ほぼ日手帳2016 PRESENTS 手帳のことば展
似ているふたり、
初めてのことば。
松本隆×糸井重里スペシャルトーク


第5回 続けることへの感謝と義務
糸井
「風街レジェンド」のライブの中で、
目に見えない松本さんの気持ちが表れてたのは、
全体を覆っている「大滝さんがいてくれたらなあ」
っていう大滝さんへの気持ち。
松本
3人でやってるから、
大滝さんにちょっと申し訳ない気持ちが
3人ともあったわけですよ。
糸井
そこに、ちゃんといましたね。
松本
うん。大滝さんはね、
「いないことでいる人」なんですよ。
糸井
「いないことでいる人」なんだ。
ずっとそうでしたか?
松本
ずっとそうですね。
糸井
大滝さんは、一緒にバンドをやっていて
絶対に扱いやすい人じゃないですよね。
松本
それはもう、4人とも。
糸井
4人?
松本
自分も入れてね。
糸井
あぁ、そうかあ。
松本
本当、面倒くさいバンドでしたね。
糸井
なんで成り立ってたんだろうと思いますね。
でも、「はっぴいえんど」だって
細野さんは解散させたくなかったっていう
気もするんですけど。
松本
細野さんは、ええと、
『風街ろまん』を作る前だったかな。
京都かどこかに演奏旅行へ行ってね、
ずっと座ってノートに一生懸命英語を書いてるわけ。
で、「何書いてるの?」って聞いたら、
「次のバンドの名前考えてます」って言うの。
観客
(笑)
糸井
ああ、そう!
松本
だから、本当にクールな人なんです。
自分の好きなことに関しては、すごい熱中するけどね。
糸井
すごいねえ。それを隣にいる
松本隆に見せるっていうの、すごいねえー。
松本
そう。で、僕はいたく傷ついた。
観客
(笑)
糸井
松本さんにとって、
「自己嫌悪」っていうのが大きな元になっている、
っていう話が、とても腑に落ちるんです。
あのコンサートの2日目に僕は行っていて、
ああいうコンサートって泣きに行くものじゃなくて
懐かしいなぁっていうのはあるんだけど、
スパッと捕まっちゃって、泣いちゃった曲があるんです。
それが『ソバカスのある少女』なんです。
松本
おお。
糸井
あそこに描かれている姿は、仮の「僕」って人なんです。
歌われているのは「ソバカスのある少女」なんだけど、
この歌の主人公は、書き手の「僕」ですよね。
「石のような心もあたためちまう女さ」
っていうところの、
あの描き方が、その日の僕にスパッと入ったんです。
松本
はあ。
糸井
自分を矮小化するわけじゃないけど、
本当にダメな僕を知った上で全部まとめてすくい上げて
持っていっちゃうような女の子の歌なんです。
そんな子に会ってみたいと思うんですけど、
「会ってみたいなぁ」って聴いていたら、
「ごめんなさい!」って感じになったわけ。
それで泣けちゃったんですよ。
そしたら松本さんが「自己嫌悪だからさ」って言うんで。
松本
やっぱりあるよね、自己嫌悪は。
『赤いスイートピー』を作っていた時も、
自己嫌悪になったもん。
糸井
はぁ、あるんだ。
男女を歌ってる時に、男はだいたい、
ちょっとかばわれてますよね。
松本
元祖草食系って言ってるんだ。
糸井
基本的には、松本さんの「こうありたい姿」を
書いてるわけじゃないですよね。
松本
まぁ、いろいろですね。
糸井
歌手に合わせているっていう傾向は
とてもありますよね。
松本
歌手にも合わせるけど、
自分の色も出してますね。
糸井
歌い手さんは、
女性のほうが多いくらいですか。
松本
半々‥‥くらいだと思うけどね。
みんなが好きな曲が、
女の歌が多いのかもしれないけど。
でも、自分としては南佳孝に書いたダンディズムとか、
寺尾聰さんに書いたダンディズムとか、
けっこう好きですよ。
あと、細野さんに書いてる曲もね。
糸井
はああ。
松本
この間のライブの時に、
僕がドラム叩いてたじゃないですか。
そうすると、全体のグルーヴの中に
細野さんのメロディが浮かぶんですよ。
それが跳ねるんです、「いなびっかり!」ってね。
ボールみたいに跳ねるのが気持ちいいんですよねえ。
糸井
よろしいですねぇ。
松本
そういうのを肌で感じることも、
僕にとっては幸せなことで。
糸井
僕ら聴き手には、
なかなか味わえない喜びですね。
松本
聴き手も「いいグルーヴだな」とは感じるだろうけど、
その、跳ねているボールまでは見えないと思うんだ。
見えているのは、僕だけだと思う。
糸井
おそらく、書いた歌詞なんかも自分の意図を超えて、
その人の心と一緒にどこかへ行くでしょう?
