BOOK
男子も女子も団子も花も。
「婦人公論・井戸端会議」を
読みませう。

ペット百景「カメは万年、飼育は専念」
(シリーズ3回)

カメの意志表示とは?
黒い目のウサギと赤い目のウサギがいるのはなぜ?
犬の幸せって?
生き物を飼うということは、
相手をよく知ろうとすることから始まる

ゲスト: 石川良輔
杉浦 宏
司会:糸井重里
構成:福永妙子
撮影:中央公論社提供

(婦人公論1998年5月22日号から転載)

石川良輔
1931年、京都生まれ。
横浜国立大学
生物学科卒業。
国立科学博物館動物
研究部を経て
東京都立大学で
教鞭をとり、
現在は同大名誉教授。
専門は昆虫学で、
『昆虫の誕生…
 一千万種への
進化と分化』
(中公新書)など。
『うちのカメ』
(八坂書房)では
35年間飼い続けた
カメのことを
綴っている。
杉浦 宏
1930年、東京生まれ。
日本大学農学部
水産学科卒業。
上野動物園水族館、
井の頭自然文化園
水生物館
などを経て、
現在は日本大学講師、
国際学院埼玉
短期大学教授。
優しくて
即妙な語り口で知られる
『全国こども
電話相談室』
(TBSラジオ)での
回答歴は、
30年以上になる。
専門は魚類学。
糸井重里
コピーライター。
1948年、群馬県生まれ。
「おいしい生活」など
時代を牽引したコピーは
衆人の知るところ。
テレビや雑誌、小説や
ゲームソフトなど、
その表現の場は
多岐にわたる。
当座談会の司会を担当。

