糸井 |
ぼくは人と落語の話をするとき、
どうしても(古今亭)志ん朝さんの話に
なってしまうんですけど。 |
昇太 |
ああ。我々にとっても、志ん朝師匠は、
これはもうちょっと、特別な存在ですからね。 |
糸井 |
あああ、やっぱりそうですか。
ぼくはそんなには志ん朝さんのことを
知らないと思うんですけどね、
あの人がもういないっていうことは、
ほんっとに、切ないんですよ。 |
昇太 |
まあ、あの歳で亡くなってしまった
志ん朝師匠っていうのは、やっぱり、
ここ何年っていうか、百年単位で、
落語界にとって大損失ですよね。 |
糸井 |
ですよねぇ‥‥。 |
昇太 |
だから、ま、考えかたとしては、
もう、志ん朝師匠の生の時代に
間に合ってたっていうことを、
自分の最大の喜びとするしかないなっていう。 |
糸井 |
ああ、そうですねえ。
昇太さんは、たくさん聴いてるんでしょう? |
昇太 |
そうですね。でも、
噺家になってからは、意外と少ないんですよ。
協会が違って、仕事場が違うので。
たまにいっしょになったとしても、
先輩の高座を前から見るっていうのは、
わりとやってはいけないことなんで。 |
糸井 |
ああ、そういうもんなんですね。はぁ〜。 |
昇太 |
でも、いっしょの仕事のときは、
やっぱり、うれしかったですよ。
なんか、もう、
汗の拭き方からかっこいいんですよ。 |
糸井 |
うわぁ‥‥! |
昇太 |
うちの師匠(春風亭柳昇)なんかはね、
もう、がさつなもんですから、
汗かくと手ぬぐいつかんで、
バーーって拭いて、「暑いね、今日は!」
なんていう感じなんですけど(笑)。
志ん朝師匠は、ほんとにこう、
手ぬぐいをちょっとこう丸めて、
(額の汗をおさえる仕草)こうやって。
もう見てて、「かっこいぃ〜!」と(笑)。
この人、ふだんから落語だ、みたいな。 |
糸井 |
わかるわ‥‥(笑)。
そうですよねえ、いわゆる所作っていう。 |
昇太 |
きれいなんですよ、もう。 |
糸井 |
きれいなんですよね(笑)。 |
昇太 |
ええ。 |
糸井 |
僕は二度だけお会いして。
一度はなんと、寿司屋で隣り合わせ! |
昇太 |
あ〜、夢のようですね。 |
糸井 |
ほんっとに、夢のようです。
なんだか隣にかっこいい人が座ってるな、
って感じで気がついたんですよね(笑)。
こう、静かに寿司を食べてる‥‥酒を飲みながら。
それが、志ん朝さんだったんですけど‥‥。 |
昇太 |
うわぁ〜。 |
糸井 |
いや、もう、見られないですよ。 |
昇太 |
うん(笑)。 |
糸井 |
だけど、じつは見るんですよ。
でも見られないっていう状態で(笑)。 |
昇太 |
わかります(笑)。 |
糸井 |
ぼくはもう、ちょっとあがっちゃってて、
ふつうに食べてるんだけど、
落ち着かないんですよね。
話しかけちゃいけないんだけど、
こう、目が合うくらいのことがあったら
うれしいだろうなあみたいな感じで。
で、なんか、こう、板前のオヤジと
話すふりをしたりなんかして。 |
昇太 |
わっはっはっはっは。
志ん朝師匠の側をちらっと見たりして。 |
糸井 |
そうそう、視線を、ちょっとこう回して(笑)。
いつもよりちょっと余計に首が回ってたりで。
で、それだけなんです。
ただそれだけなんですけど、そのね、
なんていうの?
ワビサビですよ、もう、居かたが。
その、新築じゃない建物のよさなんですよね。 |
昇太 |
存在自体が。 |
糸井 |
存在自体が。 |
昇太 |
なんか、かっこいいんですよね。 |
糸井 |
かっこいいんですよ(笑)。 |
昇太 |
なんかこう、たたずまいがいいんですよね。
たたずまいって言葉が、ほんとに似合いますね。 |
糸井 |
そうです‥‥そうです‥‥。
もう一度お会いしたときは
逗子に高座を見に行ったときで、
楽屋で3分ほどお会いして、
ご挨拶だけさせていただいんたんですけど、
こう、自分がぼわっとしてしまって、
声がなかったですよね。
だから、なんていうんだろう、
ぼくは、いろっんな芸人さんとか、
芸能界の人とかスポーツ選手とか、
いっぱい会ってますけど、
あんなふうに感心しちゃった経験って、
ないんですよね。どの分野でも、
一流の人が持っている力って
やっぱりすごいと思うんですよ。
でも、志ん朝さん以外の人と会ったときは、
どこかでつながることが
できるかもしれないって思えたんです。
でも、志ん朝さんは、違いましたねえ。
まあ‥‥こんなに長く話すような
内容じゃないですね(笑)。
つまり、二度会ったんですよ
っていうだけの話なんですよね。 |
昇太 |
それだけでも、そうとう話せますよね(笑)。 |
糸井 |
こんなにしつこく言ってる自分に驚きます(笑)。
|
昇太 |
志ん朝師匠とは、
ときどきお話しさせていただいたんですけど、
お話がまた、すっごくかっこいいんですよ。 |
糸井 |
あー、そうですかぁ! |
昇太 |
こう、いっしょにご飯食べてるじゃないですか。
すると、こんなふうに言うんです。
「昔、文楽師匠がね‥‥」って。
もう、それだけでぼくはね、
「文楽師匠が志ん朝師匠に
なにを言ったんだ!?」っていう。 |
糸井 |
ああ、なるほど(笑)。 |
昇太 |
もう、「昔、文楽師匠がね‥‥」ってだけで、
「んっ!?」って感じですよね。 |
糸井 |
どんなことをおっしゃったんですか。 |
昇太 |
「『寿司屋にはね、寿司屋らしい寿司屋とね、
寿司屋臭い寿司屋があるんだよね』」って。 |
糸井 |
あぁ〜、うまいですねぇ。うん。 |
昇太 |
ねえ(笑)。でね、
「『芸人もおんなじです。芸人くさい人はだめ。
芸人らしく生きなさい』って言われたよ」
っていうことを、志ん朝師匠から、
ぼく、言われたときに、もう、
志ん朝師匠がここにいて、その先に文楽師匠がいて、
その話がぼくのとこに来てるかと思ったら、
なんかもう、ポーッとしちゃって。 |
糸井 |
雷に打たれたみたいな感じですね。 |
昇太 |
うわぁ! って感じですよ。 |
糸井 |
いいねぇ〜。 |
昇太 |
はい。もうそれだけで、
あ、落語家になって良かったって感じですよね。
|
(続きます!)