── 漁師さんというのは、何歳くらいから
「漁師さん」なんでしょうか?
熊谷 俺、6歳。
── 6歳!?
熊谷 はじめてひとりで船出したのが、
6歳だから。
── あの、「船出した」というのは‥‥。
瀧澤 まだ、船外機もないころさ。
── 船外機、とおっしゃいますと?
瀧澤 ほれ、モーターボートのうしろについてるやつ。
ま、ようするに「手漕ぎ船」の時代ってことよ。
── つまり、手で漕ぐ船を6歳で出した‥‥と。
熊谷 うち、この浜からすぐそこのあたりでね、
海苔の養殖やってやったのさ。

でよ、ワンちゃんとおなじでさ。
── ワンちゃん。
熊谷 つまりほれ、親というご主人さまのうしろを
ついで行ぎたいっていうさ。
── ああー、なるほど。
熊谷 あんまり記憶が半々なんだけども、
うちの親が
岸壁から離れたとこで海苔獲ってたわけ。

養殖の海苔をね。
── はい。
熊谷 そこ行くには
ようするに、船ないと行けねぇでしょ?
── はい、行けねぇです。
熊谷 だで、よそのうちの船をかっぱらって、
漕いで出てったのが、最初なの。
── ‥‥それが6歳のとき。
瀧澤 そんな歳のガキが、ひとりでだよ?
── 6歳というと、
まだ小学校にも上がらないですよね。
瀧澤 そうだね。
── すごいですね‥‥。
熊谷 なーに、陸(おか)の尺で言ったら
そんなの、
300メーターから400メーターだからよ。
瀧澤 俺たちんときも、小学校5年か6年になったら
朝、大人たちが出る前に
友だち4人くらいでエンジンかけて。
── へぇー!
瀧澤 大人たちに混ざって、魚、獲ってたんだ。

もう、顔じゅうウロコだらけになってさ。
で、終わったら顔洗って
学校行って帰ってきて、午後は釣りして。
── 楽しそう‥‥。
熊谷 1年中、そんなことばっかりしてたのさ。
── じゃあ、ずっと海ばっかりの生活ですか。
瀧澤 そうだよ。

だって、学校の授業も天然ワカメで休んだり、
アワビで休んだり、
ウニで休んだり、しょっちゅう休みなんだよ。
── それって「田植え休み」みたいなものですか。
瀧澤 そうそう。
── みんなで、いっせいに休んじゃうんですか?
瀧澤 ま、ぜんぶがぜんぶ、休むわけでねぇけど
ふつうの男であれば休むな。
── はー‥‥。

あの、すこーし話をもとに戻しますと、
6歳だった熊谷さんは
そうやって
自分で手漕ぎ船を出してまで
親御さんのあとをくっついていくのが、
おもしろかったと。
熊谷 だって、夏はスズキの一本釣りでしょ?
── なるほど、夏はスズキ。
熊谷 冬は牡蠣でしょ? 春はワカメでしょ?

季節によって、いろんな楽しみがあんのさ。
それがただただ、おもしろかったの。
── おもしろいというのは、具体的には‥‥。
熊谷 見るものみーんな、はじめてだっちゃ。
── ええ。
熊谷 今はもう、とっくに50も過ぎってから
見飽きたってくれえ、
いろんなもの、見てきたんだけどもさ。
── はい。
熊谷 あんた、こんなこと、思い出せん?

ちいせえ子どもんときにさ、
毎朝、目ぇ覚めたら
見るもの見るものが新鮮でさ、
まず触ってみでぇとか何とかって記憶、なかった?
── ‥‥あった気がします。
熊谷 目ぇ覚めるのが楽しみでなかった?
── ‥‥楽しみでした。そう言えば。
熊谷 そういう感じだったの。
── ちなみに6歳っていうと、何年前ですか?
熊谷 今、52だがら‥‥46年前か。
── じゃあ、漁師歴46年。
熊谷 いや、途中、若ぇころ、
2年くらい東京で遊んでたもんだから。

