと思ったんです。
そのときに、
「自分はどういう音楽が好きなのか」と
考えたんですね。
その頃はストレイ・キャッツという
ロカビリーのバンドも好きだったり、
高校生のときはいわゆるロックンロールみたいなものが
好きだったんです。
でもそのジャンルだけを
やりたいのかなというと、そうでもない。
振り返れば、子どもの頃に、
家でかかっていたビリー・ジョエルの曲も好きだし、
ハードロックも好きだし‥‥と、
いろいろ考えた末に、
結局、「曲がいいのが好きなんだ」と思ったんです。
──
曲がいい、ですか。
堀込
曲がよければどんなジャンルでも好きだって
自覚したんです。
そのときに「曲がいいバンドをやろう」
と思ったのは覚えています。
要するに曲がいいって、
ぼくにとっては
「メロディがいい」ということなんですけど、
結局、そこに執着しているのが
自分らしさになるのかなとは思います。
──
高校3年生のときに、
なによりも「曲が大事だ」と考えたんですね。
堀込
はい。
それは今も変わらないですね。

──
ロックとかロカビリーとか
いろんな曲を聴いてたのは、
いつからですか?
堀込
もともと父親がジャズや、
ラテンミュージックが好きだったんです。
エルヴィス・プレスリーとか。
父親は世代的にビートルズより前の世代で、
その頃の若者が聴く音楽は
ジャズとかラテンとかがオシャレだったらしいんですよ。
それらのレコードが家にあったので、
子どもの頃からよくかかっていました。
──
まずお父さんの影響があったと。
堀込
はい。それにプラスして、
兄が小学校の高学年ぐらいになってきた頃から、
ロックの名盤100みたいなものを
おばあちゃんにねだって買うようになったので、
一緒になって聴いていました。
ぼくが中学生になる頃には、
兄はスティーリー・ダン(アメリカのロックバンド)とか
シブい音楽を聴いていたので、
そういったものの影響とかもあって。
それとは別にぼくはぼくで中学生ぐらいになると、
友だちと、「貸しレコ」という
レンタルレコード屋に通っていました。
当時、FM雑誌に
ビルボードのトップ40とかトップ100のチャートが
載っていたので、
特集されているアーティストや
売れているアーティストのアルバムを借りてきて、
カセットにダビングしたり。
そういうミーハーな部分もありました。
何て言うか、ごちゃまぜだったので、
聴く環境としては恵まれていましたね。
いろんなものが常に同時にかかっていたというか。
これは今の自分に
大きく影響を与えているのかなと思います。
──
邦楽も元気な時代でしたよね。
堀込
歌謡曲も聴いていました。
音楽番組の『ザ・ベストテン』を
茶の間のテレビで家族で見てました。
『ルビーの指環』が12週連続1位をキープしていたことも
記憶に残ってるし、
沢田研二さんが『TOKIO』で
パラシュートを後ろに背負って歌う姿とかも覚えています。
当時は歌謡曲にもいい曲が多かったですし。
──
お父さんは音楽関係の仕事でしたか?
堀込
ではないですね。
──
音楽マニアでしたか?
堀込
音楽は好きだったと思うけど、
音楽マニアではなかったです。
でも酔っぱらって気分がよくなると、
ジャズのレコードをかけてくる。
普段は晩ご飯のとき、
テレビを見ながら食べていたんですけど、
そんなことがたびたびありました。
──
では、ご兄弟が
ミュージシャンになって喜んだでしょうね。
堀込
うーん、
実際はうれしかったとは思うんですけど、
デビューした当時は食っていけるのかを
心配してました。
実家に帰るたびに「ちゃんと食っていけてるのか」と
聞かれましたし。
音楽業界のことをまったく知らないのに、
「もっと宣伝してもらえ」とか
「CDのあの曲の何分何秒のところで音がひずんでます」とか
留守電に入れてきたりとかで。
──
(笑)
堀込
こないだの話なんですけど、
「布袋寅泰さんっているだろ。
あの人のギターは学生時代に
自分でペイントして作ったらしいぞ。
お前もああいうトレードマークみたいなのを
作ったほうがいいんだよ」
みたいなことを言われて。
そのときは、
さすがにちょっとイラっとしましたけどね(笑)。
──
布袋さんを真似しようという提案でしたか(笑)。
堀込
ぼくももういい歳なんで、
親にはやさしく接するように心がけてきたんですけど。
──
お父さん、いいアイデアだと思ったんでしょうね。
堀込
今からぼくもギターに
トレードマークを塗ったりしてもいいんですけど(笑)。

(明日につづきます。)

写真・有賀 傑

2026-07-11-SAT

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  • 堀込泰行さんのソロプロジェクト
    「馬の骨」のベストアルバム

    「馬の骨 Debut 20th Anniversary
    2005-2025」

    馬の骨 Debut 20th Anniversary 2005-2025

    https://columbia.jp/umanohone20th/

    キリンジ在籍時の2005年に始動した「馬の骨」が、
    2025年に20周年を迎えリリースしたベストアルバム。
    自称「ベスト盤体質」の堀込さんが作った
    一枚をご堪能ください。
    また、作家・燃え殻さんの名前の由来ともなった、
    Netflix映画『ボクたちはみんな大人になれなかった』の
    エンディング曲「燃え殻」も収録しています。