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ある日の日記(9)

北ロンドンのエンフィールドという町に、
ファッションやコスチュームに関する書籍のみを販売する
本屋「The Old Bookshop」がある。
気になりつつも、なかなか気軽に足を運べない。
私にとって、そういう店だった。
来店は予約制で、南ロンドンの我が家から
車で片道2時間かかるためだ。

店主のフェリシティとは、ある骨董市で知り合った。
彼女は催しの内容に合わせて、アンティークのジュエリーや
ファッションの歴史にまつわる書籍を、持ってきた本棚に
ぎっしり並べて出店を作り、会場の一角で販売していたのだ。
絶版書籍から新刊書籍まで、種類が豊富で面白いので
「お店もあるんですか?」と尋ねると、
「ええ、ぜひ来てちょうだい」と言ってショップカードをくれた。
それが、10年も前のこと。

以来、買い付けに出かけた先でフェリシティの出店を見つけると
私は彼女から時々本を買っていたが、このまま足踏みしていたら
もうThe Old Bookshopに訪れる機会は永久にやってこないだろう、
といい加減自分に呆れて、先日いよいよ重い腰をあげた。
そして、せっかくなので、フォトグラファーの友人アリスに
同行してもらうことにした。

着いてみると、The Old Bookshopは下町の住宅街にあり、
全くもって飾り気のない外観の建物だった。
しかし、フェリシティの出店の品揃えから、
そののっぺりした白壁のむこうに宝の山があることを私は知っていた。
早く店の中を見てみたい。
はやる気持ちをおさえて、呼び鈴を鳴らす。

ドアを開けてくれたフェリシティは、私たちを招き入れたあと、
いつもと変わらないはきはきした口調で
「古い家だから、冬は店の中が寒いのが難点なの。ごめんなさいね。
ジュエリーの本を探しているんでしょう。
それなら上階にあるわ。ちなみにこの棚は…」と、
よどみなく店の棚を説明していった。
6畳くらいの部屋が4つある、2階建ての民家だ。
その壁のどこかしこもが、本で埋められていた。

オーナーのフェリシティ



アンティークジュエリーの本を物色中


「VOGUE」のバックナンバーのストック



ジュエリー、ランジェリー、ハンドバッグ、靴、テキスタイルなどの本棚


デンマークとイギリスの刺繍の本


編み物と縫い物の本棚


人形はフェリシティが趣味で集めているもの


フェリシティのお父さんの代から数えると、本屋業は40年だそうだ。
「亡くなった父はミリタリー(軍隊)の古書を扱う人だったから、
今でもその棚が1つだけ残っているの」と彼女が指した先には、
黒光りする戦中戦後の本がこちらに背を向け整列していた。
明らかに、そこだけずしんとした空気が漂っている。

ジュエリーの本棚には、イギリス王室の王冠の歴史の本から、
ヴィクトリア時代のジュエリーガイド、宝石になる石の専門書、
と何でもある。
さらに他の棚へ移り、アンティークレースの写真集、
刺繍のパターン集、と私は触手をのばしていった。
仕事で役にたちそうな本で溢れている。
気づいたら、すでに2時間が経過。
アリスはもう写真を撮り終え、フェリシティと談笑している。
私は後ろ髪をひかれる思いで会計をお願いした。

紙袋をふたつかかえて、私が「今日はどうもありがとう」と言うと、
フェリシティもアリスも
「気に入る本がたくさん見つかって、よかったわね」と笑った。

The Old Bookshopは、後継者がいないため
何年か先には店じまいするそうだ。
私はあと何回通えるだろうか。
帰り際、フェリシティはこう漏らした。

「昔は、一流のファッションデザイナーたちが
本を買いにきてくれたものだった。
でも、インターネットが普及してから、皆足が遠のいたわね。
本当は、もっと若いデザイナーたちにも、
こんな面白い本があるのよ、って色々教えてあげたいの。
もの作りの刺激になる、貴重な資料がうちにはいっぱいあるから。
今はオンラインで何でも調べられると言うひとがいるけれど、
本にまとめられた情報量には絶対にかなわない。この先もずっとね」

(一月の更新へ、つづきます)

Photography : Alice Rosenbaum


2013-12-27-FRI


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