── 魚をガバーッと獲りたいと思って、
いちど出た東京から
この大船渡へ、戻ってこられたと。
熊谷 おーーう。
遠藤 まぁ、今ではもうダメですけどね、
むかしは
「一晩で100万、200万」揚がるのなんて
しょっちゅうだったんですよ。
── 水揚げが、一晩で100万円?
熊谷 漁へ出た船はさ、
100万の水揚げだったら大漁旗1本、
200万の水揚げ
だったら大漁旗2本立てて
沖から戻ってくるっちゃ。
── かっこいい!
瀧澤 それが魅力だもん、漁師の。
── わー‥‥。
熊谷 逆に言うと、どんなにヘコんでても
一発逆転できたのさ、むかしの漁師ってのは。
瀧澤 ただね、俺たちのいちばん悪いところはさ、
そんなに揚がっちゃうと
お金の考えかたがね、狂ってしまうのさ。
── そうなんですか。
熊谷 ほんとはよ、燃料費とか、船の支払いとか
いろいろ経費かかってるのに
頭ん中は「100万獲った」しかねえわけ。
── は、はい。
瀧澤 だから、100万獲ったんだから
まだ乗れんのに新しいトラックほしいとかってさ、
なーに、80万くれぇ使ったって
どうってことねぇんでねぇかって思ってしまうの。
── 金銭感覚が、ものすごいことに。
熊谷 だってさ、今日100万獲ったんだったら
明日も100万、獲ればいいんでない?
── そ、そりゃそうですが。
熊谷 ‥‥と思ってっと、次の日に「空っぽ」来んのよ。
── うわ。
瀧澤 そんな、どんでん返しがあんのに
大盤振る舞いしちゃうのっさ、漁師ってのは。
── イメージ通りといえば、イメージ通りです。
瀧澤 でもさ、地域経済にはかなり貢献してんのよ。
金、ぽいぽい投げるんだから。
熊谷 仲間でどっかの食堂さ、寄るよな?

で、他の客がサラリーマンだったら
そんときは
漁師がそこの支払いをぜんぶ持つのが
当たり前だったのさ。
── え、オゴリですか!?
遠藤 そんな時代もあったんですよね。
── ひゃー。
熊谷 おもしろかったよなぁ、あのころは。
遠藤 いろいろと、めちゃくちゃでしてね(笑)。
瀧澤 ワクワクしてたもの。毎日、冒険よ。
── 思い出話が、キラッキラしてますね。
瀧澤 だからみーんな、漁師になろうと思ったら
最初に借金つくっちゃうの、バーンと。
── バーンと。
熊谷 船にしろ、刺し網にしろ、何の道具にしろさ、
いくらすっかわかんね資材を
はじめっからバーンと入れちゃうのさ。
── はじめっから、バーンと。
瀧澤 たいてい、漁師の奥さんは
「あんた、何考えてんの!」って言うども、
漁師はただ
「魚獲って返すば、心配すんな!」ってね、
これ一言なんだから。
── はー‥‥。
熊谷 サラリーマンの給料が10万なんぼって時代にさ、
1機50万も70万もする機械を
6機入れたり、8機入れたりっていうね。
── でも、自然が相手なわけですから、
いくら景気がよかったとはいえ、
「獲れない心配」はあったと思うんですが。
瀧澤 そうだねえ。でも、みーんな、あのころは
おっかながらず借金しとったよ。バンバン。
── ようするに、獲れないときも当然あるけど、
でもやっぱり、むかしは
「魚が獲れた」ってことなんですか?
瀧澤 そうだね、今とくらべたらね。
── あの、魚が獲れなくなったというのには
何か理由があるんでしょうか?
瀧澤 やっぱり、漁船の大型化とかもあって
漁獲量が多くなったし、
おっきな船に勝てない
ちっさい船の漁師は、養殖に入っていったのさ。
熊谷 つまり、人間が獲り過ぎたら
海の力がなくなるの、当たり前だよな。
── なるほど‥‥。
瀧澤 ホタテ貝だってよ、
むかしは2年で充分におっきくなったのが
津波の前は
その半分しか成長しなくなってたからね。
熊谷 つまり、すっかり飽和状態なのに
キャパシテーを超えた漁と養殖してたから、
ホタテだって牡蠣だって、
おっきくなる力がなくなってしまったのさ。
瀧澤 だから、震災が起きる前はね、
漁師の生活も成り立たなくなってきてたの。

