私、引っ越した町で、
周りは誰も知らない人で、
最初に仲良くなったのが
あるお洋服屋さんの女の子だったんですね。
その子がある日、ちょっと涙ぐんでて。
「どうしたの?」って言ったら、
「急に会社に『来週から新潟に転勤しろ』
 って言われた」って。
もう今日でこの店は最後になると。
そして、初めて2人で
お茶を飲みに行ったんですよ。
「いつも来てくれてありがとう」
「何も話したことなかったね」って。で、
「なんのお仕事してるの?」って言われて、
その時初めて、
「私漫画家なんだよ」って。
「こういう漫画描いてる」
「じゃあ、買って新潟に持っていく」
お別れの日しか一緒にお茶が飲めなかった。
こみいった話も最後の日しかできなかった。
お別れするから、なんですよね。
はい。お別れするからしゃべって。
2人とも涙ぐんでしまって、
初めてお茶飲んだのに、
2人とも涙ぐんじゃうんだなぁと。
「あ、お茶飲みたかったんだな、私たち」
って思って。
それを我慢してた時間も、
またいいんですよね、きっとね。
そうなんです。
「お別れの時なのね」と思って。
そうやってさ、表現されないまま、
心の中だけに描かれていく漫画って、
いっぱいあるんだね。
はい。そしていつかチャンネルが合って、
ちょうど作品の波と合うと、
「じゃあ、あの話を。彼女の話を」
とかって描けるんです。
すうっと、出てくるんでしょうね。
意外に小さいこと全部覚えたまま生きていて。
小学校の頃からのストックを
いっぱい持ってるので、
全部使い切って死ねるのかがわからない。
漫画は、回数が限られているので、
もったいないなぁ。
やっぱり、描くのが先じゃなくて、
感じるのが先なんだよね。
そうです。で、シーンが出てくると思い出して、
これに似たシーンがなかったかなあ、
「あぁ、小学校の時に先生にこれ言われたっけ。
 あれを入れてみよう」とかいう感じです。
鉄棒ができなかった時に
先生が言ってくれたこととか、
小学5年生の時をわーっと思い出して、
「今描くんだ」って思って。
漫画描いてると、なんでも思い出せていいなぁと。
なんていうんだろう、
1個ずつはふたりといない人との物語なんだけど、
「そのことをとうとう表現できました」ってなると、
みんながそのふたりといない人同士の話を、
「私も」って言うんだね。
描いてるうちに思い出すわけですか?
そうなんです。
これに似たシーンなかったかなって
検索をかけると、急に、
「オキタ先生!」とかって思い出して。
そういえば、あの時、オキタ先生に、
「人は、そんなに、
 人の失敗を気にしてないよ。
 みんなは人の失敗を覚えてないよ」
って言われたっけなぁとか。
覚えてるのは、大人な台詞なんですよね。
はい。当時は子どもだからわからなくて、
でも私、今も失敗を気にするタイプで、
担当さんとかに言われると、
オキタ先生に言われたのと同じことを
何十年経ってもまだ言われてるんだなって。
都合よくちゃんと忘れてくれるんですよ、また。
で、後で思い出すと、
子どもにあんなにちゃんと、
こうやって(目線の高さを同じにして)
顔を見て言ってくれたんですよ。
だから、私きっと、なにかあった時なんですよ。
で、たぶん(うつむいて)
こうなってたのを先生は捕まえて、
顔を見て、
「みんなは人の失敗を覚えてないよ」
って言ってくれた。
いい先生だったなぁって思って。
それが通じるって信じさせるほど、
羽海野さんは何か、
大人っぽいものを持ってたんでしょうね。
本当にすとんと腑に落ちるのには、
30年近くかかってしまったんですけど。
でも、通じてはいたわけでしょう?
残ってはいたんです。
先生が今真剣に私に何か言ったっていう、
そういうのってなかなかないじゃないですか。
そうですね。
「先生は何かを伝えようとしたんだ」
それだけは残ってました。
それは、そうやって語って
うれしい話もいっぱいあるけど、
うれしくない話もやっぱり
どんどん染みてますよね、当時のね。
はい。いっぱい残っています。
でも、全部忘れないでストックされているので、
漫画描く時はとてもいいんです、
いま辛い子たちが読むのにちょうどいい話を、
ちょうど解決策が見つかった頃提示できるのは。
「その傷はこうやって治しましたよ、
 今傷口はこんなですよ」って。
見せられる。
これもこの間、ツイッターで読んだんですけど、
「今こういうことされて
 こんなに辛い。傷を見て」
っていうのが子どもの作品で、
「ぼくはこういうふうに治しましたよ」って、
治った傷口を見せて言うのが
大人の作品だって。
ありますね。
だから、治ってから
描くようにしようと思って。
ヒリヒリしてる時には
やっぱり出しちゃだめですよね。
効果的なんで、
使いたくなっちゃうんですよね、きっと。
そうですね。
今辛いことを描くのは、
生っぽさは出るんですけど、
そのドライブ感ってすごく紙面に出るので、
いたずらに不安にさせてしまって。
危ないですね。
解決策を提示できていないのは
よくないなと思って。
やっぱり読んで、なんだろうな、
一歩、なんだろう。
対象化できるっていう感じかなぁ。
ちゃんと消化できてから私が描かないと、
ただ混乱させて一緒に不安になってもらうだけで。
でも、それはそれで
必要なのかもしれないんですけどね。
時には、生なものが混じっちゃって、
ドキュメンタリーとして
ズキンと来る部分が入ることは
いけないわけじゃないんですよね。
そうですね。
最近ちょっと使い分けられるようになったんで、
その生々しいものもバシャッて出して。
(つづきます)
2011-04-07-THU





美大を舞台にした『ハチミツとクローバー』でデビュー。
高校生棋士を主人公にした長編第2作
『3月のライオン』で「マンガ大賞2011」を受賞。
同作は現在も白泉社「ヤングアニマル」誌で連載中。