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エ☆ミリー吉元
こんにちは。
1993年東京都生まれ、
父はマンガ家のバロン吉元です。
美術系の中学校・高校・大学に進学し、
留学先のイギリスから帰国。
「アーティストとしてがんばるぞ!」と、
意気込んでいた大学4年生の夏、
倉庫で父の生原稿を大量に発掘した日をキッカケに、
バロン吉元のマネジメントをはじめることを決意。
卒業後は、バロン作品の魅力を
ひとりでも多くの方にお届けすべく、
展覧会のキュレーションやイベント開催、
書籍装丁、広告デザイン等、幅広く手掛けてきました。
また、自身の作品制作と並行して、
リイド社のマンガレーベル「トーチ」の
編集者としても活動中。
近年はマンガ原稿の保存問題について
情報発信も行っています。
くわしくは公式ページをご覧ください。
X Account:
@_emilioemily_
Instagram Account:
@emily_yoshimoto
エホッシー
生原稿の保存作業にいそしむ私を、
応援しに突如あらわれた、
流れ星の化身....らしい。
ケーネンレッカー
長いあいだ、
バロン吉元の生原稿にくっついていたら、
マンガのおもしろさに目覚めてしまった、
ホコリ....らしい。
私の父です。
1940年、旧満州・奉天出身。
1959年、『ほしいなァ』でデビュー。
父がたくさんの作品を発表していた60年代~80年代、
私はまだ生まれていなかったので、
子供の頃は父の作品に対して
「昔の古いマンガでしょ?」という先入観がありました。
好きなマンガはいっぱいあるのに、
父の作品には手をつけずなんとなく避けていた‥‥
いま気づきましたが、
父から読むのを勧められた記憶もありません。
なので、倉庫で父の生原稿を発掘したときが、
私にとって初めての、
マンガ家・バロン吉元の作品を
目の当たりにした瞬間なのでした。
というわけで、詳しくは第一話をご覧ください。
2015年、父のマネジメントをはじめようと思い立って、
最初に読んだ作品は代表作の『柔俠伝』シリーズ。
1970年から80年まで10年間連載された、
親子4代にわたる大河ロマンですが、
あまりのおもしろさに圧倒され、
父を自分の父と思えなくなりそうなほどの衝撃があり、
しばらく寝込みながら作品の感動を布団の中で反芻しつつ、
ゆっくりと現実を受け止めた記憶があります。
父が歩んできた画業65年分の生原稿3万枚は、
いま現在、すべて私の部屋で保存しています。
そのような中、2024年、父は新たな連載、
『あゝ、荒野』(原作:寺山修司)をスタートさせました。
いまも現在進行形で
生原稿を生み出しつづけている父!
日々圧倒されています。
1940年、旧満州・奉天出身。
1959年、『ほしいなァ』でデビュー。
父がたくさんの作品を発表していた60年代~80年代、
私はまだ生まれていなかったので、
子供の頃は父の作品に対して
「昔の古いマンガでしょ?」という先入観がありました。
好きなマンガはいっぱいあるのに、
父の作品には手をつけずなんとなく避けていた‥‥
いま気づきましたが、
父から読むのを勧められた記憶もありません。
なので、倉庫で父の生原稿を発掘したときが、
私にとって初めての、
マンガ家・バロン吉元の作品を
目の当たりにした瞬間なのでした。
というわけで、詳しくは第一話をご覧ください。
2015年、父のマネジメントをはじめようと思い立って、
最初に読んだ作品は代表作の『柔俠伝』シリーズ。
1970年から80年まで10年間連載された、
親子4代にわたる大河ロマンですが、
あまりのおもしろさに圧倒され、
父を自分の父と思えなくなりそうなほどの衝撃があり、
しばらく寝込みながら作品の感動を布団の中で反芻しつつ、
ゆっくりと現実を受け止めた記憶があります。
父が歩んできた画業65年分の生原稿3万枚は、
いま現在、すべて私の部屋で保存しています。
そのような中、2024年、父は新たな連載、
『あゝ、荒野』(原作:寺山修司)をスタートさせました。
いまも現在進行形で
生原稿を生み出しつづけている父!
日々圧倒されています。
父の生原稿は、すべて私の部屋で保存しています。
朝起きると、真っ先に目に飛び込んでくるのは
壁面を覆うように棚にびっしりと並んだ原稿箱。
ベッドを出て、まずは温湿度計をチェック、
数値を踏まえてエアコンや除湿機をスイッチON。
これが私のモーニングルーティンです。
生原稿は、ただ部屋の中に置いているだけで、
目に見えて劣化が進んでいきます。
きれいな箱に収納し、清潔な場所で保管していても、
たったワンシーズンの梅雨だけで、
湿気で紙が波打ってしまった原稿がありました。
温度と湿度の管理、保存資材の活用など、
様々な対策を講じても、
劣化を完全にストップすることはできません。
まさに切っても切れない「腐れ」縁…(劣化なだけに)
そんな矢先に現れた、
マンガを愛するホコリ、ケーネンレッカー!
抗いようのない経年劣化に、どう向き合うか。
原稿保存を通して、
共存の道を一緒に考えていきたいと思います。
そもそも、生原稿を後世に遺したとして、
ぶっちゃけどうなるの?
活用されるとしたらどうやって?
私の次に、父の生原稿を受け継いでくれる人はいるの?
今はぜんぜん分かりませんが、
とにかくバロン吉元の絵を、
ひとりでも多くの方に見ていただきたい。
父の作品を読んだときの感動や衝撃を
幅広い世代の方々と共有したい。
その一心で、私は生原稿を保存し続けています。
暮らしの一部にマンガ原稿が存在する
マンガ家やそのご家族の皆さんは、
生原稿をどのように保存されているのでしょうか。
というわけで、私たちはついに部屋を出ます。
次回、エホッシー、ケーネンレッカーと共に
みなもと太郎先生のお仕事場を訪問します!
朝起きると、真っ先に目に飛び込んでくるのは
壁面を覆うように棚にびっしりと並んだ原稿箱。
ベッドを出て、まずは温湿度計をチェック、
数値を踏まえてエアコンや除湿機をスイッチON。
これが私のモーニングルーティンです。
生原稿は、ただ部屋の中に置いているだけで、
目に見えて劣化が進んでいきます。
きれいな箱に収納し、清潔な場所で保管していても、
たったワンシーズンの梅雨だけで、
湿気で紙が波打ってしまった原稿がありました。
温度と湿度の管理、保存資材の活用など、
様々な対策を講じても、
劣化を完全にストップすることはできません。
まさに切っても切れない「腐れ」縁…(劣化なだけに)
そんな矢先に現れた、
マンガを愛するホコリ、ケーネンレッカー!
抗いようのない経年劣化に、どう向き合うか。
原稿保存を通して、
共存の道を一緒に考えていきたいと思います。
そもそも、生原稿を後世に遺したとして、
ぶっちゃけどうなるの?
活用されるとしたらどうやって?
私の次に、父の生原稿を受け継いでくれる人はいるの?
今はぜんぜん分かりませんが、
とにかくバロン吉元の絵を、
ひとりでも多くの方に見ていただきたい。
父の作品を読んだときの感動や衝撃を
幅広い世代の方々と共有したい。
その一心で、私は生原稿を保存し続けています。
暮らしの一部にマンガ原稿が存在する
マンガ家やそのご家族の皆さんは、
生原稿をどのように保存されているのでしょうか。
というわけで、私たちはついに部屋を出ます。
次回、エホッシー、ケーネンレッカーと共に
みなもと太郎先生のお仕事場を訪問します!
2025-02-27-THU