池谷 |
「睡眠」イコール「充電」という イメージが定着してしまっていると思います。 でも、そんなことはないんじゃないでしょうか。 |
糸井 |
うーん。 そのあたりがきっと、ポイントになりそうですね。 睡眠は充電にあらず、ですか。 |
池谷 |
ええ、少なくとも、脳から見ると、 まったく違うんじゃないかなと思うんです。 |
糸井 |
「まったく」違うんですね‥‥? |
池谷 |
はい。脳の神経の活動を追っていると、 よくわかるんですが、 大脳皮質の神経細胞は、 寝ているときのほうが活動しています。 |
糸井 |
寝ているときのほうが? |
池谷 |
はい。起きているときは たいしたことはないんです。 しかも、もっと正確に申し上げると、 人間は浅い眠りと深い眠り、 つまりレム睡眠とノンレム睡眠を 周期的にくり返しています。 驚くことに脳は、深い眠りのときに 最も活発に活動します。 |
糸井 |
‥‥してるの! |
池谷 |
「深い」「浅い」という言い方は、 活動する神経細胞の数ではなくて、 意識レベルの話です。 ここがおもしろいところですね。 もうすこしくわしく話しましょう。 例えば、100個のニューロン(神経細胞)が あったとします。 起きているときには、 特定の瞬間だけみるとある瞬間に30%ぐらいだけ、 ニューロンは動いています。 長い時間で見れば全部のニューロンが 動いているといってもよいでしょうが、 特定の瞬間では、だいたい ニューロンは30%ぐらいしか 使われていないんです。 逆に言えば、そういった、 「部分的に必要な分だけ ピックアップされた活動」が、 おそらく私たちが「意識」と 呼んでいるものなんでしょう。 |
糸井 |
なるほど、なるほど。 |
池谷 |
浅い眠りのときは、 起きているときの状態によく似ていて、 ニューロンは30%ぐらいしか活性化していません。 ですから、こういう実験をすると、 「夢の中にいるときには、ちゃんと意識があって それを“体験”しているんだなぁ」 としみじみ感じたりします。 ところが、 深い眠りのとき、ニューロンは 100個、全部が動いているんです。 ですから、私なんか 「脳が活動しすぎちゃうということは、 逆に、意識があまりないということなのかな?」 と思っちゃうほどですよ。 |
糸井 |
驚きですね。 |
池谷 |
はい。ですから、寝ているあいだ 脳はものすごく活動している。 そういうふうにみると、 少なくとも脳は「充電」はしてないですよね。 |
糸井 |
そうか・・・・・・そうか。 |
池谷 |
寝ているとき、体は休んでいますから、 体の疲れはとれるかもしれないですが。 |
糸井 |
「充電」というイメージは どうしてできちゃったんでしょう。 そのイメージがなくなれば、 眠りに対して、 もう少し前向きな解決方法がありそうです。 |
池谷 |
そうですね。 実は私も自分で研究を開始するまでは、 「充電」のイメージを持っていました。 でも、研究してみたら、 これは違うんじゃないか、と思いはじめたんです。 |
糸井 |
でも、よく寝ていない人がテストをすると 間違いが多くなるとか、 そういうことはありますね。 |
池谷 |
あります。もう、てきめんに出ます。 |
糸井 |
眠りが充電じゃなくても、必要なものだ、 ということは、言えますよね? |
池谷 |
はい。そもそも寝ずにいると死んじゃいますから、 睡眠は生命に必要なものではあります。 短期的な意味での「集中力」にも 睡眠は必要だといえます。 しかし、やはり睡眠と記憶の関係では、 「充電」の範疇に入らないような おもしろい一面があるんですよ。 朝に何か、ものを覚えるとします。 例えば、英単語をたくさん覚えるとしましょう。 夜になって どのくらい覚えているかをテストしてみると、 当然ですが、ある程度忘れています。 でも、いったん夜に寝て 次の日の朝に試してみると、 忘れていたはずの単語が、 復活したりするんです。 |
糸井 |
ああ、そういうことは ありますね、たしかに。 |
池谷 |
この現象をどう解釈するかで いろいろと見方が違ってきます。 これは私の憶測になっちゃいますが、 成績が上昇するところをみると、やっぱり、 睡眠不足は「記憶の定着」にひびくのかな、 という感じはあります。 |
糸井 |
記憶の定着。 |
池谷 |
はい。ただ、睡眠は、 ただ定着させるだけじゃないんです。 「こなれた記憶」にするんです。 記憶というものは、 そのままではまったく意味がなくて、 消化しないとダメなんですよ。 睡眠は、その消化器官‥‥というか期間、 そういう意味があるんだと 私は思います。 |
糸井 |
ほお。 (つづきます) |
2007-11-27-TUE