ほぼ日 |
ご自分の初期の翻訳仕事の質については、
ふりかえると、どう思っていますか? |
池田 |
過去の訳書は、あんまり見たくないです(笑)。
何か、一生懸命作っちゃってて。
翻訳に限らず、書いてる人の
熱意があふれちゃってる文章って、
読んでる方が照れくさかったり
荷が重かったりしませんか?
それを自分のちょっと前の仕事に感じて、
恥ずかしいんですよね(笑)。
リキが入っちゃってる感じみたいのがあって。
ただ、前のものを読むと
「あ、今はこういうふうには訳せないな」
と思うところもあるので、複雑な気持ちですね。
直球勝負で訳してるところとか見ると、
いい意味で
「今はこれはできない」
って感心したりしますけど……
照れくさいというのがいちばん強いですね。
翻訳をはじめた頃は、自分を消すことが
最大の課題でしたが、途中からはもう
「出ちゃうものはしょうがないや」
って思いはじめたので、
その時々に考えてたことが、訳文に
微妙に反映されてしまっているような気がして
恥ずかしいんです。 |
ほぼ日 |
翻訳している最中に出会った言葉で、
印象深いものは何ですか? |
池田 |
作品そのものよりも、
何気なく書かれた言葉に
どきりとすることが多いです。
そのときにたまたま考えてたことと
合っちゃったりして。
わりと最近ですけど、
『ファイト・クラブ』を書いた
パラニュークという作家の作品の中で、
作家としては大した意味で
言ってるんじゃないと思いますが、
「将来のことを考えてるつもりでも
人間はせいぜい
二年先のことしか考えられない」と……。
なるほど、そうかもしれない、
でもそれでいいんじゃないかと思いました。
ずっと先の将来まで考えるのではなく、
目の前のことを真剣に考える方が
大事じゃないかと。
そういう印象的な言葉は、
パラニュークに多いかもしれないですね。
たとえば、すごく当たり前のことですが、
「今より若くなることはない」って書いてあって、
そうだよなぁ、だから、今を大切に
生きなくちゃいけないよなぁなんて
しみじみ思ったりして。 |
ほぼ日 |
典型的な一日の仕事のペースは、
どのようなものですか? |
池田 |
朝は、まあ猫にもよるんですけど、
九時か十時に起きます。
ごはん食べたり、
お風呂に入ったりしてると
結局一時くらいから
仕事をするようになりますね。
仕事する時はまず間違いなく
音楽がかかっています。
集中したい時はヘッドフォンで音楽を聴いて、
周りの音が何も聞こえないようにする感じで、
足もとで猫が寝ているというような。
猫の様子を窺いながら仕事を続けています。
私がトイレに行ったりすると
猫が起きてきちゃうので、
仕事の間はずーっとどこへも行かずに、
ひたすら画面に向かってる感じですね。
猫は、だいたい二時間も昼寝をすると
目をさまして「遊べ」と言いだすので、
ちょうどよく二時間おきくらいに
二〇分三〇分くらい遊んだり、
ひっかかれたりして、また仕事に戻る……。
それをくりかえして
七時八時くらいまで仕事をします。
そのあと、週に二〜三回はスポーツクラブで
エクササイズをしています。 |
ほぼ日 |
「起きている間は、仕事をずっと続けている」
というわけではないんですね。 |
池田 |
昔はそうでした。
ほんとうにいつまででもやってましたけど、
それだとかえって
効率が悪いことに気づいたんです。
それが私のこの一年の変化なんですけど。
昔は昼の一時くらいにはじめて、
断続的に夜中の一時くらいまで
やってたんですが、それをやると、
一冊終わるのは早くても、
仕事がひとつ終わったところで、
ものすごく長い休みを取るはめになるんですよ、
疲れちゃって。
だから、そういうやり方はやめました。
七時や八時や、遅くとも
九時までには仕事をおしまいにして、
それ以降は仕事をしないと決めたら、
一冊の翻訳にかかる時間は
少し長くなったかもしれないけど、
あまり休みを取らずに次に行けるので、
一年のスパンで見たら、効率がいいんです。
それがわかったので、
最近は、晩ごはんを食べたら
絶対にもう仕事に戻らないと決めているんです。
今さら何をって感じではありますが。
サラリーマンってそうじゃないですか。
うちに帰ったら仕事を基本的にはしませんよね。
私はそれを今、家の中でやっているという……
結局そうやって切り替えないと、
長く続けられないと思います。 |
ほぼ日 |
最初におっしゃっていた
長期のスランプの時期って、もしかして、
すごく長い時間、仕事をしていましたか? |
池田 |
はい。
明らかにスランプの時期と重なっています。
仕事に対するスタンスと生活とのバランスが、
最近、ようやく取れはじめたものですから。
どこかで仕事とプライベートの区別を
つけないとダメなんだ、ということに、
翻訳をはじめて十年にさしかかる時期になって
ようやく気づきました。
結局、あまり長期のことを
考えないほうがいいような気がするんですよ。
残りページ数を数えていると
空まわりをすると言いましたが、
目の前にある単語や一文をどう訳すかの
積み重ねが仕事としての翻訳なんだと、
ようやくわかりました。
もちろん、
作品全体をきちんと理解していなければ、
単語一つ正確に訳せませんから、
考える土台として、全体図のようなものを
つねに頭に置いて翻訳していますが。
以前は、会社員時代のなごりで、
デッドラインを決めて計画を立てて
仕事を進めるというクセがついていたので、
翻訳でも一日のノルマを自分に課していました。
この一年は、それをやめてみたんですね。
今日できるところまでとにかくやる、
というやり方に変えたらすごくラクになったし
効率もよくなりました。
会社にいたら、まわりの人との協調もあるから
単純にそうは言えないかもしれませんが、
私の場合は、中長期計画を
気にしなくなったらうまくいくようになりました。
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(つづきます!) |