BUSINESS
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第10回
マーケティングに想うこと。


これまで、このページでは
「間違いだらけの会社選び」的に、
すべてのビジネスマンの方々に向けたメッセージを
送ってきた。これは、このページが開始された時以来の
コンセプトであり、今後もその方向性は
変わらないのであるが、
今回以降しばらくは、少し目先の違う話題を
オムニバス的に取り上げていこうと思う。

まずはその第一弾として、私の本業である
マーケティング領域の話題を取り上げることとする。
生業としてマーケティングに関わりを
持っていらっしゃらない方々には
多少退屈かもしれないが、できればおつきあい願いたい。

一般にマーケティングとは
「提供物の価値をいかにうまく享受者に伝えて
買わせるかを考え、計画、実施すること」
と定義づけられている、と私は理解している。
この定義だと、
実は、提供物を開発・製造することとマーケティングが
完全に分断されている考え方になる。
特に、消費財(耐久消費財を含む)メーカーでは、生来、
この「開発とマーケティングの社内分断」が
問題となっていて、これを何とか解消しようと
組織改革を行なったり、開発とマーケの風通しを
よくしようと会議体を工夫したりしてきているが、
なかなかうまくいかない。
言うなれば「永遠のテーマ」というところか。

しかし、昨今の成熟しきった市場では、
この課題を解決しなくては、いやむしろ更に
それを越えたところに解を見いださなくては
勝者足り得なくなってきている。
要は、「作った人と売る人が同一人物である」ことが
今まで以上に重要となってきているということである。

私は最近、コンサルタントとして
屋根瓦のマーケティングに携わった。
普通に暮らしていらっしゃる皆さんは、
「家でも建てようと思っている」もしくは
「最近建てた」という人でない限り、
屋根瓦と聞いてもピンとこないだろう。
そう、私も全くピンと来なかった。
我々のコンサルティングファームでも、
この手の産業に
携わったことのあるコンサルタントは
世界中に片手に足るほどしかいない。

しかし、この産業が、
現在の混沌としたあらゆる成熟市場における
「進むべき方向」を教えてくれた。
「ニーズを満足させる製品が売れる」。
この当たり前とも思えるが
実現が困難な課題を、
痛いほど認識させられたのだ。

そもそも屋根材などというものは
「どうでもよい」と思われている。
ハウスメーカーは家を売る際に屋根材のことには
まったくと言ってよいほど言及しない。
試しに住宅展示場に行ってみるとよい。
担当の営業マンは、
家の内装のこと、キッチンのこと、
耐熱性の壁のことなんかについては
熱心に語ってくれる。
いかに自社の家は素晴らしいかを
蕩々と話すのである。

しかしながら、
屋根のことについてはまったくふれない。
消費者に関心がないと思いこんでいるからだ。
消費者の関心が低い部材については
できるだけ安いものを使って、消費者には伝えず、
家トータルのコストをできるだけ抑えて、
少しでも買いやすいようにしようと思っている。
すこぶる合理的な考えに思える。

しかし、だ。
本当に消費者は関心がないのであろうか。
これは当初から私にとって大きな疑問であったが、
住宅業界人の誰に聞いても
これは大方の意見であった。

そこで、小規模ではあるが
フォーカスグループインタビュー
なる消費者調査を行なったのであるが、これが凄かった。
彼ら・彼女らは、業界人がいうように、
一見、屋根などには無関心な人たちであった。
しかしそれが「一見」だけであることを理解するには
時間を要さなかった。

家を購入する際にハウスメーカーが
あまりにも屋根材の話をしなかったがために、
「知らない」だけだったのだ。
屋根材にはどんな種類があって、どんな特徴があり、
価格がいくらくらいするのか、などなど、
家を最近建てたばかりだというのに、
彼らにとってはまったく新しい情報だった。

偶然だったが(というよりそれだけ浸透している
ということだが)、
グループインタビューに参加した全員が
市場の中でもっとも価格が低く「ちゃちな」
ある屋根材を使用していたのだが、
すべての情報を伝えきると、
皆一様に「騙された」の一言だった。
こうしたことを予め知っていたら、
その「ちゃっちい」屋根材なんか使わなかった
というのである。
これぞ正に「アンメットニーズ」だ。

