- 糸井
- 「風街レジェンド」のライブの中で、
目に見えない松本さんの気持ちが表れてたのは、
全体を覆っている「大滝さんがいてくれたらなあ」
っていう大滝さんへの気持ち。
- 松本
- 3人でやってるから、
大滝さんにちょっと申し訳ない気持ちが
3人ともあったわけですよ。
- 糸井
- そこに、ちゃんといましたね。
- 松本
- うん。大滝さんはね、
「いないことでいる人」なんですよ。
- 糸井
- 「いないことでいる人」なんだ。
ずっとそうでしたか?
- 松本
- ずっとそうですね。
- 糸井
- 大滝さんは、一緒にバンドをやっていて
絶対に扱いやすい人じゃないですよね。
- 松本
- それはもう、4人とも。
- 糸井
- 4人?
- 松本
- 自分も入れてね。
- 糸井
- あぁ、そうかあ。
- 松本
- 本当、面倒くさいバンドでしたね。
- 糸井
- なんで成り立ってたんだろうと思いますね。
でも、「はっぴいえんど」だって
細野さんは解散させたくなかったっていう
気もするんですけど。
- 松本
- 細野さんは、ええと、
『風街ろまん』を作る前だったかな。
京都かどこかに演奏旅行へ行ってね、
ずっと座ってノートに一生懸命英語を書いてるわけ。
で、「何書いてるの?」って聞いたら、
「次のバンドの名前考えてます」って言うの。
- 観客
- (笑)
- 糸井
- ああ、そう!
- 松本
- だから、本当にクールな人なんです。
自分の好きなことに関しては、すごい熱中するけどね。
- 糸井
- すごいねえ。それを隣にいる
松本隆に見せるっていうの、すごいねえー。
- 松本
- そう。で、僕はいたく傷ついた。
- 観客
- (笑)
- 糸井
- 松本さんにとって、
「自己嫌悪」っていうのが大きな元になっている、
っていう話が、とても腑に落ちるんです。
あのコンサートの2日目に僕は行っていて、
ああいうコンサートって泣きに行くものじゃなくて
懐かしいなぁっていうのはあるんだけど、
スパッと捕まっちゃって、泣いちゃった曲があるんです。
それが『ソバカスのある少女』なんです。
- 松本
- おお。
- 糸井
- あそこに描かれている姿は、仮の「僕」って人なんです。
歌われているのは「ソバカスのある少女」なんだけど、
この歌の主人公は、書き手の「僕」ですよね。
「石のような心もあたためちまう女さ」
っていうところの、
あの描き方が、その日の僕にスパッと入ったんです。
- 松本
- はあ。
- 糸井
- 自分を矮小化するわけじゃないけど、
本当にダメな僕を知った上で全部まとめてすくい上げて
持っていっちゃうような女の子の歌なんです。
そんな子に会ってみたいと思うんですけど、
「会ってみたいなぁ」って聴いていたら、
「ごめんなさい!」って感じになったわけ。
それで泣けちゃったんですよ。
そしたら松本さんが「自己嫌悪だからさ」って言うんで。
- 松本
- やっぱりあるよね、自己嫌悪は。
『赤いスイートピー』を作っていた時も、
自己嫌悪になったもん。
- 糸井
- はぁ、あるんだ。
男女を歌ってる時に、男はだいたい、
ちょっとかばわれてますよね。
- 松本
- 元祖草食系って言ってるんだ。
- 糸井
- 基本的には、松本さんの「こうありたい姿」を
書いてるわけじゃないですよね。
- 松本
- まぁ、いろいろですね。
- 糸井
- 歌手に合わせているっていう傾向は
とてもありますよね。
- 松本
- 歌手にも合わせるけど、
自分の色も出してますね。
- 糸井
- 歌い手さんは、
女性のほうが多いくらいですか。
- 松本
- 半々‥‥くらいだと思うけどね。
みんなが好きな曲が、
女の歌が多いのかもしれないけど。
でも、自分としては南佳孝に書いたダンディズムとか、
寺尾聰さんに書いたダンディズムとか、
けっこう好きですよ。
あと、細野さんに書いてる曲もね。
- 糸井
- はああ。
- 松本
- この間のライブの時に、
僕がドラム叩いてたじゃないですか。
そうすると、全体のグルーヴの中に
細野さんのメロディが浮かぶんですよ。
それが跳ねるんです、「いなびっかり!」ってね。
ボールみたいに跳ねるのが気持ちいいんですよねえ。
- 糸井
- よろしいですねぇ。
- 松本
- そういうのを肌で感じることも、
僕にとっては幸せなことで。
- 糸井
- 僕ら聴き手には、
なかなか味わえない喜びですね。
- 松本
- 聴き手も「いいグルーヴだな」とは感じるだろうけど、
その、跳ねているボールまでは見えないと思うんだ。
見えているのは、僕だけだと思う。
- 糸井
- おそらく、書いた歌詞なんかも自分の意図を超えて、
その人の心と一緒にどこかへ行くでしょう?