第1回
■四十歳のカメ
糸井 石川先生のご専門は昆虫ですが、
ご自宅ではクサガメを飼ってらっしゃる。
そのことを書かれた『うちのカメ』という本には、
子ガメのときからすでに三十五年とありましたが、
その後のカメは?
石川 四十歳になりました。
糸井 はぁ、四十歳!
石川 見に来られて、「自分より年上だ」
とおっしゃる方が多くて。(笑)
杉浦 すごいですねぇ。僕が調べた記録では、
セーシェルに百八十何年生きたというカメがいて、
“マリヨンのカメ”と呼ばれて伝説になっています。
だけどそれはゾウガメですね。
飼われはじめたときにすでに五十年くらいたっていて、
一人の人間が子ガメのときから
ずっと飼ったというわけじゃない。
石川 クサガメで長く飼われた記録は、
フィラデルフィア動物園での
二十四年三ヵ月だそうです。
うちのは、結婚の翌年、
新宿の駅前を家内と一緒に
歩いていたときに買って以来、
四十年ですから、記録を更新中です。 
糸井 他の動物で、四十年も長生きするものというと……。
杉浦 哺乳動物ならゾウ、鳥類だとツルくらいでしょう。
糸井 ラジオの『全国こども電話相談室』でも、
カメの相談は多いんですか?
杉浦 ええ。とくに春と秋。
春は、冬眠から覚めても餌を食わない、
目が白くなって開かないというような質問が多くて、
これが十月を過ぎると、餌を食べなくなった、
病気じゃないか、冬眠のさせ方を教えてくれ
という相談が増えます。
ひところはね、寒いから真綿にくるんで
タンスにしまっといてやったら、
春には干からびちゃってた、なんていうのも。(笑)
糸井 僕も一年半前からクサガメを二匹飼っているんです。
カメを飼っている人はけっこういますよね。
杉浦 たくさんの人から、
「うちのカメは、うちのカメは」
という話を聞きます。
TBSの駐車場の責任者やってるおじさんが、
やっぱり大のカメ好き。
そのカメは鳴くんだそうです。
糸井 うちのもこのあいだ声を出した、ピーッて。
カメ自慢しに来たわけじゃないですけど(笑)。
うちのカメ、二匹の体の大きさに、
ものすごく差がついちゃったんです。
あれは何なんでしょうか。
石川 それは多分、食べ物の取り方の上手下手です。
二匹を別々にして餌をやると、
小さいのも大きくなりますよ。
杉浦 糸井さんは餌は何を?
糸井 その名もズバリ、「カメの餌」というのを。
値段が高いんですけど。
石川 うちは、子どもの頃はミミズもやりましたが、
今はコイの餌です。
糸井 最近は煮干しもやっています。
杉浦 動物性たんぱくで、カメがよく食べるものなら、
何だっていいですよ。
糸井 面白いのは、石川先生のカメは
ずいぶん長いこと名前なしで、
二十年くらい経ってはじめて名前がつく。
そういう時間の流れ方に、僕は憧れましてね。
石川 直径三十センチくらいの丸い水槽で飼っていたんですが、
その状態は金魚を飼っているのと同じ。
金魚に名前はつけないでしょう。
それと最初は四匹いたのが、
死んだり盗まれたりして一匹になった。
一匹ですから、べつに名前つけなくても、
「カメ」でいいわけです。
糸井 確かに。(笑)
石川 二十数年経った頃、水槽から出して床に放してみたら、
そのうち家の中を自由に動きまわって、
好きな場所に行くようになりましてね。
そうなると人間との関係も違ってくる。
僕たちと同じ生活空間にいるわけで、
これはやっぱり名前がいるなあ、と。
それで、「カメコ」と呼ぶようになったんです。
メスですし。
糸井 現実が名前を呼びこんだ。
石川 そうなりますね。
糸井 じゃあ、もともとペットとして
お飼いになったつもりではなく……。
石川 ペットって一体何だということですよね。
動物を好きな人なら、身近に置いて
可愛がってやろうと思います。
その対象が犬とか猫が普通で、
犬なんかは社会性の動物だから、ちゃんと躾けられる。
これが魚になると、餌をやれば来るけど、
これは単なる条件反射。人も認識しないでしょう。
カメなんていうのは、その中間くらいですから。
糸井 多少は人間に親近感をもっているんでしょう。
石川 鏡を見せると後ずさりする。
少なくとも、自分の姿を見て愉快な様子じゃない。
もう25年くらい同類を見ていませんから、
自分の姿だとは認識していないのかもしれません。
僕たちのところには寄ってきますから、
人間に対してより親近感をもっていることは確かです。
杉浦 四十年おつきあいになって、
先生はカメを利口だと思われますか?
石川 知能が高いとは考えていませんでした。
しかし、こうして長く見ていると、
バカにしたほどではないなと(笑)。
知能程度というのは、その動物が生きていくために
何が必要かということですね。
そのニーズに対して充分な能力があればいいわけで、
余分な能力は必要ない。
糸井 いいですね、その定義。
石川 犬だと社会性の動物ですから、
グループの中に力関係があって、
自分より上にいる者に対しては一目置き、
下に対しては君臨する。
生きていく知恵として、それを心得ているわけです。
コミュニケーションの手段も必要で、
サルだと毛づくろいをするし、
音声による言語のような
形になっているものもあります。
ところがカメは孤独性の動物だから、
コミュニケーションする必要がないんです。
糸井 孤独性……?
石川 グループをつくらない、
社会生活をしないということですね。
求愛行動以外は、
個体間のコミュニケーションはなくて、
ほかのカメと会っても、
食べ物をめぐってケンカすることでもない限り、
ただ行き過ぎるだけ。
杉浦 以前インドネシアのジャワ島に、
ジャワサイに会いに行ったとき、
だだっ広い草原にハコガメが一匹いましてね。
あんな寂しいところに、ポツンと一匹、
身動きもせずにいる姿を見て、
まさに孤独に生きてるんだなと思いました。
石川 だからカメには言葉がないと思っていたら、
カメコには「カメ語」
というのがいくつかありまして。
夜はバスルームに置いてある
水槽にもどるんですが、
自力では水槽に入れない。
その場合、入ろうと無駄に暴れたりせず、
バスルームの隅にじっとしていて、
われわれが行くとはじめて水槽のまわりを回るんです。
それは、「入りたい」という
カメコのボディランゲージなんですね。
糸井 その光景、なんかいいですねえ。
石川 それから僕が居間にいると足元にまとわりついて、
膝に乗せると寝てしまう。
つまり足元に来るのも、膝に乗りたいという
カメコの言葉、意思表示ですね。 
これは余談ですが、なぜ膝に乗りたいかというと、
たぶんあったかいところが
好きなんじゃないかと思うんです。
カメコは家内より僕のところによく来ますが、
女性より男性のほうが体温が高いためじゃないかな。
だからカメにとって愛情というのは「熱」である、
と思っているんですけどね。(笑)
杉浦 そういうふうにおっしゃれるのは、
先生がやっぱり学者だからですね。
普通の人たちはそこまで分析しません。
ただ、やたらに擬人化してしまうだけで。
糸井 それにしても、
カメコはちゃんと学習しているんですね。
石川 水槽から出てからの二十年で、
自分の欲求を満たすためには
どうすればいいかというのを、
やっといくらか身につけたんでしょうね。
空調ボックスの上があたたかいことを覚えたら、
水槽から出すとまっすぐにそこに行きます。
自分で上がれないから、じっと上を見上げてる。
で、僕らが上に乗せてやる。
夜になって降りたくなると、
われわれが差し出した手にちょこんと乗ってくる−−
そういうことを規則正しくやってるわけです。
糸井 最大に重要な環境の一つとして、
飼い主がいたということですね。
石川 ええ。クサガメの能力としては
最大限を発揮しているんだろうと思うんです。
子ガメ時代はいつも餌を他のカメに取られていた、
ドジで落ちこぼれのカメなんですけどね。
知能があるなと感じることは他にもあって、
一つは「イヤ」というとき
前足をグーッと挙げるんです。
糸井 拒否のポーズ、ですか。
石川 カメコを持って水槽のあるバスルームに行く途中、
違う方向に向けると、この動作をします。
いかにも「イヤン」という感じで(笑)。
これも意思表示でしょうね。
それから、首を持ち上げて
こっちの顔をしげしげと見るというのもやります。
これにもまいっちゃって(笑)。
まあ、こっちが思い入れているほど、
カメコは身を入れて
見ているのかどうかわかりませんが。

(つづく)

第2回 ペットの幸せとは?

第3回 四十歳のカメ

1998-11-06-FRI

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