『MOTHER 3』の開発が中止になったことについての
糸井重里・岩田聡・宮本茂の座談会 その1
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糸井: 8月24日から26日まで 「任天堂スペースワールド」が 開催されるということで、 それに先立ち、このコンテンツを 掲載することになりました。 24日に新製品発表会が行われるんですが そこで『MOTHER 3』が 発表されないということに 驚かれるかたもいらっしゃることと思います。 前もって、ここで、誰にでもわかるように 『MOTHER 3』が発表されなくなった 事情について、3人でお話をしたいと思います。 決定したのは少し前にさかのぼるんですが、 まことに残念ながら、『MOTHER 3』という 商品の開発は、中止になりました。 「中止」という言い方で、いいんでしょうか? 岩田: NINTENDO64で、足掛け6年、 実際にはスーパーファミコンではじめて、 途中でDD向けに作ったりしたという 変遷はありますけれども、 足掛け6年にわたった開発を中断し、 『MOTHER 3』のプロジェクトチームを 解散する、ということになりました。 『MOTHER』という商品と、 糸井さんが永遠に決別すると決まったわけでは ないですし、将来どうするか、ということについては なにも決めていないのですが、 ずっと「NINTENDO64で出しますよ」 ということを公言してきましたので、 待っていてくださった皆さんに お約束が果たせなかった、 そういうことだと思います。 宮本: とても残念なことなんですけれど 「続けていけなくなった」 というのが、いちばん、正直なところなんですね。 続けていくことに対しての ドルフィンなどの他のプロジェクトへの影響が あまりにも大きすぎる。 うまくいかないからやめる、とか、 完成の見通しが立たないからやめる、 ということではないんです。 もし、任天堂がずっと小さな会社で、 お金がなくなって作り続けられなくなった…、 などの理由があればわかりやすいんでしょうけれど。 楽観的な言い方をすれば できなくなった、だけなので、 「できるようになったらまたやればいい」 とも言えるんですけれど。 しかし、いま、それを言うのは無責任になりますね。 糸井: よく訊かれるような 「何割くらいできているんですか」、 あの言い方でいうと、 僕らが最後に手を放したときの『MOTHER 3』は、 何割くらいできていたんでしょう。 岩田: 何をもって何割というか、 これはいろいろ違うと思うんです。 半分できていた、とも言えるし、 15%しかできていなかったとも言える。 それは見方によって変わると思うんですね。 でも、すごく雑に言うと、 「3割くらいはできていた」 と言えるかな、という印象ですね。 ただ、ゲームの完成度を数字で語るのは、 時間とのファクターでいうと あまり意味がないことだと思っていますが。 宮本: 岩田さんは3割とおっしゃったけれど 僕は6割以上だと思っています。 たしかにいろんな要素がありますよね。 シナリオを詰め込む、という作業があり、 そのシナリオが書けているか? キャラクターは出来ているか? などがありますよね。 さらに、シナリオを詰め込めるくらいに プログラムの基本の部分ができているか、 というのもある。 去年の時点では、シナリオのできている量より 圧倒的にプログラムの下地ができていなかったことに 僕はかなり危機感をおぼえていました。 ここ1年の作業で、それに関しては ゲームの基本部分ができて、 ここからデータをいれていけば出来上がる、 ここから残りを作り込めばできる、 というところまで来ていたと思うんです。 岩田さんのおっしゃる「3割」というのは シナリオ全体の長さで言えばですよね。 岩田: 完成したものを100としたら 今のものをお客さんが触って ゲームとして味わえるのがどれくらいか、 という意味です。 宮本さんの「6割以上」というのは 作り手の立場からみたところの 仕事の総量のなかで どれくらい終わっていたか、 ということですよね。 宮本: あと3割か4割なんとかがんばってやれないか、 ということを検討してきたんですけれどね。 岩田: そういう意味では、自分なりに、 悪あがきしたつもりでしたし、 できることはなんでもやってやろう、って 問題を見つけては様々な対策を講じて一つずつ解決し、 パワー不足のパートを見つけては そこに補強をするということを繰り返してきました。 そのことが結果的に、 プロジェクトをあるレベルまで加速させて 最終的に宮本さんがおっしゃる 「6割以上」まで持っていくことはできた。 宮本さんは厳しい人で、 こちらが90%できてると思っても 「半分もできてへんよ」 と言うのが宮本さんなんです。 だから宮本さんが「6割以上」というのは けっこう進んでいたと考えていいし、 「やればできたんでしょう?」 というところまで来ていた。 