- 松本
- そうですね。
たとえば『木綿のハンカチーフ』だったら、
1万人がいたら1万通りのストーリーがあって、
「みなさん、すいませんね」ってなりますよね。
『赤いスイートピー』でもそうだし。
- 糸井
- 「みなさまのもの感」っていうものの喜びは、
やっぱり歌ってもらえないとできないんで。
それはきっと、
僕が松本さんを羨ましいと思っていたのも、
受け手がいて初めて成り立つ仕事ばかりだったから。
僕なんかも、いま自分がやってることを
やめたくないなと思う理由に、
受け手の存在っていうものの大きさがあるんです。
僕が勝手に「やーめた」って言うわけにいかない、
「感謝と義務」というのがあるんですよね。
- 松本
- ああ、「感謝と義務」はありますよね。
僕はもう、還暦過ぎて十分やったんで、
作詞を依頼されることがあっても
「すいません」ってけっこうお断りしてるんです。
じゃあ、何をやるのかっていったら、
友達から頼まれたら、書くんですね。
- 糸井
- はぁ。
- 松本
- まず第一に、細野さんがいる。
この間、(松田)聖子さんに会ったら、
「私は、友達に入るんですか?」って言われて。
そりゃね、あれだけたくさん詞を作ったんだから、
そこに入って当然ですよね。
- 糸井
- あの、いろんな人に詞を作っていることで、
松本さんにだけ見えているものって、ありますよね。
たとえばバンドをやっていて、
そのバンドの作詞をずっと自分がやるとしたら、
1色のものがずっと変化しながら動いていきますよね。
でも松本さんは、ある時に松田聖子の詞を作り、
またある時には寺尾聰の詞を作り、
そんなことをしていると、
1色の道を行くのと違って、別の筋肉を動かしますよね。
- 松本
- いろんな人の作詞をしていたから、
幅が広がったっていうのは、ありますね。
この間のライブで、楽屋の風景を撮ってもらってね、
ネットにいくつかアップしたんです。
その中で一番気に入ったのが、
こっちに太田裕美を抱いて、
こっちに吉田美奈子を抱いて、
両手に花なんです。
両手に危険物って感じもしますけど。
- 糸井
- はああー。
- 松本
- 吉田美奈子はハイテクの女王じゃないですか、
音楽的にね。
で、もう一方の太田裕美は、か弱い少女だし。
それを両手に抱けるのが、自分の幅だと思ったんです。
水と油の二人が仲良くできて、
1つの腕の中に収められる。
これが自己評価っていうかね、松本隆のしてきたこと。
それはまあ、僕にしかできないと思ったけど。
- 糸井
- 妹のランドセルを持つのと同じことを
太田裕美にもするわけですよね。
吉田美奈子のランドセルも持つわけで。
- 松本
- あ、でも吉田美奈子はね、
詞は書いてないんだ。
- 糸井
- えっ、じゃあ一緒に演奏してたとか?
- 松本
- 話すとちょっと長いんですけどね、
新宿のパニックっていうディスコがあって、
そこで「はっぴいえんど」のひとつ前の
「エイプリル・フール」で生演奏していたんです。
それを飯のタネにしながら、
リズム隊の練習にしていたんです。
いつも20人くらいが踊っていたんですけど、
そこに大滝詠一がいて、
もう1人が、16歳の吉田美奈子なんです。
- 糸井
- ああっ、不良娘だ。
- 松本
- フーテンでしたね。
- 糸井
- フーテンねえ。
- 松本
- フルート持って、遊びに来て。
- 糸井
- それで詞を作ったりは、
1つもなかったんですか?
- 松本
- 全然ないですね。
彼女に、ローラ・ニーロのアルバムを聴かせて、
歌いたいんだったら、こういうの歌いなさいって
言ったら、本当に歌手になっちゃった。
やる気があるなら、
細野さんに相談するといいよって言ったら、
すぐに『扉の冬』を出したんです。
当時は、思いついたことがすぐ実現したんですよね。
- 糸井
- 世間がもっと、
狭かった感じがするんですよね。
- 松本
- そういう時代だったと思う。
今ね、メディアの分類ができすぎちゃってるの。
当時は、何もなかったんですよね。
- 糸井
- そうですよね。
- 松本
- 焼け野原みたいなもんで、
そこに家建てれば、家が建っちゃうみたいな。
- 糸井
- やってみた人が、
その土地貰えるみたいなところがあった。
- 松本
- そうそう。
(続きます)
2015-10-29-THU
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN