黄昏 た そ が れ  日光・東北編       南伸坊さんと、糸井重里。昔なじみのふたりが、始終しゃべりながら小旅行。前回は鎌倉の名所をめぐりましたが、今回は日光、松島、花巻あたりを回ります。ゆっくと変わる風景と、めくるめく無駄話。いったいいつまで続くのかな‥‥? そしてこの不思議な企画は、なんとすべてをまとめて本になるのです。いえ、ほんとの話です。
第39回 雨が雨粒になる瞬間。
南 日記とか、つけてた?
糸井 日記はね、子どものときに、
ウソの日記をつけてたことがある。
南 ウソの日記?
糸井 日付も、内容も、ウソを書いてね、
あとから読み返したときに
自分がだまされちゃうかもしれないと思って。
南 そんなこと、子どものころから(笑)。
糸井 うん。しかも、ほんとに自分がだまされて
わけわかんなくなっちゃったことがあった。
一同 (笑)
南 へぇー。
糸井 けっこう、そういう、
子どものころの思いつきって、怖いよね。
南 それで思い出したけど、
赤瀬川さんが子どものころにね、
どこかに遠足に行って、
そこに、木がわーっと生えた、
とくになんていうことのない、
平凡な景色があったんだって。
で、子どものころの赤瀬川さんはね、
その平凡な景色を見ながら、
「人間の記憶っていうのは
 どのくらい残るんだろう。
 こういう平凡な景色も、
 覚えていようと思ったら、
 ずっと覚えていられるのかなぁ」と思って、
そのなんでもない景色を
「覚えてよう」と決めたんだって。
で、いまでも、それ、
思い浮かべられるって言うんだよ。
すごいよね?
糸井 ふふふふ、すごいね。
南 その景色、
ときどき思い出すって言ってたなぁ。
それはなんか、将来の自分をだまそうとした
糸井さんの子ども時代と似たとこあるよね。
糸井 うん。その、子ども時代の
赤瀬川さんの気持ちはすごくわかる。
自分も似たようなことを考えてたと思う。
南 もう一個、赤瀬川さんの子ども時代のことで、
感心したエピソードがあってね。
あの、落下の法則ってあるじゃない?
ガリレオが、ピサの斜塔からさ、
木の球と鉄の球を、こう、同時に落として、
重さは違うのに、ふたつが地面に同時に落ちる。
だから、空気抵抗を計算に入れなければ、
落としたものは同時に落ちる。
糸井 うん。
南 それは、大きいものでも、小さいものでも、
丸いものでも、変な形のものでも、
とにかく同時に落ちるんだっていうのを、
子どものころの赤瀬川さんは授業で知った。
で、赤瀬川さんて人は、
いまでもね、すごく学習能力があるんだ。
つまり、自分で考えるの。
教えられたまんまじゃなく。
その日、雨が降ってたんだね。
で、実験を思いついた。
「大きいものも、小さいものも、
 同時に落ちるなら、
 人間も雨粒も同時に落ちるのか?」って。
‥‥すごいよねぇ。
で、ジャンプしたんだ。
つまり、自分が地面に落ちる理屈でしょ。
糸井 ああ。うん、うん。
南 で、飛びあがって、落ちながら、
落ちてくる雨粒を見つめた。
すると、「雨が雨粒になった」っていうんだ。
つまり、ふだんは糸のように感じている雨が、
ジャンプして降りるときに、
一個一個の粒になって見えたと。
糸井 ああー。
南 雨粒と同期したわけよ。
それって、ちょっと、感動的だよね。
糸井 うん。
南 それまでは線だった雨が、一瞬にして、
ポツポツポツの雨粒になって静止したんだ。
糸井 その表現がいい。
南 本人のなかに、そのイメージがいまでも
ものすごくくっきりあるんだろうね。
糸井 そうだね。
南 この話を思い出すたびにさ、
「雨が降ったらやってみよう」って思うんだ。
いまでも思ってる。
だけどね、忘れちゃうんだな、いつも(笑)。
糸井 (笑)
南 やってみたいよね。
やってみたいってずっと思ってるのにさ、
忘れてるんだよな。
糸井 だけど、そういう感覚って、なんだろう、
子どものころはものすごくいっぱいあったよね。
南 そう?
糸井 いまの赤瀬川さんの話は、
きっと、たくさんあるなかでも、
覚えてた話なんだと思う。
そういう感覚や、そういう思いっていうのは、
子どものころに
ものすごくたくさんあったんだよ。
というか、そういうことだらけだったんだ。
南 うん、そうかもしれない。
でも、やっぱり、
糸井さんと赤瀬川さんは似てるんだと思うよ。
そういうふうに思えるあたりが。
糸井 そうなのかな。
(なんだかツンとしますね。つづきます)

2009-11-13-FRI

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