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December
ベークライトのブローチ 2

私が物心つく前から、父には漱石のような口髭があった。
20代のころ、童顔で実年齢より随分若く見られてしまうのが嫌で
生やし始めたのだと言っていた。

ところが、私が高校受験を間近に控えたある日、
いつものように家族でダイニングテーブルを囲み
夕飯を食べていると、父は、20年以上ものあいだ大事に日々整え
たくわえてきたトレードマークの髭を
「合格祈願の願掛け」にする、と言い出した。
娘が第一希望の高校に合格したら
髭を差し出す(剃り落とす)ので、
神様仏様なにとぞお願いします、ということらしかった。

私にとって、髭はもう父の顔の一部だったので
髭のない姿なんて全く想像できず、少しためらったが、
せっかくの申し出を断る理由もとくにない。
「ほんまにそんなことしてええの?」
「構わへん」
「そう言うなら、ありがたく気持ちは受け取っとくけども…」
父はうむ、と頷いた。

だが、その話になったのはそれきりで、
受験のことで頭がいっぱいだった私は
父の髭宣言のことはすぐに忘れてしまっていた。

数週間後、無事に志望校に合格し、
長い受験のストレスから解放されて
私は心穏やかに、ふたたび家族と夕食をとっていた。
中学卒業まであとわずか。何気ない学校の話題が食卓にのぼる。
そのとき、おもむろに父は箸を置いて
「なんで誰も気づかへんのや…」と、ぼそっと言った。

「へ?」私たちは一斉に父の顔を見て、はっとした。
きれいさっぱり、髭がなくなっている。
「うわっ、髭が」
「そんなに違和感ないなあ」
「意外と気づかへんもんやねえ」 
弟も私も母も、動揺と笑いをこらえながら、
言い訳がましく口々に感想をのべた。

「淋しいもんや。こんなんやったら剃らんかったらよかったわ」
父は、ぶつぶつ言いながら茶碗を持ち直した。

もうすぐ、日本にはまた受験の季節がやってくる。
合格祈願の方法は世に色々あるが、私の場合は、
父の「髭」で高校に合格した。(ということになっている)

10代のあの頃はよく分かっていなかったけれど
子どもを持つ親になった今、
当時の父の真剣な思いには感謝するばかりである。

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今月ご紹介するのは、
西洋で英知のシンボルとされる梟(ふくろう)
をモチーフにしたブローチ。

ギリシャ神話に登場する知恵の女神が梟を従えていたことに
由来するらしいが、梟が
「闇の中でもよく見渡せる鋭い目を持っている」ことから
勉学によい結果をもたらす鳥、
と呼ばれるようになったとする説もある。

イギリスでは、ヴィクトリア時代の童謡に
「A Wise Old Owl」という梟の賢さを讃える歌があり、
今なお幼稚園で歌われている。

一目でそれとわかる、角帽に眼鏡という梟も
デザインによっては可愛らしいが、
例えば、資格試験や研究など、
社会人になってからも勉学に励んでいるひとへ贈るブローチなら、
ジュエリーの要素が強い雰囲気の品のほうが、
周りにお守りだと気づかれることもなく、
さりげなく身につけて楽しんでもらえるのではないだろうか。
そんなイメージで、今月の4品を選んでみた。

(つづきます)

まえへ
 
2014-01-22-WED


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