石川顕ってどんな人? 岡本仁さんにききました。
石川顕ってどんな人? 
岡本仁さんにききました。
4月29日より開催される「生活のたのしみ展2023」で
「メンズショップイシカワ」がデビューします。
その店主、兼バイヤー、兼プロデューサー、
一人三役を務めるのが、スタイリストの石川顕さん。

石川さんといえば1980年代から雑誌や広告で活躍している
“すごい人”ですし、当時のBRUTUSを読んでいた男の子
(現在はおじさんかもしれないですけれど)だったら、
「えっ? あのイシカワアキラ?!」と
驚く方も、きっといらっしゃることでしょう。
けれども、みなさん、石川さんがどんな方なのか、
あんがい、知らないのでは‥‥?
(わたしたちも、あまり知らなかったのです。)

このコンテンツでは、石川さんの選んだり、
プロデュースしたアイテムを
紹介していこうと思っているのですけれど、
まずは石川さんのことを理解しなくちゃ! 
‥‥というわけで、石川さんのことをよく知る
3人の方を招き、お話を伺うことにしました。

って、ちょっとまわりくどいんですけれど、
もったいぶっているわけじゃなくって、
石川さん本人は超のつくシャイで、
なかなか表に出たがらないのです。
(いずれ、ちゃんと話をきくつもりですけれど!)

