谷川俊太郎質問箱  冬だよ! ツアー質問箱の巻
その4 外国からやってきたみなさん、 谷川俊太郎さんに訊きたいことはありませんか?
ここは、東京・南麻布にある
テンプル大学ジャパンキャンパス。
その教室のひとつに、
我々ツアー質問箱チームは
おじゃましています。
今回は、海外からやってきた方たちに
「谷川俊太郎質問箱」の質問集めに
ご協力いただこうと考えているのです。

ご参加くださったのは、おふたり。
サウジアラビア出身の
Abrar Abdulmanan Barr
(アブラール・アブドゥルマナン・バール)さんと、
カナダ出身の
David Jones(デービッド・ジョーンズ)さんです。

まず、いっしょうけんめい主旨を説明します。

おふたりとも、緊張気味?
それとも困惑気味?

アブラールさんは、留学中の学生さん。
現在23歳で、4年前に日本にやってきました。
いっぽうデービッドさんは
テンプル大学ジャパンキャンパスで
学生サービスコーディネイターとして
働いていらっしゃいます。
日本に来て6年、現在27歳だそうです。

左がデービッドさん、右がアブラールさん。

では‥‥まずみなさんの
お国自慢をうかがっていいでしょうか。

「お国自慢?」

はい。お願いします。

「お国自慢‥‥そうですね‥‥」

「私は教育に興味があります。
 というのも、私の国サウジアラビアは
 教育、特に女性の教育について
 いろいろな取組みをしているからです。
 来年から、早稲田大学で
 日本とサウジアラビアの女性教育を比較研究して、
 修士課程を取る予定です」

サウジアラビアは、
女性の教育について
とても力を入れているんですね。

つづいて、カナダ出身のデービッドさん。

「カナダは自然が美しいことで有名です。
 ぼくは、カナダが移民によって作られた国という
 バックグラウンドがあるなかで
 それぞれの文化の違いを尊重して
 受け入れているところが好きです。
 そのことは、カナダという国の
 大きなアイデンティティだと思っています」

すばらしいお国自慢を
ありがとうございます。

それでは、今日の本題へ。
日本の詩人、谷川俊太郎さんへの
質問を集めているのですが。

「はい、お話はうかがっています。
 それで、考えてきたのですけれども」

メモ帳を取り出すアブラールさん。

「あの‥‥ほんとうに訊きたいことなので、
 訊きます」

はい、お願いします。

「谷川さんについて、私が知っている範囲では‥‥
 彼はたくさんの翻訳をされていると思います。
 そこで、私の質問は、
 言語の違いが、言葉の美(beauty)に与える
 影響(impact)は何ですか、ということです。
 ある人が母国語で書いたものを
 ちがう日本語という母国語に訳すときに
 言葉のニュアンスをそのまま持ってきて、
 もとの言語がわからない人たちに
 うまく伝えることは難しいと思うのです。

 違う言語を話す人が、
 同じ考え方をすることは難しい。
 たとえば、
 私がアラビア文化に関することを
 自分の母国語で言ったとしても、
 みなさんは、その意味をそのまま
 日本語にして理解することは
 できないのではないでしょうか。

 私の国は、詩に対して
 とてもとても、関心があります。
 私個人としても、
 このことについては、
 とても興味を持っています。

 谷川さんは、翻訳の分野で
 たくさんの優れた出版に携わっていらっしゃいます。
 このことについて、
 なにか秘密があるのではないかと
 思っています。
 ぜひ、そのことについておうかがいしたいのです」

‥‥アブラールさん。

「はい」

私たちも、それは
訊いてみたかったです。

「そうですか!」

「それは、よかったです」

デービッドさんは、
かなり日本語をお話しになりますが、
そのあたりは
どのように考えていらっしゃいますか?

日本語の勉強法のセミナーなども
開いているデービッドさん。

「はい。日本語は、英語やほかの言語と
 基本的にとてもちがうので、
 日本語の言語がもつ美しさを翻訳するのは、
 難しいと思います。
 それは、谷川さんがやってらっしゃる翻訳とは
 逆の作業にはなるんですけれども。

 例えば『吾輩は猫である』は
 英語では"I Am a Cat."というタイトルになります。
 でもそれでは、
 原題の意味をとらえきれていません。
 英語の「I」という言葉にあたる日本語は、
 “吾輩”“ぼく”“私”“わたくし”、
 そのほかにもたくさんあります。

 ですから、『吾輩は猫である』というタイトルの
 美しさやアイロニーは、
 英語に訳しきることができない。
 こういうことをしている谷川さんは、
 すごいと思います」

なるほど。

「あのぅ‥‥」

「じゃあ‥‥」

はい、アブラールさん。

「もうひとついいですか?
 基本的なことを知りたいんです」

どうぞ、どうぞ。

とても真剣に質問するアブラールさん。

「谷川さんは、今後、日本の詩は
 どうなっていくと思われますか?」

Oh!