ま、ブローカーやったりね、
ま、人には言えねぇ稼業やったりでね。
── (人には言えないって、いったい‥‥)
熊谷 ま、子どものころはそんな感じだったけど、
だんだん、ほれ、歳をとってくるとよ、
海の冷たさを覚えたり、
陸(おか)の遊びを覚えたりしてよ‥‥。
── はい。
瀧澤 海の水は冷てぇのよ?
陸の遊びはあったけぇんだけどさ(笑)。
── ‥‥ええーと、
ともかくいちど、都会に出られたと。
熊谷 おう。
── 戻ってきたのは、なぜですか。
熊谷 オヤジに騙されたのさ。
── ‥‥騙された?
熊谷 オヤジの糖尿病がひどくなったっつって、
海出れなくなったっつって。
── へぇー‥‥。
熊谷 だからよ、船から魚獲る道具から、
何千万もかけた資材を
粗大ゴミにするわけにはいかねぇだろと。
── ‥‥言われて。
熊谷 そうそう。そったら、そうだよなーってさ。

ま、俺もさ、いつまでも
チャランポランやってらんねぇつうことで、
「よし!」と。「やるか!」と。

‥‥で、腕まくって、帰ってきたのさ。
ひとまずは、東京からね。
── ええ、ええ。
熊谷 アパートから何から、ぜんぶ引き払って。
── はい。
熊谷 で、帰ってすぐ、どこ探してもいねえからさ、
「オヤジは?」って言ったけ、
「うん、スルメ出てった」っていうのさ!
── ‥‥スルメ漁に出ていて不在、と。
熊谷 ぜんぜん元気だったのよ。
── ものすごい騙されましたね‥‥。
熊谷 おーーーう!(なぜか得意気に)
遠藤 でも、けっこうあるんですよ、騙されたって話は。
瀧澤 そうそう。
遠藤 たいがい死にそうになるんです、親が。
── みなさん、同じような経験をされて(笑)。
瀧澤 だいたいね、どこのオヤジも
2回ぐらいは死にそうになってるよね。
熊谷 まあ、つまりさ、
海のこと、何もかんも楽しかったってのは
小学校ぐらいまででさ、
中学校になったら遊びほうけてくるっちゃ、
「地獄」味わうようになってね。
── ‥‥地獄?
熊谷 いや、ほれ、その「陸の遊び」さ。
友だち増えて覚えてくるのさ、そういうの。
── (地獄の遊びって、いったい‥‥)
遠藤 第一期、漁師になりたくない病ですよね。
瀧澤 そうそう、そんなぐれぇになると
だーれも海さ行って
ちゃーちゃーちゃー遊ぶようなのは
もう、卒業するのっさ。
── 海の男の成長過程には、そんな時期も。
熊谷 だってよ、親の背中いづまでも追っかけてる
中学生なんかいねえぞ?
── そうですね、たしかに。
瀧澤 小学校の高学年で、もうギブアップだな。
ましてや高校なったら海なんか見ねぇよ。
── 陸ばっかり見て。
熊谷 そうそう。
瀧澤 女のケツばっかり見て。
熊谷 そうそう。
── ははははは‥‥。

でも、みなさん、
故郷というか、漁業から離れてるんですね、
いちどは。
瀧澤 うん、みんな一回、東京逃げるんだ。
熊谷 でも、東京いるとさ、東京っちゅうとこは
うんと遊ぶとこであって、
仕事するとこじゃねぇなと思ってくるのさ。
── そうですか。
熊谷 うん、2年ぐらいでね。だいたい。
── 熊谷さんが大船渡に戻られたのは‥‥。
熊谷 22のときよ。
瀧澤 早ぇよね。俺、30だもの。
── あ、瀧澤さんは、30歳まで別のお仕事を?
瀧澤 そう、漁師になったのが、30のとき。

うち、どういうわけだか、
死んだじいさんが
「男ん子は30までは遊ばねば」ってさ。

ようするに
「30まで好きなことやんねぇと
 ほんとろくなもんになんねぞ」って。
── へぇー‥‥。
瀧澤 そういうとこはスッカリ乗るからね、俺も。
── あははは、乗りましたか(笑)。

でも、みなさんが大船渡に戻る「きっかけ」って
本当に「騙された」だけだったんですか?

他に、たとえば‥‥。
熊谷 東京ん出てみたら漁業が魅力的に見えた‥‥とか、
そんな答え、期待してる?
── はい、ちょっと。
熊谷 ま、オヤジに騙されたってのは半分冗談だからね。
── ええ。
熊谷 だからよ、魅力っていうかさ、「欲」だよな。
── 欲?
熊谷 8時から5時まで、ほれ、
給料袋にがんじがらめになってるよりは
ガバーッと獲ったほうが
毎日おもしれえんじゃねえのか
っつうね、
ま、そういう「欲」が出てきたのさ。
── ガバーッと、っていうのは‥‥。
熊谷 むろん、魚よ。
<続きます>
2012-06-19-TUE
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