ではあらためて、
石川さんっていったいどんな人なんでしょう? 
ふたり目は、編集者の岡本仁さんです。
その1
本気でふざけてくれる、相談役。
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──
石川さんの仕事ぶりを知る人に
お話を伺いたいと思い
ご本人に相談したところ、
岡本さんの名前を挙げてくださいました。
マガジンハウスでいくつかの雑誌の編集に
携わっていた岡本さんですが、
石川さんといつ頃初めて会ったのですか?
岡本
あっくんとは‥‥あ、僕は石川顕を
そう呼んでいるのであっくんと言いますね。
1989年に僕は「BRUTUS(ブルータス)」から
「Tarzan(ターザン)」編集部に移動になりまして。
そこで初めて出会いました。
──
岡本さんは「Tarzan」にもいらっしゃったんですね。
岡本
はい。僕のイメージと違う雑誌なので
「え?」と思われるから
照れくさくてプロフィールに書いていませんが(笑)。
あっくんが先に「Tarzan」で仕事をしていたんです。
僕も彼も北海道出身だから話すようになった、
という感じでしたね。
──
当時の石川さんは、どんな感じでしたか。
岡本
今もそうなんだけど、自分はおしゃれだということを
全力で否定しているようなところがあったかな。
──
スタイリストなのに。
岡本
そうそう。スタイリストって、
流行しているものに詳しくて
自分自身もそれをかっこよく着こなせる、
ということを打ち出すじゃないですか。
あっくんは当時からそういう打ち出しがなくて。
それがいいな、と思っていました。
写真
──
確かに、すごくおしゃれなのに
「俺っておしゃれだろ」感は皆無かもしれません。
岡本
で、僕は「Tarzan」に来たものの
運動が好きなわけでもないし、
どうしようかとぼんやりしていて。
ただ、くだらないことは思いつく。
あっくんならそういう、
くだらない話にのってくれそうだなと。
──
くだらないことって‥‥たとえばどんなことですか?
岡本
マウンテンバイクの特集をやるとなった時に、
自転車好きのあっくんに
登場してもらいたいと思ったんです。
「AKIRA」というタイトルにして、
MTB愛を語ってもらう写真漫画のようなページを
作りたいと本人に話したら、やっぱりのってくれて。
ものすごく本気で考えてくれて、
ものすごく本気でふざけてくれました。
──
石川顕だから「AKIRA」(笑)。
それが最初に一緒に組んだお仕事ですか?
岡本
はい。もしかしたらそれ以前に
スタイリングの仕事も
お願いしていたのかもしれないけど、
おかしなページを
一緒に作った印象が強いものだから
覚えていないんだよね(笑)。
「Tarzan」のあとは「GULLIVER(ガリバー)」という
旅の雑誌の編集部に移ったんですが
そこの北海道特集でもあっくんに登場してもらいましたね。
──
地元紹介のような企画でしょうか。
岡本
そうなんだけど、普通の紹介にするのは嫌だから
「AKIRA」の感じで地元の旭川を
紹介してほしいとお願いしました。
6ページくらいだったかな。
彼がテーマをジンギスカンに絞りたいと言い、
「Jのいた場所」(*)というタイトルにして。
‥‥ジンギスカンをローマ字表記した頭文字の“J”ね。
(*)ジンギスカンのスペルは
Genghis Khanなので、本来は「G」なのですが
あえて「Jのいた場所」としたそうです。
当時村上春樹にかぶれていたから、
そういう匂いのする言葉にしたんでしょうね。
でね、旭川の「ポール・スミス」のお店には
ジンギスカン鍋が飾ってあるんだと
あっくんが言うわけですよ。
──
え? 本当ですか。
ウィンドウのディスプレイに??
岡本
いや、絶対嘘だと思うんだけど(笑)。
でもディスプレイまではいかなくとも
「ポール・スミス」の店前でジンギスカン鍋を
撮るという運びになって。
あっくんは交友範囲が広いし好かれる人だから
「石川さんが言うならOKです」って
なったんじゃないかな。
で、そういうところに彼が紹介したい旭川のお店を
滑り込ませながら誌面を作った。
「くっだらね~」って笑えるページなんですけど、
そういうくだらないことを
真剣に考えてやってくれるところが、大好きなんです。
写真
──
くだらないことを真剣にって、かっこいいですね。
岡本
あ、スタイリングの仕事も
やってもらったことありますね、思い出しました。
──
お!
岡本
「GULLIVER」から「BRUTUS」に戻り、1998年に
「フランス商品学。なにしろフランスかぶれなもので!」
という特集をやることになり、
あっくんには“FDG(エフデジェ)とは何か”
という、かつてPOPEYEが提案した
フレンチプレッピーを
解説してもらうページを作ってもらったんです(*)。
(*)FDGとは、80年代後半に
雑誌「POPEYE」が提唱した
東京・山の手っぽさのある
フレンチカジュアルスタイルのこと。
Futur Directeur Général(未来のCEOの意味)の
頭文字からなる造語。
今はマンガ家として活躍している
渋谷直角がHanako編集部のバイトでいて、
彼ともうひとりバイトの子に
FDGの格好をさせて、それに解説を付けたんです。
その時のスタイリングがものすごくよかった。
しかも「当時はこれをこう着るのが粋だった」
という細かいことをよく覚えていて、
ちゃんと崩して着せるのね。
「やっぱりあっくんってスタイリストなんだ!」と
思うほどにパーフェクトでした。
──
KIKIさんにも石川さんのお話を伺いましたが
ついにスタイリストらしい話が出てきましたね。
岡本
あと、「BRUTUS」で自転車の特集をやったときに
バイシクルメッセンジャーのおもしろい連中がいる、
と教えてもらって初期の「ティーサーブ」のメンバーに
モデルとして登場してもらったんです。
それもあっくんがスタイリングしていたかも。
──
へえ。あ、へえっていう話でもないですね。
石川さんスタイリストですもんね。
岡本
まあでも、
「これをおもしろくするのにいいアイデアないかな」
と話すことはあっても
「このページスタイリングしてよ」と頼んだことは
なかったんじゃないかなあ。
僕が編集長をやっていた「relax」でも
あっくんに相談して形にした特集がありました。
いいアイデアを持っている人、ということで
頼りにしていたんだと思う。
僕にとってあっくんは、相談役なんです。
写真
2023-03-20-MON
(つづきます)
<Profile>
岡本仁(おかもとひとし)
編集者。

出版社・マガジンハウスで
『BRUTUS』『relax』『ku:nel』などの
雑誌編集に携わったのち、2009年退社。
現在はランドスケーププロダクツに所属し、
「カタチのないもの担当」としてコミュニティづくりや
コンセプトメイキングなどを手がけている。

2021年鹿児島県霧島アートの森にて
展覧会「岡本仁が考える 楽しい編集って何だ?」、
2023年東京都世田谷区の生活工房ギャラリーにて
「岡本仁の編集とそれにまつわる何やかや」開催。

著書に『ぼくの鹿児島案内』『果てしない本の話』
『ぼくの東京地図。』『また旅。』などがある。
最新刊は写真集『HERE TODAY』。