第9回 お客さまがいない夢。
前川 自分で歌を歌ってるときには──、
まず、目の前に
お客さまがいらっしゃいますね。
糸井 はい。
前川 例えば、100人のお客さまがいらっしゃる。
ステージでおもしろおかしいこと
やってたりしても、
ひとりだけ笑ってないことがあります。
その「ひとりの人」のことが
ぼくは気になるんですよ。
そして、99人の方のことは、
目に入らなくなってしまいます。
それは、自分の性格の問題です。
糸井 繊細なんですよね。
前川 やっかいなんですよ。
糸井 不眠症になっちゃうはずですよ。
前川 いつもそういったことばっかり考えてますから、
ステージに立って
お客さまがいない夢を見たりします。
「ああー、オレも終わるんだなぁ」
糸井 夢で、そこまで。
前川 そういうこともあって、
歌ってるときというのは、
ぼくは、気持ちの中では、
歌にのめり込んでません。
糸井 だけど、それをこっちは
ラフに聴いちゃうからか、
バーンと心に響いちゃうんです。
前川 不思議ですよね。

ぼくの中で、嫌なのは、
悲しい歌なんですよ。
みなさん、聴いてて悲しいでしょ?
ぼくは嫌いです。

例えば、1000人ぐらいのお客さまがいて、
その中でとても悲しい人って
10人、20人くらいだと思います。
みんな、たのしみたいから来てるのに、
自分と関係ないそんな歌聴かされる。
そうすると、
あくびする人もいるんですよ。
ぼく、そういうの見つけるの、
好きなんですよ。
糸井 困った人だなぁ(笑)。
前川 あ、トイレ行った、とか。
一同 (笑)
前川 長かったなぁ。
小じゃなかったのかな?
と思ったり。
一同 (笑)
前川 あの人、席に落ち着いたなぁ、
あと、何曲だったかなぁ、
あと、2、3曲で終わりだ
あと、2、3曲で終わり、
そんなことばっかり。
糸井 はははは。
前川 もちろん、歌は
一所懸命に歌いますけども、
お客さまは、全部が全部、
おなじ気持ちではない。
糸井 うん、うんうん。
前川 1/3くらいの人が
チケットをタダでもらったり、
連れてきてもらったり
してるんだろうなぁ、って。
糸井 そうなんですよね。
前川 ぼくはね、どこか、
そういう見方をするんです。
なぜなら、そういった方たちというのが
いちばん厳しいからなんですよ。
タダで来てるとか、
トイレ行って帰ってきたとか、
そういう方。
糸井 なるほど、そうか‥‥。
前川 ファンの方だったら、
絶対に席は立ちません。

ファンのみなさまは、
失敗したりしても、
許してくださるところがありますし、
挽回できる「次」があります。
だけど、「どうでもいい」と思ってる方たちは、
「前川ヘタだったよ」
「あー、おもしろくなかった」
このひと言でおしまいです。
これがいちばん怖いです。
糸井 怖いですね、たしかに。
前川 だから、どうしても
そっちのほうへ目が行ってしまいます。
「なんで笑ってくれないんだろう」
糸井 そっちに対して神経質になると、
だんだん怖くなりますよね。
前川 はい。
そうすると、
たのしんで歌うほうへ
意識がいかなくなっていきます。
自分の歌って、
こういうふうにいい歌なんですよ、
自信を持ってたのしく歌おう、
もう、そういったことが見えなくなります。
糸井 それはもしかしたら、前川さん、
このあと、また変わるかもしれない
気持ちですね。
前川 はい、そうかもしれません。
糸井 そっちが見えちゃう、ということについては
ぼくも知ってる感覚です。
けれども、100人のうちのひとりを
気にするということは、
99人を置き去りにしちゃうことでもある。

だから、その「ひとり」はいいや、
と思うように、
ぼくもいま、一所懸命、
自分を変えてるところです。
前川 ああ、なるほど。
糸井 そうじゃないと、学校の教室で、
「誰だ、今日休んでるのは!」と怒る
先生みたいになっちゃいます。
休んでない生徒が教室にいるはずなのに、
休んでるやつのおかげで、
みんなが怒られる、
あれをついやっちゃいそうだなと思ってます。

だから、ぼくは、
もうふたまわりぐらいバカになって、
そういうことに気づかない自分を
できるだけ、生もうと思ってます。
前川 いや‥‥ほんと、ぼくも
そういう自分に
なりたいなと思いますよ。
糸井 それは、練習するしかないんですよね。
前川 そうですね。
糸井 天からもらってそれができる人
というのも、
きっといるんだと思うんです。
前川 いらっしゃいますね。
糸井 コンサートで、
会場にマイク向けたら、
歌詞をみんなが憶えてて
歌ってくれるって信じてる人もいるでしょう。
前川 よくありますよね。
糸井 そういう人たちはいるんですよ。
「私が笑顔を作れば
 お客さんもよろこんでくれる」
「みんな待っててくれてありがとう、
 ぼくはうれしいです!」
それを素直に思ったり言えたりする人は、
それはそれで、
変わりもんなんだと思います。
前川 はい。たぶん。
ぼくなんかは
「すいません、今日は来ていただいて」
からはじまりますから。
糸井 ぼくも、それにはなれません。
なれないけども、
あの素直な強さを
みんながOKと思うんだったら、
もうちょっとぼくは変われると思います。
前川 変わりますよね‥‥絶対に。
(つづきます)

2010-07-08-THU