カレーライスの正体
第15回
カレーとラーメンの
決定的な違い
2017.5.14 更新
# 二大国民食・カレーとラーメン

 たまに見かけるが、カレーラーメンという料理を食べたことはあるだろうか? カレーとラーメンという日本を代表する二大国民食を合体させたのだから最強のメニューである。ところが、これがそれほど受け入れられているわけではない。いや、むしろ、ラーメン屋でカレーラーメンはメニューの端っこのほうに追いやられた存在だ。なぜだろう。何人かのラーメン評論家と、このことについて議論したことがある。

 結論としては、ラーメンファンからもカレーファンからも積極的に求められていないからだ、ということになった。ラーメンファンはだしの風味を重んじる。そこにカレーの香りは邪魔だというのだ。そういえばフレーバーを重視する飲食店は、割とこの傾向にある。たとえば自家焙煎でコーヒーの香りを重視した喫茶店でランチにカレーを出すケースは少ない。そば粉の風味に執着のある蕎麦屋にはカレー南蛮がない、というように。

 一方、カレーファンは、わざわざラーメンにするのではなく、おいしいカレーソースは普通にライスで食べたいと思う。だから、カレーラーメンというメニューに出合ったら、面白いとは思うが、「食べるのはいつかまた今度でいい」となってしまう。2羽のウサギを追うような真似はしないほうがいいということだ。そう思うとカレーラーメンはかわいそうな存在だ。

 抱き合わせることはお勧めできないにしても、カレーとラーメンが二大国民食であることには異論がないはず。国民食であるというのは、知名度があり、愛されているという点においてそう評価されているのだが、実際、カレーとラーメンはその愛され方、親しまれ方がまるで違う。

 普段、僕のところには、さまざまなカレーに関する依頼が舞い込んでくる。取材やイベント出演、書籍の執筆、商品のプロデュースなど多岐にわたる。そのときに僕が直感的に「この話は難しそうだな」と思うものがひとつある。それは、ラーメンで成功した前例を持つ企画だ。不思議に思うかもしれないが、第1弾としてラーメンでうまく行ったものの第2弾をカレーでやろうという切り口は、ほとんどの場合、うまくいかない。もしくは、健闘したとしてもラーメンほど大きな成功はおさめない。

 だから、僕はそんなとき、いつもラーメンとカレーの違いを丁寧に説明することにしている。それを承知でそれでもやるのか、それとも企画を修正するのか、見送るのか。そこからの判断になる。いったい何がそんなに違うのか。

# カレーとラーメンの決定的な違い

 カレーとラーメンの違いをひと言でいってしまえば、「カレーは家で食べる料理」、「ラーメンは外で食べる料理」だということだ。それを食べる人がいる場所が違うということは、すなわちマーケットが違う。ラーメン専門店は全国各地にあり、毎年何冊ものガイド本が発売され、テレビのラーメン特集も頻繁に放送されている。食べ歩きが人気を支えているジャンルなのだ。

 ところが、カレーはラーメンほど外を食べ歩く文化が育っていない。カレー専門店の数はラーメンと比較すると圧倒的に少ない。たとえば、NTTの「iタウンページ」で検索してみると、日本全国のラーメン店数は、2万9127軒。これに対して、カレー専門店の数は、4901軒である。インド料理店(2646)、スリランカ料理店(44)、ネパール料理(528)、タイ料理店(708)。すべてを足しあげても合計8827軒だ。ラーメン店の1╱3にも満たない店舗数なのである。もちろんほかにも検索方法やデータはあるはずだが、外食のカレー店がラーメン店ほどの需要がないことは推測できる。

 カレーの世界にいる僕が出版している書籍の内容からもカレーの性格が浮き彫りになる。これまで僕はカレーに関する書籍を40冊ほど出版してきたが、レシピ本の数は、25冊以上。ガイド本の数は5冊ほど。その他の読み物が10冊ほどである。一方、ラーメンのレシピ本というのは、ほとんど見たことがない。出版業界という別の切り口から見ても、カレーの置かれている場所は見えてくる。カレーは、おいしいカレー店を見つけたいという情報よりも、おいしいカレーを作るためのレシピが重宝される世界なのだ。

 これは日本人がどうやってそれぞれの料理と親しんできたかに起因する。カレーは、幼いころから割と料理するという行為とセットだった。家庭ではおふくろの味の定番がカレーだし、学校給食はともかく林間学校やキャンプに行けばみんなでカレーを作った。独り暮らしをはじめれば自炊で作りやすいカレーは人気メニューだし、付き合った恋人や結婚した相手と一緒にカレーを作ったり食べたりした思い出のある人も多いだろう。

 一方、ラーメンは、幼いころから親しむことはあっても料理をあまり伴わない。自宅で袋ラーメンやカップラーメンを作ることはあっても、それは料理と呼べるものではないし、本格的にスープを取って麺を茹でてラーメンを作る家庭を僕は知らない。日本人がラーメンという料理と本格的に向き合うのは、早くて10代の後半くらいだろうか。自分の小遣いが使えるようになって食べたいラーメンを食べにラーメン屋に行く。