「日本にはさまざまな
 メディアやテクノロジーがあって、
 その中で、これから、詩というものが
 日本文化にとってどういう意味をもっていくか、
 訊いてみたいです。
 私の国でも、詩をとても大切にしているので、
 同じ問題を抱えているのです。
 どうか、そのことを訊いてみたい」

‥‥アブラールさん。

「はい」

私たちも、それが、
訊いてみたかったです。

「またですか!」

だけど、そんなことをストレートに
谷川さんに訊くチャンスは
あんまりなかったです。
ありがとうございます。

ありがとう、アブラールさん。

デービッドさんは、
ご質問はありますか?

デービッドさんからの質問は?

「はい。私は大学で、
 イギリス古典文学を学びましたので、
 詩やショートストーリー、フィクションなどに
 とても興味があります。
 文学に興味がある人はみんな、
 尊敬する文学者がいると思うのですが、
 谷川さんは、
 詩人や文学者のなかで、どなたを尊敬して、
 インスピレーションを受けていらっしゃいますか?
 日本人と、もしいらっしゃったら海外の人とで
 それぞれお教えください。
 あと‥‥ちょっと変わった質問かもしれませんが」

はい、はい。

デービッドさんが不思議に思うことが。

「ぼくはこれまで6年間、日本に住んでいます。
 ほかのいろんな習慣には慣れて、
 カナダ人よりも、日本人としての感覚のほうが
 強いと思うときもあるくらいです。
 だけどひとつだけ‥‥まだわからないことがあります。
 それは、特に東京で、
 人々が走っているということです。
 駅でも走っているし、
 信号が赤になりそうになったら人々は走ります。
 なんでみんな、
 自分が遅れている、と思っているのか、
 そのことについてとても不思議に思っています」

もしかして、アブラールさんも?

「私もそう思います。
 もし私の国で走っている人を見かけたら、
 みんな『何が起こったの?』と言うでしょう」

へぇえええ。

ラッシュアワーが特に不思議。

「駅は混んでいて、走ったら危険なのに、
 どうして走るんだろう。
 2分間隔で電車はやってくるのに、
 『どうしてもこの電車に乗らなきゃいけない!』と
 思っているみたい。
 急ぐなら早く出ればいいのになぁ‥‥」

まぁ、言われてみればそのとおりです。

「いい面を言わせてもらうと、
 みんな、時間を大切にしているんだな、と思います。
 遅刻をしないよう気をつけているんでしょうね」

いいふうに言えば‥‥。

おふたりとも、真剣な質問を、
ありがとうございます。

ほっとするふたり。

アブラールさん、日本語の勉強は難しいですか?

「日本語はとても難しいといいますが
 最初は、どの言語も難しいものだと思います。
 だけど、山を越えれば楽になる、と
 デービッドさんに教えてもらいました」

だけど、書くのは難しいですよね?

「もう、恐怖です」

やっぱり!

「3か月間の基本レッスンを受けましたが、
 先生が黒板に漢字を書いたとき、
 こんなのできるわけないわ! と思いました。
 いまは基本的なことはトレーニングして、
 なんとかできるようにはなりましたが、
 なかなか(笑)」

わぁ、がんばってください。

「ありがとう。
 実は、明日から、
 大学の期末試験なんです」

そんなたいへんな日に!

アブラールさん、デービッドさん、
ありがとうございました。
ふたりからの真剣な質問を、
谷川俊太郎質問箱にしっかりと
投函したいと思います。

さて、このツアー質問箱、
これまでたくさんの質問が集まりました。
アブラールさん、デービッドさんとお別れして
テンプル大学ジャパンキャンパスを
あとにした我々、そのままテクテク歩いて、
最後に、麻布十番商店街に向かいました。

(つづく!)


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2009-12-24-THU