やっぱり正直者で行こう! 山岸俊男先生のおもしろ社会心理学講義。

第3回 タブラ・ラサの過ち
山岸 倫理やモラルで社会をつくっていくことが、
どうして、マズいのか。
糸井 はい。
山岸 ひとつには「システムを変える」という視点が
失われてしまうということなんですよ。
糸井 なるほど。
山岸 本来ならばシステムを変えることこそが
必要なのに、
倫理やモラルを徹底させれば
状況がよくなると、思い込んでしまう‥‥。

それが、いちばん怖いことだと思います。
糸井 うーん‥‥そうか。
山岸 たとえば、社会主義国の歴史を見ても、
あれほど徹底して
倫理教育をやった国は、ないでしょう。
糸井 ええ。
山岸 それなのに、やっぱりうまくいかなくて、
暴政や圧政を敷き、
果ては自国民のジェノサイド(大量虐殺)に
いきついてしまったり‥‥。
糸井 スターリンの旧ソ連邦とか、
ポルポトのカンボジアとか。
山岸 だから、わたしは‥‥ね、
20世紀の社会科学は
根本的に間違っていた
と、
そう思ってるんです。
糸井 間違い‥‥ですか。
山岸 少なくとも「20世紀後半」の社会科学は、
「タブラ・ラサ」の前提で、
「人間」というものを理解してしまった。

これが、非常に大きな失敗でしたね。
糸井 タブラ・ラサの過ち。
山岸 タブラ・ラサというのは、つまり、
赤ん坊として生まれてきたときには
こころは「白紙」であり、
その赤ん坊が育つ文化や環境によって、
「白紙のこころ」に
何でも書き込むことができるという人間理解。
糸井 人間は完全に「文化の産物」であると。
山岸 そう、人間が人間として生まれ持つはずの
「人間性」なんてものは「ない」と。
糸井 ほう‥‥。
山岸 そのように考えられてきたものだから、
人間性についての研究が、
進められてこなかったんですよね。
糸井 なるほど。
山岸 人間というのは一体、どんな生物なのか。

そして、その人間という生物が
社会をかたちづくってきたということは、
一体、どういうことなのか。

そういう問題が、考えられてこなかった。
糸井 タブラ・ラサの考えかたからすると
「人間は、どんな人間にもなれる」から‥‥。
山岸 そういう人間理解が、倫理やモラルでしばれば
社会を改良できるという思想に、つながるんです。
糸井 21世紀の現在では、反省されているんですか?
山岸 ええ、この過ちに気づきはじめたのが、
20世紀の最後の10年くらい。
糸井 じゃ、今は変革のまっただ中なんだ。
山岸 最先端にいる一部の経済学者たちは
「自己利益を短期的に追及する存在である」という
経済面での伝統的人間理解に対してすら、
かなり本格的に、変更を加えようとし始めています。
糸井 あのアダム・スミス以来、
近代経済学の基礎ですよね、その人間観は。
山岸 ちなみに、そういう経済学者の考えかたって、
わたしがやっている研究と、
かなり、共通する部分があるんですよね。
糸井 ほう。
山岸 たとえば、人間は「利他的な行動」を
とることがありますが‥‥。
糸井 はい。
山岸 ‥‥どうしてそんな行動をとるのか。
糸井 はぁ。
山岸 そんな動物、ほかにいないです。
糸井 なるほど、たしかに。
山岸 たとえば、ふたつ並んだ檻のなかに
それぞれ、チンパンジーを一匹ずつ入れます。

各々の檻には、バーがふたつ、ついている。

片方のバーを引くと、
バナナが両方の檻のなかに落ちてくるシカケ。
糸井 はい。
山岸 もう片方のバーを引くと、
自分の檻のほうにだけ、バナナが落ちてくる。
糸井 ええ。
山岸 人間の場合には、おそらく、ほとんどの人が
両方にバナナが落ちるバーを引くでしょうね。
糸井 極端に意地のわるい人以外は。
山岸 チンパンジーにやらせると、どうなるか?
完全に「ランダム」なんです、これが。
糸井 へぇ‥‥なるほど。
山岸 ぜんぜん、気にしてない。
糸井 となりのチンパンジー君のことを。
山岸 そう。どっちでもいいんです。
糸井 おもしろいなぁ(笑)。

つまり、人間以外の動物は
利他的な行動をとることができない‥‥わけだ。
山岸 誰かに何かをしてあげるということがない。

意外に思われるかもしれませんけど、
「親子の関係」でも、これは同じなんです。
糸井 ‥‥というと?
山岸 チンパンジーの親が、自分の子どもに
積極的に何かしてあげることって、ないんですよ。
糸井 へぇ‥‥、エサを与えたりとかは?
山岸 自分のところから取っていくのを
「邪魔しない」というだけで。
糸井 じゃあ、人間って、かなり特殊なんですね。
山岸 なぜ、こんな動物が生まれてしまったのか。

20世紀の社会科学、
つまり「タブラ・ラサ」の考えかたからすれば
「文化によって教え込まれた」となる。

でも、そんなことは、ありえないと思うんです。
糸井 どうしてですか?
山岸 だって人間は、「進化の産物」だから。
糸井 なるほど‥‥「文化の産物」ではなく。
山岸 そして、人間が「進化の産物」である以上、
「利他的な行動」をとることによって
何か「いいこと」が起きなければ、
基本的には、身に付かないはずなんですよ。
糸井 つまり‥‥。
山岸 利他的な行動をとることによって、
「いいこと」が、あるんです。

<つづきます>
2009-01-14-WED




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