翻訳人。
つなげる仕事はおもしろい!

アーヴィン・ウェルシュの
『トレインスポッティング ポルノ』
(右)をはじめ、
癖のある作品を訳している
池田真紀子さんの
第2回めです。
お楽しみください。
『トレイン
スポッティング
 ポルノ』



「いつまでもやる仕事は効率が悪い」

ほぼ日 ご自分の初期の翻訳仕事の質については、
ふりかえると、どう思っていますか?
池田 過去の訳書は、あんまり見たくないです(笑)。
何か、一生懸命作っちゃってて。
翻訳に限らず、書いてる人の
熱意があふれちゃってる文章って、
読んでる方が照れくさかったり
荷が重かったりしませんか?

それを自分のちょっと前の仕事に感じて、
恥ずかしいんですよね(笑)。
リキが入っちゃってる感じみたいのがあって。
ただ、前のものを読むと
「あ、今はこういうふうには訳せないな」
と思うところもあるので、複雑な気持ちですね。
直球勝負で訳してるところとか見ると、
いい意味で
「今はこれはできない」
って感心したりしますけど……
照れくさいというのがいちばん強いですね。

翻訳をはじめた頃は、自分を消すことが
最大の課題でしたが、途中からはもう
「出ちゃうものはしょうがないや」
って思いはじめたので、
その時々に考えてたことが、訳文に
微妙に反映されてしまっているような気がして
恥ずかしいんです。
ほぼ日 翻訳している最中に出会った言葉で、
印象深いものは何ですか?
池田 作品そのものよりも、
何気なく書かれた言葉に
どきりとすることが多いです。
そのときにたまたま考えてたことと
合っちゃったりして。

わりと最近ですけど、
『ファイト・クラブ』を書いた
パラニュークという作家の作品の中で、
作家としては大した意味で
言ってるんじゃないと思いますが、
「将来のことを考えてるつもりでも
 人間はせいぜい
 二年先のことしか考えられない」
と……。
なるほど、そうかもしれない、
でもそれでいいんじゃないかと思いました。
ずっと先の将来まで考えるのではなく、
目の前のことを真剣に考える方が
大事じゃないかと。

そういう印象的な言葉は、
パラニュークに多いかもしれないですね。
たとえば、すごく当たり前のことですが、
「今より若くなることはない」って書いてあって、
そうだよなぁ、だから、今を大切に
生きなくちゃいけないよなぁなんて
しみじみ思ったりして。
ほぼ日 典型的な一日の仕事のペースは、
どのようなものですか?
池田 朝は、まあ猫にもよるんですけど、
九時か十時に起きます。

ごはん食べたり、
お風呂に入ったりしてると
結局一時くらいから
仕事をするようになりますね。
仕事する時はまず間違いなく
音楽がかかっています。
集中したい時はヘッドフォンで音楽を聴いて、
周りの音が何も聞こえないようにする感じで、
足もとで猫が寝ているというような。

猫の様子を窺いながら仕事を続けています。
私がトイレに行ったりすると
猫が起きてきちゃうので、
仕事の間はずーっとどこへも行かずに、
ひたすら画面に向かってる感じですね。
猫は、だいたい二時間も昼寝をすると
目をさまして「遊べ」と言いだすので、
ちょうどよく二時間おきくらいに
二〇分三〇分くらい遊んだり、
ひっかかれたりして、また仕事に戻る……。

それをくりかえして
七時八時くらいまで仕事をします。
そのあと、週に二〜三回はスポーツクラブで
エクササイズをしています。
ほぼ日 「起きている間は、仕事をずっと続けている」
というわけではないんですね。
池田 昔はそうでした。
ほんとうにいつまででもやってましたけど、
それだとかえって
効率が悪いことに気づいたんです。

それが私のこの一年の変化なんですけど。

昔は昼の一時くらいにはじめて、
断続的に夜中の一時くらいまで
やってたんですが、それをやると、
一冊終わるのは早くても、
仕事がひとつ終わったところで、
ものすごく長い休みを取るはめになるんですよ、
疲れちゃって。

だから、そういうやり方はやめました。

七時や八時や、遅くとも
九時までには仕事をおしまいにして、
それ以降は仕事をしないと決めたら、
一冊の翻訳にかかる時間は
少し長くなったかもしれないけど、
あまり休みを取らずに次に行けるので、
一年のスパンで見たら、効率がいいんです。

それがわかったので、
最近は、晩ごはんを食べたら
絶対にもう仕事に戻らないと決めているんです。
今さら何をって感じではありますが。

サラリーマンってそうじゃないですか。
うちに帰ったら仕事を基本的にはしませんよね。
私はそれを今、家の中でやっているという……
結局そうやって切り替えないと、
長く続けられないと思います。
ほぼ日 最初におっしゃっていた
長期のスランプの時期って、もしかして、
すごく長い時間、仕事をしていましたか?
池田 はい。
明らかにスランプの時期と重なっています。
仕事に対するスタンスと生活とのバランスが、
最近、ようやく取れはじめたものですから。
どこかで仕事とプライベートの区別を
つけないとダメなんだ、ということに、
翻訳をはじめて十年にさしかかる時期になって
ようやく気づきました。


結局、あまり長期のことを
考えないほうがいいような気がするんですよ。
残りページ数を数えていると
空まわりをすると言いましたが、
目の前にある単語や一文をどう訳すかの
積み重ねが仕事としての翻訳なんだと、
ようやくわかりました。

もちろん、
作品全体をきちんと理解していなければ、
単語一つ正確に訳せませんから、
考える土台として、全体図のようなものを
つねに頭に置いて翻訳していますが。

以前は、会社員時代のなごりで、
デッドラインを決めて計画を立てて
仕事を進めるというクセがついていたので、
翻訳でも一日のノルマを自分に課していました。
この一年は、それをやめてみたんですね。

今日できるところまでとにかくやる、
というやり方に変えたらすごくラクになったし
効率もよくなりました。

会社にいたら、まわりの人との協調もあるから
単純にそうは言えないかもしれませんが、
私の場合は、中長期計画を
気にしなくなったらうまくいくようになりました。

  (つづきます!)

2004-01-28-WED

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