【“写真を観る”編 第6回】
フェリックス・ナダール
Felix Nadar(1820〜1910)
サラ・ベルナール(Sarah Bernhardt)女優
1862年頃に撮影
(クリックすると拡大します)
前回は、「誰にでも、その人の中に風景がある」
というお話をしましたが、
そのことを、ぼくに大きな指針として教えてくれたのが
今回お話しする“フェリックス・ナダール”です。
今でも、肖像写真と言えば、
ナダールと言われるほどに、
彼が撮る肖像写真には、
常に、その人のすべての風景が写っているように
感じることが出来るのです。
一枚目にご紹介した写真は、
サラ・ベルナールという、
19世紀のフランスを代表する舞台女優です。
ぼくがはじめて観たナダールの写真も
このサラ・ベルナールの写真でした。
後に知った彼女の波瀾万丈の人生のかげにあった
とてもうつくしくて、純粋な景色。
もしかしたら彼女自身でさえも、
知ることが出来なかったのかもしれないその景色を、
ぼくはナダールの写真から感じることが出来ました。
それはまるで、彼女が2000回以上も演じたといわれている
ぼくも大好きなオペラ「椿姫」のマルグリット
そのものだったようにも感じました。
そんなことが、たった一枚の写真の中に
写すことが出来るナダールという写真家は
やはり、ただものではない、
とぼくは思いました。
きっと、笑顔の中心にいたにちがいない。
フェリックス・ナダールは、
1820年にパリのサント・ノーレ通りにあった
父親が経営する書店兼出版社の長男として生まれます。
しかし、父親が病気になったこともあって、
転校を繰り返しながら、父の故郷リヨンで暮らします。
再び医学を志してパリに戻ったナダールでしたが
経済的な理由からそれを断念して、
当時発明されたばかりの“写真機”で、
著名人の肖像写真を撮りはじめます。
(そうです。この写真技法こそが、
あの坂本龍馬の写真と同じ、湿板写真です。)
すると、そんなナダールが撮る写真は
あっという間にパリ中の評判になり、
ナダールの写真スタジオには、
次から次へと、依頼者が訪れました。
やがて、ナダールの肖像写真家としての地位も
確立されたのでしょうが、どうやら彼にとって、
そんなことはどうでもいいことだったようです。
それといいますのも、彼はとにかく常に
新しいことに向かっていったのです。
時には、漫画入りの新聞を出してみたり、
ロシアのポーランド侵攻に憤り、
はるか東欧にまで足を運び、
危険人物としてドイツに拘留されたかと思うと、
今度は、パリに戻って来るなり
世界ではじめて人工光源で写真を撮ってみたり、
これまた世界ではじめて、
気球の上からのパリの街の撮影に成功します。
かと思えば、あの後に有名になった
パリのサロンを落選した画家、
マネ、モネ、ドガ、セザンヌらの展覧会
「印象派展」を企画し、
しかも自らのスタジオをその会場として、
かげの後援者として手腕を振るいました。
そして、やがて写真スタジオの方は、
全面的に息子と妻に任せて、
またしても巨大な気球を造って、
みんなに、それが飛ぶところを見せたりと、
最後まで、その破天荒ぶりは
変わることがなかったようです。
どちらにしても、まわりにいた人々は
常にはらはらしたのでしょうが、
きっとそこには、いつでも笑顔があったのでしょうね。
そんな当時多くの人々でにぎわったであろう
パリのカプチーニ通りにあった
ナダールの写真スタジオは、実は今でもあるのです。
今回その写真を見つけることが出来なかったのですが、
ぼくもパリにいる頃、何度かその場所を
訪れたことがあります。
そしていつも訪れるたびに、
何となくその当時のことを勝手に想像して、
とても楽しい気分になったのでした。
とにかくあまりにも昔のことなので、
詳細はよくわかりません。
しかも、これはあくまでもぼくの想像なのですが、
もしかしたら、ナダールという写真家にとって、
たまたま当時発明された写真機という、
新しいものがあったから写真家になっただけで、
それは何だってよかったのかもしれません。
ただ、これだけ多くの人が集まり、
これだけ多くの、その人ならではの風景を持った
“肖像写真”を残すことが出来たのですから、
やはり、それはそれでとてもすてきなことですよね。
そしてぼくも、出来ることであれば、
ナダールのように写真を続けて行きたいと思っています。
それは、けっしてナダールのようになりたい
ということだけではなくて、
いつまでも、好奇心を持ち続けながら
写真を撮っていきたいなあと、
改めて、つよく思ったのです。
そしてみなさんにも、ナダールの写真を観ることで、
ちょっとした好奇心のすべてが、
時には、一枚の写真につながっていくことを
知ってもらえたならば、
きっとまたひとつ、新しい写真の見方が
見つかるかもしれませんよ。
シャルル・ボードレール(Charles Baudelaire)詩人
1855〜1862年頃に撮影
(クリックすると拡大します)
写真家を知る3冊
『Nadar』
現在、もっとも入手しやすい
「フェリックス・ナダール」の写真集。
あのメトロポリタン美術館が監修していることもあって
資料性もとても高い写真集になっていると思います。
もちろん、そこにはたくさんの人たちの
たくさんの風景も写っていますよ。
風景写真集として、この本を観てみるのも
面白いかもしれませんよ。
『ナダール──私は写真家である。』
原題は「私が写真家だった時」。
その時もうひとつ同時に書かれた
「私が学生だった時」は出版されていないので
読んだことはありませんが、
いかにナダールという人が、
好奇心の塊だったのか、
ということがよくわかります。
『パリの肖像──ナダール写真集』
1985年に立風書房から出版された唯一の日本版写真集。
父の仕事を受け継いだ息子ポール・ナダールの写真も
いっしょに掲載されているので、その違いを観てみるのも
おもしろいですよ。現在絶版となっていますので、
どこかの古本屋で見つけたときには、
ぜひとも手に入れておいて欲しい一冊です。
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今月は、連載一周年特別企画として
“写真を観る”シリーズを続けます。
次回は、“写真を観る編”第7回
「ロバート・キャパ」
のお話しをします。お楽しみに。
菅原一剛作品展
「あたたかいところ」
-Made in the shade-
ニューヨークのギャラリーで展示した
大ガラスの作品の日本で初めてのプレビューが、
下記2ヶ所で行われます。
■ "reed space."
〒107-0062
東京都港区南青山6-4-6青山アレー1F
tel.&fax 03-6804-6973
http://www.thereedspace.com/
期間:2006/12/16/Sat〜2007/1/10/Wed
■LEVI'S VINTAGE CLOTHING
〒107-0062
東京都港区南青山5-2-11
tel. 03-5774-8083
http://www.lvc.jp/
期間:2006/12/12/Tue〜2007/3/12/Mon |
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2006-12-08-FRI
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