毎朝、子どもを小学校へ送り届ける途中に 私は何匹かの犬とその飼い主にすれ違う。 脚がすらりとしたイタリアン・ハウンドと 華やかなスカーフがお似合いの白髪の女性、 黒くてふわふわした毛並みのスコティッシュ・テリアと ツイードのジャケットを着た40代くらいの男性。 素敵なペアを見つけるとちょっと嬉しくなる。 ロンドンの住宅街の朝の歩道はいつも 「通学」と「犬の散歩」で少しごったがえしていて、 私たち親子もそれに混ざって道を急ぐ。
ジュエリーの買い付けでイギリスの骨董市へ行くと、 そこでもよく犬に出合う。 今度は本物の犬ではなくブローチになった犬だ。 犬モチーフのブローチの歴史は長く、 どこまで遡ってよいものか悩むのでとりあえず 「ヴィンテージ」と呼べる品々に絞ると、 1910年から1960年代まではとりわけ以下の犬が大人気だった。
1910-20年代 ハウンド(ボルゾイなど) 1930-40年代 テリア(ホワイトテリア、 スコティッシュ・テリアなど) 1950-60年代 プードル
これはイギリスのヴィンテージ・ディーラーたちから 何度か聞かされた犬種のふり分け方で、 もちろん当時ほかの犬がブローチのモチーフになったこともあったし、 時代に多少ずれこみはあるけれど、 私はいつも(主にイギリスやアメリカの) ヴィンテージ・ブローチの製造年代を見分ける 基準のひとつにしている。
ちなみに、アンティークやヴィンテージの 犬モチーフのブローチを手にとると、 狩猟犬や牧羊犬ではなくペットとして飼っていた、 あるいは何かしら思い出がある犬をモデルに作られた品なのでは、 と感じるときがある。 飼い主のペットへの愛情は、 人間の家族同士のそれと何ら変わらないケースが多々あって、 それゆえに飼い主がペットと同じ犬種のブローチを購入したり、 友人から贈られたりということは昔からあったはずなのだ。
今月は、ブローチの最初の持ち主だった人と ブローチのモチーフになっている犬の関係が どこか目に浮かぶような品々をロンドンの骨董市で選んでみた。
次回から3回にわけ、 これらブローチそれぞれの製造年代や素材などについてお話しします。 ぜひ皆さんもブローチに秘められた物語を 自由に想像してみてください。
(つづきます)