ただ、残りを仕上げるための パワーを維持することが、 ほかのことをやらなければいけないという、 難しいタイミングにあたってしまったので 不可能になってしまったということが、 今回の、不幸な、 残念な事態につながっているんです。 糸井: 「残り」の部分ですが、 どんな仕事が足されていくはずだったんですか? 岩田: あるしくみのもとでできあがっていった、 いわば容れ物に、 お話や絵やせりふを きちんと詰め込んでいって、 全体のバランスをとって、 演出をきっちり仕上げることですね。 その「磨く」ということを無視して ただ放り込むだけだったら 短い時間で出来るだろうという メドはあったんですけれど そんなふうに磨いてないものは商品なのか? ということに立ち返ると 磨かないで出すわけにはいかない。 たぶん、残されたことの中で いちばん時間がかかるだろうと思われたのが その部分ですね。容れ物に素材を入れて ちゃんと磨いて、遊んだ人が 違和感もなければ迷うこともない、 しっかり作りこまれた内容にすること、 だったでしょうね。 糸井: そこまで聞くと、事情を知らない人は、当然、 「じゃあ、なんとかすればいいのに!」 と思いますよね。それはおそらく スタッフ一同のなかにも 「でも、できないものだろうか?」 と、まだ思っている人もいるかもしれない。 ぼくだって、ほんとはその気持がまったくなかった というわけじゃない。 いちばん雑に見ると、僕が前面に出ていたから、 糸井の責任だろう、という意見もあるでしょうね。 『MOTHER 2』のときには 「赤城山で穴掘ってたから遅れたんだ」 と言われましたし。 岩田: それはぜんぜん違いましたよね(笑)。 糸井: そのあとは「釣りばっかりしてるから」 というのがあって、今だったら 「インターネットばっかりやってるから」 というのがあると思う。 言う側は、少ない情報から見るしかないから わかりやすい理由を求めるんだけれど そういうことではないんです。 シナリオは、かなり前の段階でできていたわけだし、 その問題だったら個人的な努力で、なんとでもなる。 そんな単純なものじゃないんだ、 とは言うものの、あとの4割を なんとか息を止めてでもがんばらないと、 前のぶんがもったいないじゃないですか、 という、好意で受けとめてくれる人もいる。 そう言われると苦しいですよねぇ。 岩田: 私自身も、周囲から、 このままでは厳しいんじゃないですか、 考え直したほうがいいんじゃないですか、 というようなアドバイスを 去年くらいから、何度となくいただいていました。 自分自身がこの商品のプロデューサーを していましたし、製作現場の意思決定を してきたわけですから、 去年、進捗がはかばかしくないとき、 「考え直したほうがいいんじゃないか」 具体的には「やめるべきではないか」 と言われたときは 「ここまでやってきたことを 結実させるのが唯一の答えだ」 と、完成させるためにがんばろうという気持ちが 揺らいだことはなかったんです。 それが今回、いままでの自分と 180度違う方向で考えざるを得なかった。 それは、これからかかるであろう時間や パワーの総量、それを費やしたときに失うもの、 それはほんとうに費やせるのか否か? ということを 考えたからなんです。 これだけ大きく、複雑になってきたプロダクトを まとめるには、特別なエネルギーが必要で、 それは単純に人数だけではなくて、 長い経験をもった、適切な判断力のある人が 一人ではなく、必要だと。 たとえば宮本さんみたいな人が何人かいて、 そういうような能力と経験をもった人に このプロジェクトを手伝ってもらえたら、 という思いはあります。 私はスタッフの力不足が原因だとは思っていないので、 やり方によっては必ず完成できたはずだと思うんです。 ただ、現実に、特別な判断の力を持ったり 特別な経験をしてきた人がまとめないと 規模が大きくなるにつれ どんどん迷走する確率が 上がっていくんですね。 HAL研究所で開発をしていたときも、 迷走しないでまとまることもあれば、 迷走してしまったこともあるんですが 迷走してしまった商品に共通するのは ある一定以上のスケールだということだった。 『MOTHER 3』は、 スケールという点において大きかった。 途中、スケールを小さく出来ないかと相談もして、 すこしスケールダウンをしましたけど それでも非常に大きい部類に入りますから。 私自身は去年の3月からいくつかの事情で 毎月3分の1くらいアメリカに行かなきゃ いけなくなっていましたし 今年の7月からは京都にいる時間も増えて 自分自身が直接 この商品にかかわることのできる時間は 物理的にどんどんなくなっていった。 もっと、こういう日に備えて 自分だけが経験してきたことの情報を いろんな人達にうまく引き継げれば よかったんですが それは十分にできていなかった。 ですから結果として 自分がどんどん関われなくなるということが 迷走する危険度を高めていく、 という状況になるのが容易に想像できましたし。 |