わたし、家の近所に友達がいないんですね。 引っ越してきた町なので。 だから、しゃべるのって、 マッサージ屋のお姉さんか、 近所のお洋服屋のお姉さんなんですよ。 |
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あぁ、心のマッサージ。 | |
そうなんです(笑)。 でも、お洋服屋さんのほうは 店員さんって入れ替わりが激しいので、 お店辞めちゃう時とか 本当に悲しくなってしまって。 |
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それ、うち、かみさんが 同じようなこと言ってます。 お店に入っていって、 「何々さんいる?」って。 |
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はい、はい! | |
買い物行って、ちょっと遅いなと思ったら、 「ササキさんと話してきた」って言うんだよね。 |
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あぁー。私もキムラさんっていう、 大好きな女の子がいたんです。 行くとただおしゃべりして、 試着しっこして。 |
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「いいんじゃない?」とか(笑)。 | |
「私もそれ買ったんですよぉ。 お揃いで着たいなぁ」とか言われると、 キューンとしたりとかして(笑)。 |
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いいじゃないですか。。 | |
そうなんですよ。 | |
それも、マッサージ屋さんみたいだね。 | |
そうなんです。 でも、お店辞めてしまうって聞いて。 「これからどうするの? キムラさん」って言ったら、 「もうお洋服屋さんの店員は辞めて、 事務系の職業を探そうと思う」って。 「まだ見つかってないのに辞めるの?」 みたいな(笑)。 |
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もうちょっといてほしい。 | |
「重なる部分を作ったほうが いいんじゃないの」とか、 「見つかってから 辞めたほうがいいんじゃないの」とか。 でも、辞めてしまって、 今寂しい感じです。 新しい彼女を探さないと。 |
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新しいキムラさんを(笑)。 でもそのキムラさんっていう人は、 腕があるんですよね、やっぱり。 |
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はい。いっぱいおしゃべりして、 似合うの選んでくれて、 本当にちゃんと相手してくれて、 用事がない時もおしゃべりしてくれて。 |
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気持ちよくね。 | |
そうなんです。 | |
かみさんの話がまた出ちゃうけど、 プレゼントの交換とかしてるもん。 「これササキさんに貰っちゃったから、 私はこれをあげてくる」とか言って、 サンダル履いて バーッとか走っていったりしてるの。 |
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私も、バレンタインをあげましたよ。 それはもうある時、 ある一線をお互い──。 |
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越えたんですね。 | |
店員とお客さんじゃなくなって、 なんか「今日からは友達だね」みたいな。 |
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でも、「友達だね」っていう 宣言はしてないんですよね。 |
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なんか素敵な、フリーな気がしますね。 | |
だからお互い「さん」付けなんですよ。 あの関係はね、ちょっとうらやましい。 ガラス張りのお店の外でこっち向いてる時に、 こうやって手を振って。 |
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わかります。 | |
俺といる時は別に中に入ることもないから、 「ササキさんがいた」って言いながら、 手を振って、うれしそうにしてて‥‥ 何あれ(笑)? |
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すっごい、すっごいわかります。 私、マッサージ屋さんと 爪を塗ってくれるお店と そのお洋服屋さんの3店、 近所には、それだけしかお友達いないんです。 でも、やっぱり表を通って 目が合うとこう(手を振る)やって。 |
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その関係って、なんかある意味都会的で、 しかも、村的で、 昔にはなかったような気もするし、 昔の情緒みたいなものもあるし。 |
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そうですね。なんでしょう? | |
日本中そうなればいいですよね。 | |
そうですよね。 店員さんとしての何かを下ろしてくれないと この関係は生まれない。 どこかで生まれる。 |
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そうなんです。 | |
通ってしゃべってるうちに、 顔見知りになって、 ちょっと雑談が入るようになって、 雑談が一定の分量を越すと、 窓越しでもこれ(手を振る)ができるようになる。 |
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それが、両方とも気持ちいいし、 たぶん社会的にもなんの迷惑もないですよね。 |
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そうですよね。 | |
食べ物屋さんで、 うちがひいきにしていく店の特徴が はっきりあるんですけど、 夫婦の店なんですよ。 |
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へぇ。じゃあ、 お宅に招かれてるような錯覚に? |
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それに近い。 行くお寿司屋さんが夫婦でやってる店で、 そこでもやっぱりぼくらは プレゼントの交換みたいなのをして(笑)。 俺、ジャムを、お寿司屋さんに あげてるんですよ。 |
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お寿司屋さんにジャム? | |
そのお寿司屋さんの旦那は、 目をよくするためにブルーベリーを食べてる。 で、ぼくがジャム作ってるって話したら、 奥さんが、 「糸井さん、じゃあ、 いつかでいいんですけど、 うちの旦那のためにいつか、 ブルーベリージャムを 作ってくれませんか」って。 いい話だなぁと思って。 |
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(笑) | |
で、あれなんですね、何かを渡す時、 「こういうのは受け取れないんです」 って言われちゃうと‥‥。 |
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あぁ、だめですねぇ。 | |
なんかバレンタインに 断られたような気持ちになって。 |
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受け取れる関係までは やっぱりちょっと距離ありますよね。 |
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そうなんです。 あれは寂しいものだなぁと思って。 |
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それはやっぱりまだなんですよ。 で、そこでの交換はあっても、 次があってね、 一緒に食事に誘っても行かないんです。 |
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えぇー。 | |
「糸井さんが言ってたあそこに 行ってきたんですよ」とか、 「おすすめしてくださった 映画観たんですよ」って、 全部行ってくれるんだけど、 一緒には動かないんです。 でも、たとえば、 京都の家の建前の時に、 東京からお寿司にぎりに来てくれる。 職人さんたちに、にぎってくれた。 けど、一緒に食事は、行ってないんです。 かっこいいでしょう? |
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何かあるんですね、なんかラインが。 | |
あるんです。 それはわざと言葉にすると、 「お客様と同等になっちゃいけない」んです。 |
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そこがまたもどかしいような、 心地いいような。 |
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それはね、なんかね、すごく素敵な‥‥。 | |
いいラインですよ。 | |
よくぼく、例に出すんですけど、 遊女と客の関係を 「恋に似たもの」っていうふうに 山本夏彦さんが言いましたが、 「恋に似たもの」だらけだって 気がするんですよね、いい関係って。 お店の人との関係っていう、 その礼節を守りつつ。 |
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(つづきます) |
2011-04-06-WED |
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美大を舞台にした『ハチミツとクローバー』でデビュー。 高校生棋士を主人公にした長編第2作 『3月のライオン』で「マンガ大賞2011」を受賞。 同作は現在も白泉社「ヤングアニマル」誌で連載中。 |