今年『ナイン』は大当たりする!
去年は知らなかったくせに、応援します。


シェフ
『ナイン』にはじつは
ところどころ外国語が
出てくるんですよね。

べ3

フランス語、英語、
それから舞台になっている国のことば、
イタリア語!


シェフ
もちろん物語は日本語ですすむんですが
感情を激しくぶつけあうような場面で
言葉が、かわる。
意味がわからなくても
じゅうぶん面白いんですけど、
わかったらもっと面白いだろうなあと
昨日の酒井うららさんのメールを読んで
思っていたら‥‥

べ3

キウチさんから詳細な解説が
とどきました!
なお、今回の原稿は
2幕の展開について
かなーり詳しく書かれて
いますので
「これから観るけど、
 筋は知りたくないな」
というかたは、とばしてくださいね。


シェフ
読んじゃったからがっかり、
ということはないと思いますが、
ねんのため!
ちなみに、いちど観たかたは、
より楽しめると思いますよ〜。

               
第二九回 『グランド・キャナル』
               

新作の構想が浮かばなかった映画監督、
グイド・コンティーニが、
スパ(温泉保養地)をヴェニスに見立て、
その客たちを全員雇い、
ついに即興で撮り始める2幕のヤマ場。
その場面が始まるとき、
人びとが『グランド・キャナル』を歌います。
グイド・コンティーニはこんな男!その1
 「さて、『グイド』が撮る新作とは?」


グイド・コンティーニの構想は、
直接にはクラウディアの、
「あなたはひとりの女じゃだめ、
 愛しのカサノヴァ!」という言葉から
ひらめいたものです。

けれども、その映画のなかには、
彼が関係した女性たちの影響が、
いろんなところに見え隠れします。

フォーリー・ベルジェールの元スター、
リリアン・ラ・フルールが熱望したとおり、
それはエンターテイメントあふれる
ミュージカル映画のように始まります。
グイドが撮影しながら叫ぶ、
「最高!最高!(I love it!)」も、
タンゴを踊るリリアンの、
満悦の“アイ・ラブ・イット!”と同じです。

また、グイドが描くシーンには、
昔、砂浜でサラギーナに教わったとおり、
歌と食と恋に生きるイタリア男が
描き出されています。

そしてこの撮影現場の様子は、
天国からママが見おろしています。
息子がカサノヴァ!?って。
また、台本ができていないことを
知っている妻のルイザも、
当惑しながら見つめています。

グイドの映画ではつねに、
「魂を癒す女性」を演じて来た
クラウディアには、
今回は高級娼婦の役が待っています。
本人も登場してから知らされるので、
ほかの出演者と一様に驚きます。
クラウディアにいつもの役を
拒否されたグイドが、
彼女に意地悪をしたのだと、
演出家デヴィッドは言いました。
けれども彼女はプロフェッショナルで、
カメラの前では演じ続けるということも、
グイドはちゃんと計算しています。

カットとともに、
クラウディアとグイドの激しい口論。
撮影現場でのふたりの喧嘩は有名で、
みんな大騒ぎはしません。
映画に出演していたいからです。
その喧嘩の半分はイタリア語なので、
どんなことを言ってるか、
ちょっと調べてみました──

グイド
「(衣装を着けたクラウディアをみて)
 おお、クライディア!
 素晴らしいよ、完璧な衣装だ!」
 
クラウディア
「どこがよ?いいこと?
 わたしはこんな衣装着たくないの!
 なぜかわかる?
 もう何度も何度も着たからよ、
 『ヴェネート通り』でも、
 『悦楽の園』でも、
 『夢の大聖堂』でも!もう着たくない!
 もうたくさんよ、こんな役!」

