- ──
- やや具体的な質問になりますが
チョコレートについて、お聞かせください。
チョコレートって、たったのひとかけらで、
女の人を幸せにしてしまうし‥‥。
- エルメ
- 男性もね。
- ──
- はい、そうですね(笑)。
女性も男性も幸せにしてしまうし
昔は薬だったという話も聞いたことがあって、
何だか神秘的なイメージが、あるんです。
- エルメ
- 今日、時間ありますか?
- ──
- 時間?
- エルメ
- チョコレートについては
いくらでも、しゃべれるんですけれど。
- ──
- 何時間でも(笑)。
- エルメ
- まず、チョコレートは、
パティスリーにおいては必須の素材です。
で、絶対に欠かせない素材なのに、
それほど簡単には
自分のものにできない素材でもあります。
- ──
- 扱いが難しいんですか?
- エルメ
- 説明が難しいんですけど
「近づきにくい素材」と言いますか。
たとえば「温度」の微妙な変化で
味、食感、見かけ‥‥
すべてが、敏感に変質してしまう。
- ──
- なるほど。
- エルメ
- チョコレートで、こういう表現をしたい、
と思ったら、
そうするための厳しいルールがあります。
そのルールを守らなければ
まともなお菓子には、ならないんです。
- ──
- デリケートなんですね。
- エルメ
- パティシエという言葉は
狭い意味では「ケーキ職人」のことですが
実際のところ
ケーキはカテゴリーのひとつでしかない。
ようするに「パティシエ」と名乗るには
ケーキだけでなく
チョコレート職人であるショコラティエ、
アイス職人であるグラシエ、
飴など砂糖菓子職人のコンフィズール、
その4つのカテゴリーを
しっかりマスターする必要があるんです。
- ──
- 4つ技能を極めてはじめて、パティシエ。
- エルメ
- そして、なかでもショコラティエ、
すなわち「チョコレート」のカテゴリーを
我がものにするだけで
おそらく「10年」はかかるでしょう。
- ──
- はー‥‥。ちなみに、エルメさんって
どんなチョコレートが好きなんですか?
- エルメ
- 難しい質問ですね。
さまざまなチョコレートが好きなので
これが、とは言いにくいです。
でも今日、ここへ来るときに
ある店でチョコレートを試食したんですけど、
それは非常にまずかったです。
- ──
- なんと。
- エルメ
- 酸味があって、苦味もあって、甘みもあって、
いろんな要素が混ざっていたんです。
どこの豆かも、よくわからなかったし。
- ──
- ゴチャゴチャしてるのは、ダメですか。
- エルメ
- よくないですね。
- ──
- では、エルメさんの好きなお菓子って?
- エルメ
- これも、あまりに多いので列挙できませんが、
ひとつ挙げるとすれば
「クエッチュ」というプラムでできたタルト。
それも、わたしが子どものころに
父がつくってくれたものが、いいですね。
- ──
- おお、お父さまのタルトですか。
その思い出を、教えてください。
- エルメ
- 技術的には非常に単純なお菓子なんですが
パートブリゼという生地の上に
クエッチュという名のプラムを載せて焼き、
シナモンシュガーをかけて食べる。
タルトそのものは、そういったレシピです。
- ──
- なぜ、そのタルトが好きなんですか?
- エルメ
- そうですね、他と違うことがあるとすれば
「クエッチュ」というプラムの種類。
というのも、父の使っていたプラムは
クエッチュのなかでも
アルザス地方でしか、育たなかったんです。
- ──
- 生まれ故郷という
場所の思い出と一体化してるんですね。
- エルメ
- そう、そうなんです。
故郷では珍しくもないフルーツですが
他のクエッチュと比べると、独特な味。
加えて、
そのクエッチュを採りに行くことが、
幼少時の、わたしの仕事だったので。
- ──
- エルメさんが採ってきたクエッチュを、
お父さんがタルトにしてくれた。
- エルメ
- はい。
- ──
- ご自分でつくったりはしないんですか?
- エルメ
- 同じものをつくろうとしたんですけど、
ちょっと難しくて。
- ──
- 難しい?
- エルメ
- 自分の思い出のなかのタルトの味を
再現しようと思っても
なかなか、納得いかないんですよね。
- ──
- では、商品化しようと思って
何回か試してるっていうことですか?
- エルメ
- お出ししているんですよ、お店でも。
でも幼いころの記憶とは違うんです。
※日本では販売していないそうです。
- ──
- どこが違うんでしょう? 味ですか?
- エルメ
- 父の腕とわたしの腕は違うってことかな。
- ──
- それは、お父さんとエルメさんでは
腕の「種類」が違う、という意味ですか?
- エルメ
- いえ、「腕」そのものです。
- ──
- つまり、お父さんの「腕前がすごい」と。
- エルメ
- はい。
- ──
- えっと、お父さんは‥‥。
- エルメ
- パティシエでした。
- ──
- ああ、そうだったんですか。
では、お父さんから教わったことも?
- エルメ
- あるとは思います。
でもやはり、お手伝いのレベルです。
- ──
- というと?
- エルメ:
- 14歳でルノートルへ入ったとき、
自分は、もうすでに
パティシエという仕事について
いろいろ知っていると
たかをくくっていたんですが
じつは、
何にもわかっていなかったということに、
すぐに気づきましたから。
- ──
- では最後に、エルメさんは、
「パティシエ」ってどういう仕事だと
思っていますか?
- エルメ
- 「人をよろこばせる仕事」です。
- ──
- おいしいお菓子を食べて
人がよろこんでいる姿を見ると、
エルメさんも、うれしい?
- エルメ
- はい、自分のよろこびにもなります。
わたしのお菓子を食べて、
おいしいと言ってうれしくなったり、
あるいは、
わたしが発見した新しい風味を
「ああ、おいしい。食べてよかった」
と思ってくれたら、
こんなにうれしいことはないです。
- ──
- わかりました。
本日は、ありがとうございました。
- エルメ
- こちらこそ。
- ──
- ちなみにですが‥‥
そもそもお菓子が好きだったんですよね?
エルメさんって、幼いころから。
- エルメ
- もちろん。それはもう、大好きでしたね。
ちょっと好きすぎてしまって、
ごらんのとおりの、この体型です(笑)。
<終わります>
Photo:荒牧耕司
荒牧耕司(あらまきこうじ)
雑誌、ウェブなど幅広いメディアで活躍する
フォトグラファー。
まるで「人」であるかのように写す静物写真、
著名人やミュージシャンを撮った
静かで力強いポートレイトが、とても印象的。
また、荒牧さんに独特なのが
「彩度の落ちた、浅い色調」に仕上げた写真。
オフィシャルサイトはこちら。
お仕事のオファーは、こちら
2015-04-30-THU