親鸞 Shinran 吉本隆明、糸井重里。




9 親鸞と吉本隆明というふたりの解体屋、力の幻を見抜く。

糸井 僕が一貫して感じるのは、
親鸞は、力の問題を語っている
ということです。
僕は親鸞を、そう捉えています。

肉体の力自慢とか、兵器の力自慢とか、
さまざまな力の強弱関係がありますが、
世の中は、つねに
微妙に力のやり取りをしています。
どんなに弱いものの味方だといっても、
弱いものの味方として戦うときは、
強いものとして振舞わなければならないわけだし。
それどころか
「何の力を加えてないぞ」と見せかける力が、
いちばん大きかったりもするわけです。

例えば、ルールというものも、
「破ったらひどい目にあわせるぞ」という、
懲らしめの力の約束です。

そんなふうに、見えない力をお互いにかけあって、
世の中は成り立っている。
僕はいつも、なんだか
そのことばかり気にして
生きてきたような気がします。
親鸞の言うことは、
そういうもののモヤを
バーッと晴らすことだったんです。

親鸞はさまざまな戒律を破った、
破戒坊主でした。
「破壊坊主」というのは、戒律のほうに
重きを置いた言い方ですよね?
しかし、親鸞が実際に
酒を飲んだり、魚を食ったり、
妻帯していたことは
破る、破らない、の前に、
「なぜ戒律があったのか」
「そしてそれはいったい何を言っているんだ」
ということを、
戒律を守っている人までもが問われるような
表現だったと思うんです。

そうやって、見えない力の関係、
幻想の暴力のようなものを、
一個ずつ一個ずつ、
バラバラにしてきたのが親鸞です。
その親鸞と同じことをいまやっているのが
吉本隆明さんだというふうに
僕は思っています。
吉本さんは、
解体という言葉をよく使われますよね?
吉本 ええ。
糸井 解体という言葉の小気味よさと、
解体してから
立ち往生しちゃってもいいんだという度胸。
親鸞がやむを得ず、しかし、
解体以外にやることなんかないんだ、というくらい、
意思を持って解体してきたことと、
吉本さんがやっていることは似てると思います。

誰だって、自分が生き抜くための
小さい利権があるわけですから、
徹底的な解体なんて、できないんですよ。
利権というのも暴力の変形ですからね。
そこを吉本さんは、
触りそうになるところまで壊しては戻り、
壊してはまた戻り、ということを
いつもやっていらっしゃいます。

親鸞と吉本隆明、
ふたりのぶっ壊し屋‥‥つまり、解体屋は、
裸の王様を見つける子どもである状態を、
絶えずやりつづけている人たち、
というふうに僕は見ています。

直接の暴力と間接の暴力で
人を従えることは、
当たり前になっちゃっています。
あらゆる犯罪だって、
すべて、力関係の結果です。
力のない人や
力というものを自覚してない人たちが、
ニコニコ笑っていられるようになるのが
理想なんだとしたら、
そのための
魔法の鍵みたいなものが、
親鸞の追求してきたこと

なんじゃないかなと僕は思います。

あらゆるものの力関係に対して
「ああ、こっちに力がかかってる」
「じつはこっちは脅かされてるんだよ」と、
幻を見抜くということ。
それを目で見えるようにして
自分が負荷をかけないようにしたいし、
かけられないようにしたい。
みんながそういう意思を持つ、ということが、
僕が親鸞から学んだことです。

見えない力をかけあうことで
いったい何を得られるんだということさえ、
じつはもう、
わからなくなっちゃっているでしょう?
幻想のようなところで力を発揮し合っているのが、
僕は切ないです。
また、ぐるっと回って、
すべてを解決しようと思うことだって、
間違いだと思います。
吉本 そうですね。いや、そうそう。
糸井 きっと日本人は「もののあはれ」で、
じゃあ私はこれまでさよなら、と言うことを
繰り返してきたんでしょうね。
有限の自分というのに対して
もうちょっと重心をかけてもいいような気が、
ここは、何とも言えないんだけど、
するんです。

励まし合いみたいなものが、
もっとあってもいい。
みんな、手紙の最後に「お身体大切に」って
書くじゃないですか。
親鸞の言葉の中には、
ずいぶんその気分があるんです。
「いや、いいんだよ、それで」
って言ってる。
親鸞の、肯定する気分というのは、
いい考えだなと思うんです。
吉本 うん。
糸井 いやぁ、吉本さんとお会いして
こういう話をするってのは、
殻を持ってたんじゃダメですね。
親鸞じゃないけど、
知識人の殻を一枚でも被っちゃったら、
練習が要るものですから、
くっつきそうになったら剥がす(笑)。
丸ごとで、何も知らない
ひとりのじいさんみたいな立場になって
ものを聞くようなことを
僕は、吉本さんとお会いすることで
ずいぶん練習はしてるんですけど。
吉本 いやいや(笑)。
糸井 今日はどうもありがとうございました。



(おしまい)

2007-10-24-WED



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