グイド
「なに言うんだ?素晴らしい衣装だ!
 素敵だよ!言いようもないくらい!
 どうかしたんじゃないか?」

クラウディア 
「グイド、あなたもっと別の役にするって
 約束したじゃない!
 だからよ、残ることにしたのは!
 この役はもう嫌!」

するとグイドはクラウディアに、
カサノヴァの妻ベアトリーチェの役を
演じてくれとなだめます。

クラウディア
「Va bene!(出て行く)」 

グイド
「(まねて)Va bene!」

この“Va bene!”は、
「わかったわ」という感じでしょうか。
イタリア語がわからなくても、
舞台上の演技で十分伝わって来ます。
ちなみに、カサノヴァの妻の、
「ベアトリーチェ」という名は、
イタリア・フィレンツェの詩人ダンテの
『神曲』に登場する永遠の少女(9歳)と
同じ名前です。
そう言えばグイドの妻ルイザも
フィレンツェの出身ですから、
『カサノヴァ』は本当に、
グイドの映画にうってつけの題材でした。

さらに、舞台上ではいろんなことが
起きています、たとえば──
クラウディアが脱ぎ捨てた衣裳は、
今度はリリアンに渡されるのですが、
グイド映画にいつも辛口だったはずの
元批評家ネクロフォラスは、
自分に役が回って来るのを
ひそかに期待していたかのようです。
このあたり、
リリアンとネクロフォラスの関係が
ギクシャクしているのがわかります。
また、強面だったネクロフォラスの、
微妙な女心もお見逃しなく。

『グランド・キャナル』の場面には、
劇中歌のように3つのナンバーが
はさみこまれています。
スパのマドンナが歌う
『ヴェニスの娘たちはみな‥‥』と、
カサノヴァが歌う『アモール』と、
それから『オンリー・ユー』です。

夫の弁護士から離婚同意書が届き、
喜びいさんでグイドに見せるカルラですが、
彼女にとって幸福の1ページ目に
なるはずだった書面は無惨にも、
グイドに引きちぎられてしまいます。
その失意のカルラに向かい、
スパのマドンナが、
『ヴェニスの娘たちはみな‥‥』と
歌いかけます。
そしてカルラは、
カサノヴァ(グイド)に恋していたのは、
自分だけじゃないことを悟ります。
彼女がほかの女性たちと違ったのは、
撮影現場の水のなかに、
びしょ濡れになるのもかまわず、
飛び込んでいったことです。

そして、
なおもグイドの「アクション!」の声。
「愛する妻とともに、
 スパと美食を楽しもう」と、
『アモール』を歌うカサノヴァのもと、
カルラに扮したマリアが現われます。
グイド自身の私生活そのままに、
女性たちに囲まれるカサノヴァ。

『オンリー・ユー』は、
1幕の『オンリー・ウィズ・ユー』に、
対応する曲です。
妻の役をクラウディアが演じ、
愛人カルラをマリアが、
そしてクラウディアの化身、
クラウディエッタ(!)をリリアンが。
(クラウディエッタって劇中名、
 ぼくは可笑しくてしかたありません。
 そもそも、クラウディア・ナルディは、
 『81/2』にも出ていたイタリアの女優、
 クラウディア・カルディナーレから
 来ているので、
 もうここでは三重四重の構造になっています)

このあいだにも、
それぞれの女性たちが、
撮影現場にいる出演者として、
陰口を話したり、妬んだり、傷ついたり、
あるいはグイドに歌いかけられて
卒倒したり、
じつに細かく隙なく演じられています。
たとえそこに悲劇が描かれていても、
幸せになる登場人物がいなくても、
『ナイン』のなかでもっとも、
グラマラスなシーンに違いありません。

『グランド・キャナル』に繰り返される、
印象的なサビのフレーズはこれです。

But don't let that spoil your morale.
It's a grand canal.


この歌声が、ルイザやカルラに向けて
浴びせかけられるとき、
『ナイン』の舞台はすべての感覚を刺激して、
ただただ、圧巻のひと言です。

さて、この映画は実際に公開されたのか、
あるいは当たったのか、失敗したのか。
そこまでは『ナイン』のなかでは
明らかにされません。
グイドの新作、どうなったと思いますか?
演出家デヴィッド・ルヴォーは、
それにもちゃんと、
答えを用意していました‥‥

(つづきます!)


2005-06-04-SAT
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