- ──
- 上田さんのおっしゃる「残る写真」って、
そう滅多には、ないものですか?
- 上田
- あのね、おもしろいんですけど
滅多にあることじゃないんでしょうけど、
「あれ? でも、しょっちゅうあるよ?」
みたいな(笑)、
矛盾してるけど、そんな感覚なんです。
‥‥もしかしたら、自分の態度かなと。
- ──
- 態度。
- 上田
- 世界に対しての態度‥‥と言いますか、
世界に対して「開いて」いると、
ぶわあーっと「入ってくる」んですよ。
世界がね、向こうから。
- ──
- なるほど。
- 上田
- 逆に「俺は、これしか撮らないから」と、
閉じた態度で世界に相対しても
ぜんぜん見えないし、入ってこないです。
自分が狙ったものだけしか見えてなくて‥‥
それだと、おもしろくない。
- ──
- そうなんですか。
- 上田
- 狙ったものだけを撮るだけなら、
狙ってるんだから、撮れて当たり前です。
でも、こっちが「開いて」いると、
世界のほうから
勝手にぶわあーっと「入ってくる」ので、
それを「うおー!」と言って、撮る。
そっちのほうが、数千倍、うれしいです。
- ──
- 数千倍!
- 上田
- すべてを自分のコントロール下に置いて
結果の予想もできていて、
「まあ、いいか」
「やっぱり、こうなるよね」
「ほら、予想どおりだった」
そんな写真を続けていても、飽きますね。
ぜんぜん想像していなかった現実に
ドッカーンと来られたら
僕なんて、受け止めるだけで精一杯。
- ──
- 上田さんでも。
- 上田
- で、ちゃんと受け止められたら
「いい写真だな」って、すごくうれしい。
- ──
- その「開く」感覚って
はじめから、気づいていたわけでは‥‥。
- 上田
- ないですね。
- ──
- いつごろ、ですか?
- 上田
- それは‥‥たぶん、35ミリのフィルムで
スナップ写真を撮りはじめてから、かな。
三脚を立てて、大きなカメラを構えて
決め込んで撮るんじゃなく、
首からぶら下げたちっちゃなカメラで
「自分は、いつでも世界を撮るよ」って、
そういう態度で
やりはじめたときからだと思います。
- ──
- でも、35ミリのカメラって
若いころから使ってらっしゃいますよね?
- 上田
- ええ、でも若いころの35ミリって、
もっともっと難しく考えていたというか
「さあ、写真を撮るぞ!」
「写真で何かを表現するぞ!」みたいな、
そんな感じだったんです。
自分には、どういう写真が撮れるだろう、
写真術って何だ‥‥とか、
わけのわからない、抽象的なことを、
写真に要求していたんです。
- ──
- 何というか、若さゆえの。
- 上田
- ですから、今言ってる「35ミリ」って
35ミリのカメラで
自分の家族を撮りはじめたころのこと、
かもしれないです。
- ──
- 上田さんは
『at Home』というご家族の写真集を
出されてますが‥‥あのころですか?
- 上田
- 子どもが生まれて、家族が増えていくと
「おっ?」「ええっ?」
というようなできごとが起こりますよね。
赤ん坊が急に立ったり、歩いたりしたら
写真家じゃなくたって
写真を撮ろうとするじゃないですか。
- ──
- そうですね、ぼくたち一般人でも。
- 上田
- その場面を逃さず撮りたいと思って
35ミリで、家族の写真を撮りはじめたころ。
写真に何の「表現」なんかも求めていない、
「まさに写真」というか、
ただ記録するためだけに撮りはじめてから
「開く」感覚が、
わかりはじめたのかもしれないです。
- ──
- いま、写真って
ふつうの人にすごく撮られていますけど
商業的でもあるし、
芸術的なものでもありますよね、昔から。
- 上田
- ええ。
- ──
- 上田さんの意識は、どのあたりにありますか?
- 上田
- 写真を仕事にしていますから、
結果的には
「ぜんぶ、やってる」んだと思いますけど、
気持ちのうえでは
もっと「家族写真」を撮るように、
写真とつきあいたいなあと思っていますね。
- ──
- そうなんですか。家族写真って、すごい。
- 上田
- むずかしい顔をして作品を撮るってよりも、
何だろう‥‥
世界を感じたい、写真でドキドキしたい、
そういう気持ちが強くなってます。
自分で勝手に決めつけない態度と言うかな、
「こうあるべきだ」じゃなくて
「どう思います?」って感じ‥‥というか。
- ──
- 写真家さんだけに限らず、
若いころって
抽象的なことを難しく考えたりとか、
すべてを自分でコントロールしたいとか、
思うと思うんです。
- 上田
- ぼくも、そうでしたよ。
- ──
- 上田さんも。
- 上田
- はい、相当「そう」でした。
- ──
- じゃあ、その「呪縛」が解けたのも‥‥。
- 上田
- やっぱり、家族写真を撮り出してからです。
子どもが4人もいて、嫁さん大変だから
仕事ばっかりやってもいられない。
どうしたって
やりたいことをぜんぶやることはできない。
海外ロケへ行きたいけど、
そんなに頻繁に家を空けられない。
でも、仕事はがんばらないといけない‥‥。
- ──
- ええ、ええ。
- 上田
- もう、まったくね、
カッコつけてらんなくなったんですけど、
そのうちに
そのほうが楽しくなっちゃったというか。
- ──
- 楽しく?
- 上田
- あるていど思うようにならないことが
あったほうが
「本当のことだな」と感じるようになりました。
完全に自由、思いどおりにやれた時期よりも
家族の隙をついて(笑)、
ちょっと小さくなってやってる時期のほうが
「信用できるな」って。
- ──
- 信用というのは、写真が、ですか?
- 上田
- 写真も、自分自身も、ですね。
で、結局、
そんな気持ちで撮った写真のほうが
生き残ってるし、
生き生きしているような気がします。
- ──
- いやあ、すごくおもしろいです。
- 上田
- もちろんやりたいことは絶対あって、
追い求めるんだけど、
なかなか、やることができなくて‥‥。
でも、パッと開いた一瞬のチャンスに
一気に思いっきりやるから、
よけい、おもしろいのかもしれないね。
- ──
- 今、写真の話をしていますが、
同時に「家族の大きさ」ということでも
あるなあと思いました。
- 上田
- 家族の存在を外して、
自分に何ができただろうって思ったら
ちょっと想像がつかないです。
- ──
- 上田さんにとって、
家族って、被写体として、特別ですか?
- 上田
- 家族って、怠けて、撮らないでいたら
いくらでも撮らないでおけるんですよ。
だって、日常ですからね。
常に「撮り逃している」感覚もあるし。
- ──
- そうですか。
- 上田
- 写真やってんだからって
ちょっと義務のような感じもあるんですが
でも、それを乗り越えて撮っておくと
あとから
「ああ、本当に撮ってて良かったなあ」
って思うんですよね。
- ──
- なるほど。
- 上田
- その意味でも、家族には
写真家としても
いろいろ鍛えてもらったと思っています。
<つづきます>
(2015-05-05-TUE)