糸井 |
あの、昇太さんのひとり会を
やるっていうことに対して
メールをたくさんもらったんだけど、
そのなかにひとつ、すごく印象的な
意見があったんですよ。それは、
「自分が落語が好きで、
昇太さんのひとり会だったら、
もうほんとにぜひ行きたいんだけど、
問題は、私のような人を
入れないようにすることですね」
っていうメールなんですけど。 |
昇太 |
ああ、偉いですね、その子ね。 |
糸井 |
偉い! 建設的で、もう素晴らしいと思ったね。
前々から落語を聴いてる私のような人が
いちばん行きたいんだけど、
こういう人をどうやって防ぐかが課題ですね、
って書いてあるんですよ。
もう、ちょっとホロリですよね。 |
昇太 |
はい(笑)。 |
糸井 |
逆にいうと、いま、昇太さんのひとり会を
ふつうにやってしまうと、そういう、
「前々からの落語ファン」で
あっという間にいっぱいになっちゃう。
もちろん、悪いことではなくて、
ありがたいことだと思うんですけど。 |
昇太 |
そうなんですよねぇ。 |
糸井 |
そればっかりだと、新しいお客さんが
入れなくなっちゃうんですよね。
まあ、会場のキャパにもよるんでしょうけど、
紀伊国屋ホールくらいだと、
新しい人は入れないでしょ、もう。 |
昇太 |
う〜ん、そうなんですよねぇ。
かといって、会場を大きくするのもねえ。
やっぱりこう、大きな会場でやるのって、
わりと難しいことなんで。
だからほんとはお芝居みたいに、
何日も何日もやればいいんですよね。 |
糸井 |
うんうんうんうん‥‥やろっか? |
昇太 |
はははははは。それ、だけど、
集中力が続かないから、だめなんですよ。
落語家って同じこと言うのが苦手なんですよね。 |
糸井 |
じゃあ、もう、演目も変えて。 |
昇太 |
へっへっへっへっへ!
そうすると、毎日同じ人が来ちゃいますよ。 |
糸井 |
あ(笑)!
「オレなんかもう、毎日見てるよ!」
なんて人が来ちゃうんだ(笑)。 |
昇太 |
そうそうそう。
「初日から最終日まで来ましたよ」って(笑)。
しかも客席からこうやって(手を振りながら)、
「今日も来てるよー! オレ!」みたいな。 |
糸井 |
アピールしたりして(笑)。 |
昇太 |
(自分を指さしながら)
「オレ、オレ、オレ、オレ!」って(笑)。 |
糸井 |
踊り子の追っかけやってるおじさん、だ。
ストリップ劇場みたいになってくる(笑)。 |
昇太 |
はっはっはっはっはっは! |
糸井 |
そっかー。
|
昇太 |
ま、だから、芝居みたいに、こう、
ずっと同じことをやるっていう
前提でやればいいんですけど。
ま、落語も、何日も同じことを、
がんばってやればいいんですけどね。
実際、何日もできる人もいるんですよ。 |
糸井 |
あー、そうですか。 |
昇太 |
うん。しのさん(立川志の輔さん)
がそうなんですよ。
あの人、まえに芝居やってたから。 |
糸井 |
あ、そうなんですか。 |
昇太 |
ええ。だから。 |
糸井 |
寸法が合ってそうですよね。 |
昇太 |
そうなんですよね。
だからそういうことできるんですけど、
僕みたいに、もう落語しか
やったことない人間になると、
同じことやるのが、もうすごい苦しくて。 |
糸井 |
そういうもんなんですねえ。 |
昇太 |
たとえば、同じ日に、昼と夜で
2席やることっていうのはあるんです。
そのときに、昼間に来た人が
夜にも来てるのがわかると、
もう、なんか、昼間にしゃべった枕
(※本題に入るまえに導入として話される、
小話、世間話のようなもの)とか
言うのが嫌になるんですよね。 |
糸井 |
はぁ〜。あの、
ストリッパーのおねえさんが、
同じ人がいるとすごく踊りにくいっていう話を
聴いたことがありますね。 |
昇太 |
あ〜、似たようなもんですかね(笑)。 |
糸井 |
落語もそうだよね。 |
昇太 |
驚きが、もうね、わかってしまっていると。 |
糸井 |
うん。山場変えるわけにいかないしね。 |
昇太 |
なんかもう、
こっちがグー出すのわかってる状態で
じゃんけんするのといっしょですね。
向こうがグー待ってると思ったら、
逆にチョキ出したいじゃないですか。 |
糸井 |
あ〜(笑)。 |
昇太 |
まあ、でも、それだけじゃ
いけないなとは思ってるんですよ。
いまぼくがやってる会なんかも、
新しい人が入れるように、
何日か同じものをやったり
しなきゃいけないなとは思ってるんですけど。 |
糸井 |
当然、昇太さんも
考えてはいるわけですよね。
その、どうしてもお客が
固定するっていうことについて。
それはもちろんありがたいことだけど、
このままだと困ることもある。 |
昇太 |
だから、とりあえずいまのやりかただと、
もう確実にもう、ん〜、9割方はもう、
毎回来る人でチケットが
売れてしまうっていう状態になってるんで。
それでも、ま、ぼくのお客さんは、
わりと入れ替わってるほうだとは
思うんですけどね。 |
糸井 |
落語って、やっぱり、その、
毎日同じものをできる芝居とは
違うんですよね。
どこが違うんですかねぇ。 |
昇太 |
う〜ん‥‥。ま、形態としてはね、
お芝居をどんどんどんどん、こう、省略して、
最後、ひとりになりましたっていうものが
落語なんでしょうけど‥‥。
なにが違うのかなぁ? お芝居と‥‥。
あの、やっぱり、お芝居っていうのは、
完成品を舞台上に出すっていう
やりかただと思うんですけど、
落語は、まあ、客席とともに
完成品を作っていくっていうやりかたですよね。 |
糸井 |
あーーー、場をつくると。 |
昇太 |
ええ。 |
糸井 |
昔、山崎正和さんって人の
本に書いてあったと思うんだけど、
西洋の芝居とか音楽っていうのは、
なにかを介して神の意志を伝えるものなんだと。
ま、ピアノならピアノで、
神の意志をピアノを通して伝えると。
だから、極端にいえば、
客席に誰もいなくてもいいし、大勢いてもいい。
拍手があろうがなかろうが、
そのときに上から降りてきた
神の意志を伝えるものとしてあった。
それが西洋の考えで。
一方、日本の芸能っていうのは、
フラッと入ってきた乞食さえも
泣かせるっていうものなんだと。
だから、神の意志なんか、もともとないわけ。
そのときに偶然居合わせたやつを、
沸かせるっていうのが、日本の芸のありかたで。 |
昇太 |
は〜、なるほど。 |
糸井 |
そこはもう、ぜんぜん違うんだと。
だから、お芝居っていうのは、
全体を大きくどっちかに分けると
「神の意志型」ですよね。
落語っていま言ったように、
お客さんをどうするかですよね。
その場の、そのときしか作れないものを
作っていくんですね。
だとすると、ますます、
お客さんは入れ替えないといけない
ということになりますね。 |
昇太 |
うん、そうですねぇ。
|
(続きます!)