もう、ギブアップ寸前だったの。
── ‥‥そうでしたか。
瀧澤 あの、でっかい津波が来なくたって
半分くらいは、漁師、辞める手前だったのさ。

それが結局、津波が来てよ、
陸や人にはおっきな被害をもたらしたけども
「海ん中」については
ぜんぶチャラにしてくれたんだな。
熊谷 皮肉な話だけどもさ。
── 震災後は海の力が回復している、と。
遠藤 津波が海の中をぐるぐるかき回しましたし、
漁業者自体が減ったこともあって
いま「1.5倍から1.6倍」って言われてます。
── それは、何がですか?
瀧澤 成長率。
遠藤 つまり、ホタテなんかの「大きくなりかた」が
震災前とちがうんですよ、ぜんぜん。
── そんなことが。
熊谷 たとえば牡蠣だったら、
津波の前は
製品になるまで2年くらいかかったんだけど、
今では「1年半」で製品になるくらい
ぷくーっと、おっきくなるの。
遠藤 エサとなる植物プランクトンの量が
多くなってるんですよね、ようするに。
熊谷 すげぇよなあ、海。
瀧澤 今は最高だよ、海。
── 栄養満点になってる、と。
遠藤 そういうことです。
── 魚を獲る側の、
つまり漁師さんの側の「技術」については
革新というか、
時代とともに近代化されてきてるんですか?
熊谷 ‥‥まあ、しいて語ればね、ひとつにはさ、
魚の居どころを知るのに
よく「漁師の勘」とかって、言われるでしょ?
── はい。
熊谷 そういう話、聞きたいんでない?
── 聞きたいです。
熊谷 そんなの魚群探知機で一発だから、今は。
── え? ああ‥‥はぁ。
熊谷 もちろん、むかしは「冒険」だったよ。

でも今は、漁師の「腕」とか「勘」なんて
かならずしも必要ではなぐなったのさ。
── そうなんですか‥‥?
遠藤 いやね、そもそも「漁師」って言葉には
「師範」の「師」って字が付きますよね。
── ええ、はい。
遠藤 つまり「医師」なんかといっしょで
ようするに「技術者」なんですよ。
── 魚を獲る技術を持った人。
遠藤 そうです。

ですから、代々、われわれの先輩がたが
漁場のどこに「磯の根」があるかだとか‥‥。
── 磯の根?
遠藤 つまり、魚の集まる場所ね。

そのポイントがどこにあるかだとか、
あのあたりには
この時期、こんな魚が来るだとか、
つまり周囲の山なんかとの位置関係から
魚種とその季節を
すべて、把握していたわけです。
── はい。
遠藤 そして、そういった教えや技術を
脈々と口伝で受け継いできたわけですけど、
魚探というハイテク技術の登場で
そういう経験がなくとも
魚群を見つけることが容易になったんです。
── なるほど‥‥。
遠藤 ですから、むかしの漁には
冒険的なおもしろさがあったんですけど、
確実性は、低かった。

反対に今は、
合理的に無駄なく魚を獲る技術が高まり、
冒険的な要素は排除されてるんです。
── それを「なんかさびしい」と言ってしまうのは
われわれ部外者の
勝手な幻想だと、重々、思うのですが‥‥。
熊谷 ‥‥んでもさ。
── はい。
熊谷 魚探があったからといって
絶対に獲れる保証なんか、ないわけよ。

反対に、海の上では
右行ったらいいか、左行ったらいいか
わかんねぇことなんか、しょっちゅうあるわけ。

そういうときには
両方の手を「パンパーン!」って叩いてよ、
右手か左手か
どっちか痛かった手のほうに行くの、俺たちは。
── ‥‥どういう意味ですか?
熊谷 つまり、な、
そうやって行く方向を適当に決めたとしても、
俺たちは
「かならず獲って帰ってくる」って気持ちで
出てってるのさ。
── ああ‥‥。
瀧澤 つまりね、
「獲れた」でねくて「獲ってくる」
なんだな。
── 何が何でも獲ってくる、と。
熊谷 どっちゃ行こうが、
右さ行こうが、左さ行こうが、真っすぐ行こうが、
魚探が何て言ってようが
船出したからには、必ず獲って帰ってくる。

船出しといて「空っぽ」だなんてそんなこと、
頭ん中さ、ひとっつもねえよ。
── それは、漁師の「気持ち」の部分ですね。
瀧澤 魚を獲る「技術」とか「情報」だとかはよ、
ハイテクで、どうにかなっかもしんねけど。
熊谷 まあ、プライドっつうのか? 漁師のな。
瀧澤 かっこよく言えばね。
遠藤 ‥‥大船渡から宮古まではね、
だいたい、5時間から6時間かかるんですよ。
── ええ。
遠藤 それだけ時間をかけて行ったとしても
魚がいないことなんて、しょっちゅうです。

でも、そんなときに、こんどは
広田湾のほうで
魚影が見えてるという情報が入るんですね。
── はい。
遠藤 そしたら、宮古から全速力で、また6時間。

どう計算したって
操漁時間、2時間くらいしか残らないのに、
それでも
全力で獲りに行くんです、この人たちは。
── 12時間めいっぱい走ったあとに、操業‥‥。
遠藤 岩手全域沿岸線700キロ
またにかけて、突っ走ってるんですよ。

魚を追って、
絶対、空っぽで帰んねぇぞって思いで。
<続きます>
2012-06-20-WED
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