 そう、それなりの歳になってから外食ラーメン店でラーメン人生をスタートさせるジャンルと、幼いころから自宅のキッチンでカレー人生をスタートさせるジャンルとは似て非なる性格を持っているのである。

# カレーの楽しみは多種多様

 もちろん、カレーは自分では作らず食べ歩き専門だ、という人もいるだろう。でも、多くはない。毎年出版するレシピ本の売れ行きがいい一方、何年かに一度しか出版の機会のないガイド本がそれでも苦戦ばかり強いられているという僕自身のカレー本を取り巻く環境だけ見ても、料理ファンと食べ歩きファンの比率は、7:3とか8:2とかそれくらい開きがあるんじゃないかと実感している。

 仮にカレーファンの70%が自分で作り、30%が食べ歩くと仮定しよう。「ラーメンを自分で作るのが趣味です、積極的に食べ歩きはしません」という人は聞いたことがないから、ラーメンファンはほぼ100%食べ歩く。日本全国のラーメンファンとカレーファンの数が全く同じだったとしても、この時点で、ラーメン食べ歩き企画は100%のファンを獲得するのに対し、カレークッキング企画は70%のファンしか獲得できない。

 さらに困るのは、70%のカレークッキングファンの誰もが満足できるカレーが存在しないことだ。欧風カレーを作りたい人、インドカレーを作りたい人、和風カレーを作りたい人、タイカレーを作りたい人……、と作りたいカレーが違う。そして、それらをカレールウで簡単に作りたい人とスパイスを使って本格的に作りたい人も違う。どこに向けて企画を立てても70%全員を満足させることは難しい。

 ラーメンの楽しみ方が一極集中型なのに対し、カレーの楽しみは多岐にわたる。どちらにも魅力があるが、ともかく愛され方が違うのである。

# インド経験という溝

ラーメンとカレーは食文化としての性格も少し違う。ラーメンのルーツは中国にあるが、ラーメンファンが中国を見ることはあまりないような気がする。全国各地にご当地ラーメンが生まれて久しく、それぞれの土地で地元の人々に愛された我が町のご当地ラーメンが存在する。九州、特に福岡県出身者からとんこつラーメンの魅力を熱く語られたことが何度あったことか。

 中には「東京で食べるとんこつラーメンはとんこつラーメンとは言えないねぇ」なんて言う人もいたりして、そんなに言うなら、と福岡に行ったついでにとんこつラーメンを食べてみる。「おお、確かに!」と思うか、「東京で食べても変わらないよ」と思うかは別として、噂に聞いていた味を体験できれば、気持ちも盛り上がる。ところがカレーはそうはいかない。

 カレーのルーツはインドにあり、現時点では、カレーはラーメンほどご当地食としては成熟していない。必然的にカレーファンは、インドへ目が向く可能性がある。横須賀出身者からよこすか海軍カレーのおいしさについて熱く語られるなんてことはあまりなさそうだが、インドに行ってインドカレーを食べた人から、その魅力を語られた経験のある人はいるだろう。中には、「日本で食べるインドカレーはインドカレーとは言えないねぇ」なんて言う人もいたりして……。「なにを!?」と思ったところで、「じゃあ、ちょっとインドに行って確かめてくるよ」なんて身軽な人がどれだけいるだろうか。

 噂に聞いていた味を実体験できないのでは、話はそれまで、となってしまう。だから、カレーに関しては、ひとたびルーツのインドカレーの話になると、インドへ行ったことのない人は、「どうせ私にはわからない世界だ」と冷めてしまうし、行ったことのある人も同様に「行ったことのない人には言っても伝わらない」と諦めてしまう。インド経験者とインド未経験者との間の溝は深まるばかり。

 しかも、そこにはもうひとつ、難点がある。日本にはカレー文化があるが、インドにはカレー文化がないからだ。インドにあるのはカレー文化ではなくインド料理文化である。インドに行ってインドカレーだけを食べてくる人はいない。インドに行ったらインド人が日常的に食べているインド料理やハレの日に食べるインド料理を体験する。その中に我々がイメージするインドカレーが紛れ込んでいる。

 日本にいればインドカレーは、幅広いカレーという食べ物のジャンルのひとつだが、インドに行けば、インドカレーは、幅広いインド料理という食文化のアイテムのひとつなのだ。この微妙なニュアンスの差は意外と根深い。インドの食文化に魅了されればされるほど、「自分が好きなのはインド料理であってインドカレーではない」という考えがどうしても支配的になってしまう。だから、コアなインド料理ファンは日本でインド料理店に行くことはあってもカレー専門店に行く機会は減る傾向にある。ちなみにタイカレーとタイ料理についても同じことがいえる。

 ラーメンのようにルーツである中国の麺文化はさておき、日本独自に生まれ育ったラーメンという食文化にラーメンファンがどっぷり浸かっていくようなところまで行くためには、日本のカレー文化がもっと成熟する必要があるだろう。

……つづく。
2017-05-14-SUN