松本
そうですね。
たとえば『木綿のハンカチーフ』だったら、
1万人がいたら1万通りのストーリーがあって、
「みなさん、すいませんね」ってなりますよね。
『赤いスイートピー』でもそうだし。
糸井
「みなさまのもの感」っていうものの喜びは、
やっぱり歌ってもらえないとできないんで。
それはきっと、
僕が松本さんを羨ましいと思っていたのも、
受け手がいて初めて成り立つ仕事ばかりだったから。
僕なんかも、いま自分がやってることを
やめたくないなと思う理由に、
受け手の存在っていうものの大きさがあるんです。
僕が勝手に「やーめた」って言うわけにいかない、
「感謝と義務」というのがあるんですよね。
松本
ああ、「感謝と義務」はありますよね。
僕はもう、還暦過ぎて十分やったんで、
作詞を依頼されることがあっても
「すいません」ってけっこうお断りしてるんです。
じゃあ、何をやるのかっていったら、
友達から頼まれたら、書くんですね。
糸井
はぁ。
松本
まず第一に、細野さんがいる。
この間、(松田)聖子さんに会ったら、
「私は、友達に入るんですか?」って言われて。
そりゃね、あれだけたくさん詞を作ったんだから、
そこに入って当然ですよね。
糸井
あの、いろんな人に詞を作っていることで、
松本さんにだけ見えているものって、ありますよね。
たとえばバンドをやっていて、
そのバンドの作詞をずっと自分がやるとしたら、
1色のものがずっと変化しながら動いていきますよね。
でも松本さんは、ある時に松田聖子の詞を作り、
またある時には寺尾聰の詞を作り、
そんなことをしていると、
1色の道を行くのと違って、別の筋肉を動かしますよね。
松本
いろんな人の作詞をしていたから、
幅が広がったっていうのは、ありますね。
この間のライブで、楽屋の風景を撮ってもらってね、
ネットにいくつかアップしたんです。
その中で一番気に入ったのが、
こっちに太田裕美を抱いて、
こっちに吉田美奈子を抱いて、
両手に花なんです。
両手に危険物って感じもしますけど。
糸井
はああー。
松本
吉田美奈子はハイテクの女王じゃないですか、
音楽的にね。
で、もう一方の太田裕美は、か弱い少女だし。
それを両手に抱けるのが、自分の幅だと思ったんです。
水と油の二人が仲良くできて、
1つの腕の中に収められる。
これが自己評価っていうかね、松本隆のしてきたこと。
それはまあ、僕にしかできないと思ったけど。
糸井
妹のランドセルを持つのと同じことを
太田裕美にもするわけですよね。
吉田美奈子のランドセルも持つわけで。
松本
あ、でも吉田美奈子はね、
詞は書いてないんだ。
糸井
えっ、じゃあ一緒に演奏してたとか?
松本
話すとちょっと長いんですけどね、
新宿のパニックっていうディスコがあって、
そこで「はっぴいえんど」のひとつ前の
「エイプリル・フール」で生演奏していたんです。
それを飯のタネにしながら、
リズム隊の練習にしていたんです。
いつも20人くらいが踊っていたんですけど、
そこに大滝詠一がいて、
もう1人が、16歳の吉田美奈子なんです。
糸井
ああっ、不良娘だ。
松本
フーテンでしたね。
糸井
フーテンねえ。
松本
フルート持って、遊びに来て。
糸井
それで詞を作ったりは、
1つもなかったんですか?
松本
全然ないですね。
彼女に、ローラ・ニーロのアルバムを聴かせて、
歌いたいんだったら、こういうの歌いなさいって
言ったら、本当に歌手になっちゃった。
やる気があるなら、
細野さんに相談するといいよって言ったら、
すぐに『扉の冬』を出したんです。
当時は、思いついたことがすぐ実現したんですよね。
糸井
世間がもっと、
狭かった感じがするんですよね。
松本
そういう時代だったと思う。
今ね、メディアの分類ができすぎちゃってるの。
当時は、何もなかったんですよね。
糸井
そうですよね。
松本
焼け野原みたいなもんで、
そこに家建てれば、家が建っちゃうみたいな。
糸井
やってみた人が、
その土地貰えるみたいなところがあった。
松本
そうそう。

(続きます)
2015-10-29-THU