糸井 | (コーヒーを飲みながら)お店の味は、 変わらずに保たれるものなんですね。 |
山下 | とろりとした中に、甘みのあるこの味わい。 |
福田 | ねぇ。 |
糸井 | これはつまり、お店をやっていたときと 同じように仕入れて 同じように焙煎をしているということですか。 |
大坊 | 基本的には。 ただ、どうしても今は 台所で焙煎をしてるものですから、 すっかり同じというわけにはいきません。 マンションという共同住宅ですので、 あんまり煙を出せないんです。 |
糸井 | ああ‥‥。 |
大坊 | お店で出していた豆は、 8回焙煎したものをテイスティングして 混ぜていました。 8種類の豆というわけではありませんが、 8回焙煎したものを使っていた。 きょうお持ちした豆は、3回の焙煎です。 |
糸井 | じゃあ、厳密には味が変わっている。 |
大坊 | そうですね。 でも、その3回の焙煎で作る豆は、 うちのブレンドの柱になる3種類なんです。 ですから味の印象は保たれます。 以前はこの3種類に、 5回分の焙煎した豆を加えて調整をしていました。 |
糸井 | 軸は同じということですね。 |
大坊 | そうです。 |
糸井 | 煙は、出ますよねぇ。 うちのマンションの屋上にいると、 大坊さんが焙煎してるのがわかりましたもん。 香りが届いたんです。 それはたぶん、ご本人もご存じないことですよね。 |
大坊 | はい、わかりませんでした。 糸井さんのマンションまで‥‥。 |
糸井 | 大坊さんからうちまでの距離は、どうでしょう、 200メートルはないか‥‥ 150メートルくらいですかね。 屋上にいると‥‥午前中ですよね? |
大坊 | 午前中です。 |
糸井 | 午前中に犬とボール投げをしてると、 「あぁ、これは大坊さんの焙煎の時間だな」って。 あれはでも、 迷惑どころかいいものでしたよ。 ぼくはそう思ってました。 |
大坊 | そうでしたか。 |
糸井 | いいものでした。 大坊さんの豆は、すごく深煎りですよね。 |
大坊 | ええ。 ここまで深煎りにするのは珍しいと思います。 |
糸井 | 深煎りにしないと、 大坊のコーヒーじゃないものになるんですか。 |
大坊 | まったく違います。 |
糸井 | 大坊さんは、 最初からそうしたかったんですか? 開業したときから。 |
大坊 | そうです。 |
糸井 | へぇー。 |
大坊 | 開店した当初は、もっと深煎りでした。 とにかく酸味のないコーヒーで、 甘いコーヒーを作りたかった。 そのためには、どんどん焙煎していくんです。 でも、過ぎてはいけない。 酸味がほぼゼロになるぎりぎりまで近づけないと、 その甘みは生まれないと思っていました。 |
糸井 | 「コーヒーは甘いんだ」と言いたかったんですね。 |
大坊 | はい。ですが、それから徐々に、 やや浅くしたときに生じる味を取り入れようと、 変えていきました。 すこしずつ、ちょっとずつ、浅煎りにして。 |
糸井 | ほぉ。 |
大坊 | そういうふうにして、 ちょっと浅くした味がいいと思っていますと、 テイスティングをするときに、 その軽い酸味を探すようになるわけです。 「あるある、大丈夫」 っていうふうになっていくんですね。 意識して探せば見つかりますから。 たとえばジャズを聴いているときに、 ドラムのシンバルの音を意識すれば、 それだけが聴こえてきます。 |
糸井 | はい、そういうことがありますね。 |
大坊 | そうすると、 想定よりも浅すぎる焙煎になってしまうんです。 |
糸井 | 探しすぎて極端になる。 |
大坊 | だから今度は、それを戻さなきゃいけない。 戻そうとすると、 ちょうどいいところをまた通り過ぎる(笑)。 この繰り返しです。 |
糸井 | はぁー。 そのシンバルの話はおもしろいですね。 作る人が敏感になりすぎちゃうと‥‥ |
大坊 | 行きすぎてしまう。 お客様から 「最近、酸味が強すぎるんじゃない?」 と言われたり、 いっしょにテイスティングする従業員から 「このごろちょっと浅すぎると思います」 なんて指摘されたりしました。 |
糸井 | 意識がそっちへ行っちゃうんだ。 |
大坊 | 行ってるんですね、酸味を意識しすぎてると。 |
糸井 | オートバイの運転免許の試験で、 1本道っていうのがあるんです。 これ、むずかしいことじゃないんですけど、 単純に見た方向にハンドルを曲げちゃうんですよ。 |
大坊 | ああ。 |
糸井 | 目が左に向いたら、左に落ちるんです。 落ちないコツは簡単なことで、 「まっすぐ遠くを見る」だけなんですよ。 近くを見たら落ちるんです(笑)。 今のシンバルの話を聞いて、思い出しました。 |
大坊 | あれですよね、ライン引き。 たとえば、ラグビーのライン引きとか、 手元を見るとだめですよね。 |
糸井 | ぜったいだめですね。 曲がりますね、遠くを見ないと。 |
大坊 | 同じですね。 |
糸井 | 同じですよ。 あぁ、おもしろいなぁ。 |
大坊 | そういうことを思いながら毎日毎日、 テイスティングしていますと、 修正点がかならず見つかります。 それは今の話も含めて、 いろんな面での修正点です。 なんて言えばいいんでしょう‥‥ たとえば、苦みがちょっときついとか、 苦みが勝ちすぎているとか。 それは酸味についても言えるわけです。 苦味も酸味も、あっていいんです。 そこに甘みをちゃんと感じられれば、いい。 苦味と酸味を内包した甘みは、 非常にいいですね。 そういうふうに、 甘みによって苦みや酸味が包まれていますと、 味に、表情があるんです。 味に、笑顔があるんです。 |
糸井 | 笑顔。 |
大坊 | すると、飲んでいる人も笑顔になるという。 つまり‥‥ 笑顔がある味のコーヒーを 作らなければならないというのは、 もう、私の、絶対的な決まりです。 |
糸井 | うーーん‥‥すごいなぁ。 (つづきます) |