HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN https://www.1101.com/home.html   「大坊珈琲店」 大坊勝次さんの38年            書籍『大坊珈琲店』刊行記念対談

第3回 焙煎の香り、シンバルの音。
糸井 (コーヒーを飲みながら)お店の味は、
変わらずに保たれるものなんですね。
山下 とろりとした中に、甘みのあるこの味わい。
福田 ねぇ。
糸井 これはつまり、お店をやっていたときと
同じように仕入れて
同じように焙煎をしているということですか。
大坊 基本的には。
ただ、どうしても今は
台所で焙煎をしてるものですから、
すっかり同じというわけにはいきません。
マンションという共同住宅ですので、
あんまり煙を出せないんです。
糸井 ああ‥‥。
大坊 お店で出していた豆は、
8回焙煎したものをテイスティングして
混ぜていました。
8種類の豆というわけではありませんが、
8回焙煎したものを使っていた。
きょうお持ちした豆は、3回の焙煎です。
糸井 じゃあ、厳密には味が変わっている。
大坊 そうですね。
でも、その3回の焙煎で作る豆は、
うちのブレンドの柱になる3種類なんです。
ですから味の印象は保たれます。
以前はこの3種類に、
5回分の焙煎した豆を加えて調整をしていました。
糸井 軸は同じということですね。
大坊 そうです。
糸井 煙は、出ますよねぇ。
うちのマンションの屋上にいると、
大坊さんが焙煎してるのがわかりましたもん。
香りが届いたんです。
それはたぶん、ご本人もご存じないことですよね。
大坊 はい、わかりませんでした。
糸井さんのマンションまで‥‥。
糸井 大坊さんからうちまでの距離は、どうでしょう、
200メートルはないか‥‥
150メートルくらいですかね。
屋上にいると‥‥午前中ですよね?
大坊 午前中です。
糸井 午前中に犬とボール投げをしてると、
「あぁ、これは大坊さんの焙煎の時間だな」って。
あれはでも、
迷惑どころかいいものでしたよ。
ぼくはそう思ってました。
大坊 そうでしたか。
糸井 いいものでした。
大坊さんの豆は、すごく深煎りですよね。
大坊 ええ。
ここまで深煎りにするのは珍しいと思います。
糸井 深煎りにしないと、
大坊のコーヒーじゃないものになるんですか。
大坊 まったく違います。
糸井 大坊さんは、
最初からそうしたかったんですか?
開業したときから。
大坊 そうです。
糸井 へぇー。
大坊 開店した当初は、もっと深煎りでした。
とにかく酸味のないコーヒーで、
甘いコーヒーを作りたかった。
そのためには、どんどん焙煎していくんです。
でも、過ぎてはいけない。
酸味がほぼゼロになるぎりぎりまで近づけないと、
その甘みは生まれないと思っていました。
糸井 「コーヒーは甘いんだ」と言いたかったんですね。
大坊 はい。ですが、それから徐々に、
やや浅くしたときに生じる味を取り入れようと、
変えていきました。
すこしずつ、ちょっとずつ、浅煎りにして。
糸井 ほぉ。
大坊 そういうふうにして、
ちょっと浅くした味がいいと思っていますと、
テイスティングをするときに、
その軽い酸味を探すようになるわけです。
「あるある、大丈夫」
っていうふうになっていくんですね。
意識して探せば見つかりますから。
たとえばジャズを聴いているときに、
ドラムのシンバルの音を意識すれば、
それだけが聴こえてきます。
糸井 はい、そういうことがありますね。
大坊 そうすると、
想定よりも浅すぎる焙煎になってしまうんです。
糸井 探しすぎて極端になる。
大坊 だから今度は、それを戻さなきゃいけない。
戻そうとすると、
ちょうどいいところをまた通り過ぎる(笑)。
この繰り返しです。
糸井 はぁー。
そのシンバルの話はおもしろいですね。
作る人が敏感になりすぎちゃうと‥‥
大坊 行きすぎてしまう。
お客様から
「最近、酸味が強すぎるんじゃない?」
と言われたり、
いっしょにテイスティングする従業員から
「このごろちょっと浅すぎると思います」
なんて指摘されたりしました。
糸井 意識がそっちへ行っちゃうんだ。
大坊 行ってるんですね、酸味を意識しすぎてると。
糸井 オートバイの運転免許の試験で、
1本道っていうのがあるんです。
これ、むずかしいことじゃないんですけど、
単純に見た方向にハンドルを曲げちゃうんですよ。
大坊 ああ。
糸井 目が左に向いたら、左に落ちるんです。
落ちないコツは簡単なことで、
「まっすぐ遠くを見る」だけなんですよ。
近くを見たら落ちるんです(笑)。
今のシンバルの話を聞いて、思い出しました。
大坊 あれですよね、ライン引き。
たとえば、ラグビーのライン引きとか、
手元を見るとだめですよね。
糸井 ぜったいだめですね。
曲がりますね、遠くを見ないと。
大坊 同じですね。
糸井 同じですよ。
あぁ、おもしろいなぁ。
大坊 そういうことを思いながら毎日毎日、
テイスティングしていますと、
修正点がかならず見つかります。
それは今の話も含めて、
いろんな面での修正点です。
なんて言えばいいんでしょう‥‥
たとえば、苦みがちょっときついとか、
苦みが勝ちすぎているとか。
それは酸味についても言えるわけです。
苦味も酸味も、あっていいんです。
そこに甘みをちゃんと感じられれば、いい。
苦味と酸味を内包した甘みは、
非常にいいですね。
そういうふうに、
甘みによって苦みや酸味が包まれていますと、
味に、表情があるんです。
味に、笑顔があるんです。
糸井 笑顔。
大坊 すると、飲んでいる人も笑顔になるという。
つまり‥‥
笑顔がある味のコーヒーを
作らなければならないというのは、
もう、私の、絶対的な決まりです。
糸井 うーーん‥‥すごいなぁ。

(つづきます)
2014-07-21-MON

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