ゼロから立ち上がる会社に学ぶ 東北の仕事論。 気仙沼 斉吉商店 篇
第2回 最後の天ぷらそば。
── 震災が起きたとき、どうされてたんですか?
敬子さん あの日、私は車で配達していたんですけど、
地震が起きたときは
いちばん揺れた栗原市を走ってたんですよ。
── ええ、ええ。
敬子さん はじめ「目まい」だと思ったんです。

ああ、ここんとこすごく忙しかったし
こんなに目まいしてんじゃ
こりゃわたし死ぬわと思ったくらいで。
── はー‥‥。
敬子さん そうしたら、東北道だったんですけど、
まわりを走ってたトラックが
ハザードを点けて止まったんですね。

あ、これは目まいじゃない、地震だ‥‥と
思った瞬間、
アスファルトが波打って、
バキバキ割れてったの、目の前で‥‥。
── うわぁ‥‥。
敬子さん そのときに脳裏をよぎったのが
子どものときに
テレビで見た『日本沈没』だったんです。
茂さん あったね、そんなの‥‥。
敬子さん 何が倒れてきても大丈夫そうなところに
車を停めて、
シートベルトをはずして、
窓を全開に開けて、ロックを解除して‥‥
泣きながら落ち着くのを待ってました。
── ‥‥はい。
敬子さん ものすごく、揺れました。
もう、何回、車の天井に頭をぶつけたか。
茂さん 栗原って、いちばん揺れた地域なんです。
敬子 震度7。
── 7ですか!
茂さん でも、いま思えばそっちにいたおかげで
逆に命は助かったと思うんです。

ぼくたちは「地震=津波、すぐ高台」という
意識が刷り込まれてるんですけど
これは、東京の出身ですから‥‥。
敬子さん 会社の顧客名簿をUSBに入れなきゃとか、
いちばん大事な
シャネルのバッグを取ってこなきゃとか(笑)、
そんなことやってたら、
きっと、津波に飲まれちゃったと思う。
── そうか、条件反射的に高いところ‥‥じゃ
ないんですね。
敬子さん そうなんです。
── ちなみに顧客名簿も、流されてしまって‥‥。
茂さん ええ、去年の暮れの時点で
8000くらいあったものが、すべて。
── ゼロに。
敬子さん はい。
茂さん お得意さま一軒一軒、
関係を取り戻していくしかないですね。
敬子さん このあたりに、うちの会社があったんですよ。
── たしか、斉吉商店さんの近くですよね。
敬子さん 震災のあと、実際に工場へ行く前に
グーグルっていうので
そのあたりの状況を見られるって聞いたんです。

で、見てみたら「何もないっ!」って。
茂さん 現地に行ったのは、震災から10日後でした。

気仙沼市民会館、気仙沼小学校‥‥
ふだんは、工場から絶対に見えない建物までが
ストレートに見えてしまっていた。

それだけ何もなくなったってことなんですが、
うちの工場でも
製麺機とか、冷蔵庫とか、業務用ボイラーとか、
設備もすべて流されていて‥‥。
── ええ‥‥。
敬子さん それどころか、
建物じたい、柱一本、残ってないんです。
── はい。
茂さん さすがに、呆然としました。
── ‥‥そうですよね。
敬子さん これ、震災当日に配達していた商品です。
── 天ぷらそば。
茂さん 天ぷらうどんのバージョンもあるんですけど、
うちの定番商品のひとつなんです。
敬子さん 東京のほうでは
こういうの、売ってないんでしょう?
── こういうのというのは‥‥あ、これ、
「麺・つゆ・天ぷら」が
ワンセットになってるんですね!

たしかに、見たことないと思います。
茂さん 麺、つゆは当たり前ですけど、
天ぷらも
ちゃんと自社でつくっているものなんです。
敬子さん 買ってきたものを入れてるわけじゃなくて、
うちのフライヤーで
ひとつひとつ、揚げていたんです。

自家製なので、温かいつゆに載せたときに
ふわーっと広がるんですよ。
── 気仙沼では、これがスタンダードなわけですね。
茂さん はじめ、東京の商談会や催事には
気仙沼ならではの「ふかひれラーメン」などを
持って行ってたんです。

天ぷらうどんや天ぷらそばなんて
日本全国、どこにでもある商品ですから
気仙沼から持って行っても
売れないだろうって思い込んでいて。
── ええ、ええ。
敬子さん でも「いろんな商品を持ってきたら」って
言われたんで、持ってったんです。
── この天ぷらうどんと、天ぷらそばを。
敬子さん そしたら
「こういうのは、こっちにはないよ」って、
めずらしがられて。

結果として、すごーく人気が出たんです。
茂さん うちでは、当たりまえにつくっていた
商品なんですけども、
やっぱり、お客さんの目っていうのは、
ぼくら製造者とはちがうな、と。
── なるほど、なるほど。
敬子さん 以前、仙台でやった販売会で
この天ぷらうどんを買ってくださった
お客さんが
とっても気に入ってくださってね。
── ええ、ええ。
敬子さん あとから、電話がかかってきたんです。

「このあいだ、仙台で買ったんだけど
 おたくの天ぷらうどんが
 忘れられないから
 6個だけ、送ってくれないか」って。
── 6個。
敬子 そう、「え、6個ですか」と。

いや、少ないとかいうことじゃなくて、
この商品、1個150円なんです。
── なるほど。
茂さん 6個だと商品代金が、900円でしょう。
── はい。
敬子さん それに対して
クール宅急便代が700円かかるんです。
── ははー‥‥。
敬子さん おなじくらい送料もかかっちゃいますと
説明をしたんですけど
「いいから、いいから」って。
── へぇー‥‥。
敬子さん 「年金が15日に入るから、
 そしたら、お金を振り込むから」って(笑)。
── いいですねぇ(笑)。
敬子さん そのかたからのご注文が
月に1回か2回で、1年以上続いてました。
── この商品が、こういう形態になったのって、
もう何年くらい、経つんですか?
茂さん それこそ、私の生まれる前からですから
50年近いんじゃないでしょうか。
── じゃ、歴史のある商品なんですね。
茂さん だからそれも、
とっくに賞味期限過ぎてるんですけど。
── あ‥‥そうか。
茂さん もう、これしか残ってないので。
敬子さん どうしても、捨てられないんです。
(つづきます)
2011-08-03-WED
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