こうしたインデプスな消費者インタビューを通じて、
我々は屋根材のデザインに関して、
ある「決定的な」嗜好を見いだした。
ただし、これは、単に「ニーズは何ですか」
と聞いてわかった結果ではなく、
クライアント(屋根材メーカー)が開発していた
ある特殊技術に基づく製品を実際に提示して
初めて把握できたことである。

要は「シーズ」と「ニーズ」がまさに合致したのである。
その詳細はとてもここで口外するわけにはいかないが、
「確実に売れる」製品である。
私の今までのコンサルタント人生の中で、
もっとも確実性の高いリコメンデーションの一つに なりそうである。

で、その製品サンプルを
今度はハウスメーカーに持っていった。
それまで口を揃えて「消費者は関心ない」
と断言してきた彼らであったが、
「こうこうこういう理由で消費者はこれを好む」
という事実に基づいた話をしたらどうだろう、
「そう思ってました。う〜ん、これは欲していたものだ」
という反応。

要は、メーカーはこれまで
小売りチャネルによって作られた虚像を信じ込んで
商売をやってきたということ。
「消費者は関心ない」という虚構の世界で、
チャネルのいいなりの製品開発をしてきたことになる。
ここに大きな意味合いが隠されている。

これはどの産業でも同じかもしれないが、
メーカーというのは直接的な顧客、つまりチャネル
(例えば、お菓子メーカーだったらセブンイレブン)
を見て商売をしているということ。
直接お金を貰うのはチャネルからなので
至極当然なのであるが、
チャネルが消費者のことをわかっていない場合、
若しくはチャネルの都合で
故意に情報操作されるような場合は、
まったく目隠しをして製品開発をしているようなものだ。
消費者へのダイレクトな働きかけが必要となる。

では、誰が働きかけるべきか。
通常ならマーケティング部の担当者ということになろう。
しかし、彼らは開発途上の技術を
すべて把握できているわけではない。
こういうことを言うと
「いや、うちの会社のマーケティング担当者は
開発の状況をよく知っているよ」
という方もおられるかと思う。ところが
「状況を知っている、どんな技術があるかを知っている」
ではダメなのである。

例えばグループインタビューの際に、
消費者が言う無理難題を
その場で解決できるレベルでないといけない。
消費者のいう無理難題をそのまま実現しようとすると、
ほとんどのものが不可能ということになる。
ここに落とし穴があるのである。
消費者が求める無理難題のどこまでを解決すれば
納得してくれるかを、
技術面から見た実行可能性と照らし合わせながら、
見極めることができなければならない。

例えば、「空を飛ぶ車が欲しい」と言われたとき、すかさず
「空までは飛べないが、我々の技術を応用すれば
ジャンプはできる。それではダメか」
とその場でつっこめないといけない。
自分が作るのだったらここまではできる、
というぎりぎりの線を、
消費者ニーズにリアルタイムでぶつけて、
その折衷点を見いだすということである。

こういうことは並のマーケターではできないだろう。
文頭で「作った人と売る人が同一人物である」ことが必要、
と述べたが、まさにこれである。
物にこだわる人が、製造元へ行って
「こういうものが欲しいんだけど作れるかなあ」
と相談するという状況に似ている。

例えば鞄好きの人が
鞄職人のところへ行ったりするようなこと。
しかし、これを今度は、鞄職人の方から鞄好きの人を探して
相談するようにしなくてはならない、といいたいのである。
技術の応用範囲も製造の実行可能性も要する開発期間も、
すべてを知っている人間が、
消費者にダイレクトにマーケティングしていかないと
ダメな時代だ、ということ。

こうなると、チャネルを見ながらのマーケティングなどは
まったく無力なものとなる。
それこそ「マーケティング」という言葉の定義を
見直さなくてはならない時期なのだ。

今回のメッセージをまとめると、以下のようになる。

(1)成熟市場では、これまでの川下中心のマーケティングは
通用しない。モノ作りのベリーベーシックから
消費者の手に届くまでを総括的に包含した新たな
「バリューデリバリーマーケティング
(value delivery marketing)」が必要 。

(2)新マーケティングは、シーズとニーズを
リアルタイムで有機的に結びつけることができる
「スーパーマン」的な人材でないと実践できない。
「マーケター(marketer)」ではなく、
「バリューデリバラー(value deliverer)」たることが必要 。

1998-11-10-TUE

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