山岸 | 倫理やモラルで社会をつくっていくことが、 どうして、マズいのか。 |
糸井 | はい。 |
山岸 | ひとつには「システムを変える」という視点が 失われてしまうということなんですよ。 |
糸井 | なるほど。 |
山岸 | 本来ならばシステムを変えることこそが 必要なのに、 倫理やモラルを徹底させれば 状況がよくなると、思い込んでしまう‥‥。 それが、いちばん怖いことだと思います。 |
糸井 | うーん‥‥そうか。 |
山岸 | たとえば、社会主義国の歴史を見ても、 あれほど徹底して 倫理教育をやった国は、ないでしょう。 |
糸井 | ええ。 |
山岸 | それなのに、やっぱりうまくいかなくて、 暴政や圧政を敷き、 果ては自国民のジェノサイド(大量虐殺)に いきついてしまったり‥‥。 |
糸井 | スターリンの旧ソ連邦とか、 ポルポトのカンボジアとか。 |
山岸 | だから、わたしは‥‥ね、 20世紀の社会科学は 根本的に間違っていたと、 そう思ってるんです。 |
糸井 | 間違い‥‥ですか。 |
山岸 | 少なくとも「20世紀後半」の社会科学は、 「タブラ・ラサ」の前提で、 「人間」というものを理解してしまった。 これが、非常に大きな失敗でしたね。 |
糸井 | タブラ・ラサの過ち。 |
山岸 | タブラ・ラサというのは、つまり、 赤ん坊として生まれてきたときには こころは「白紙」であり、 その赤ん坊が育つ文化や環境によって、 「白紙のこころ」に 何でも書き込むことができるという人間理解。 |
糸井 | 人間は完全に「文化の産物」であると。 |
山岸 | そう、人間が人間として生まれ持つはずの 「人間性」なんてものは「ない」と。 |
糸井 | ほう‥‥。 |
山岸 | そのように考えられてきたものだから、 人間性についての研究が、 進められてこなかったんですよね。 |
糸井 | なるほど。 |
山岸 | 人間というのは一体、どんな生物なのか。 そして、その人間という生物が 社会をかたちづくってきたということは、 一体、どういうことなのか。 そういう問題が、考えられてこなかった。 |
糸井 | タブラ・ラサの考えかたからすると 「人間は、どんな人間にもなれる」から‥‥。 |
山岸 | そういう人間理解が、倫理やモラルでしばれば 社会を改良できるという思想に、つながるんです。 |
糸井 | 21世紀の現在では、反省されているんですか? |
山岸 | ええ、この過ちに気づきはじめたのが、 20世紀の最後の10年くらい。 |
糸井 | じゃ、今は変革のまっただ中なんだ。 |
山岸 | 最先端にいる一部の経済学者たちは 「自己利益を短期的に追及する存在である」という 経済面での伝統的人間理解に対してすら、 かなり本格的に、変更を加えようとし始めています。 |
糸井 | あのアダム・スミス以来、 近代経済学の基礎ですよね、その人間観は。 |
山岸 | ちなみに、そういう経済学者の考えかたって、 わたしがやっている研究と、 かなり、共通する部分があるんですよね。 |
糸井 | ほう。 |
山岸 | たとえば、人間は「利他的な行動」を とることがありますが‥‥。 |
糸井 | はい。 |
山岸 | ‥‥どうしてそんな行動をとるのか。 |
糸井 | はぁ。 |
山岸 | そんな動物、ほかにいないです。 |
糸井 | なるほど、たしかに。 |
山岸 | たとえば、ふたつ並んだ檻のなかに それぞれ、チンパンジーを一匹ずつ入れます。 各々の檻には、バーがふたつ、ついている。 片方のバーを引くと、 バナナが両方の檻のなかに落ちてくるシカケ。 |
糸井 | はい。 |
山岸 | もう片方のバーを引くと、 自分の檻のほうにだけ、バナナが落ちてくる。 |
糸井 | ええ。 |
山岸 | 人間の場合には、おそらく、ほとんどの人が 両方にバナナが落ちるバーを引くでしょうね。 |
糸井 | 極端に意地のわるい人以外は。 |
山岸 | チンパンジーにやらせると、どうなるか? 完全に「ランダム」なんです、これが。 |
糸井 | へぇ‥‥なるほど。 |
山岸 | ぜんぜん、気にしてない。 |
糸井 | となりのチンパンジー君のことを。 |
山岸 | そう。どっちでもいいんです。 |
糸井 | おもしろいなぁ(笑)。 つまり、人間以外の動物は 利他的な行動をとることができない‥‥わけだ。 |
山岸 | 誰かに何かをしてあげるということがない。 意外に思われるかもしれませんけど、 「親子の関係」でも、これは同じなんです。 |
糸井 | ‥‥というと? |
山岸 | チンパンジーの親が、自分の子どもに 積極的に何かしてあげることって、ないんですよ。 |
糸井 | へぇ‥‥、エサを与えたりとかは? |
山岸 | 自分のところから取っていくのを 「邪魔しない」というだけで。 |
糸井 | じゃあ、人間って、かなり特殊なんですね。 |
山岸 | なぜ、こんな動物が生まれてしまったのか。 20世紀の社会科学、 つまり「タブラ・ラサ」の考えかたからすれば 「文化によって教え込まれた」となる。 でも、そんなことは、ありえないと思うんです。 |
糸井 | どうしてですか? |
山岸 | だって人間は、「進化の産物」だから。 |
糸井 | なるほど‥‥「文化の産物」ではなく。 |
山岸 | そして、人間が「進化の産物」である以上、 「利他的な行動」をとることによって 何か「いいこと」が起きなければ、 基本的には、身に付かないはずなんですよ。 |
糸井 | つまり‥‥。 |
山岸 | 利他的な行動をとることによって、 「いいこと」が、あるんです。 <つづきます> |
2009-01-14-WED |