糸井 被災者の精神面の問題も、ありますよね。
西條 はい。

医療チームは
だいたい1週間交代なんですが、
心理的なケアは
最低でも
数ヶ月から半年はかかりますから
実効性のあるものには、
なっていないんです‥‥。
糸井 そうですか。
西條 それに、
避難所には、電話相談口とかの案内が
貼られてたりもしますが、
向こうの人は
困っていても自分からは電話しないんですよ。
糸井 じゃ、どうするんですか?
西條 前にお話した「家電プロジェクト」を
心理的なケアにつなげていくんです。
糸井 家電を‥‥ケアに? 
西條 家電が必要な地域って、
かなりの人が亡くなっているんです。
半壊地域でさえ、
津波が1階の屋根まで
届いているわけですから。
糸井 はい。
西條 家の中で溺れ死にそうになって
その部屋に入ると
頭痛がひどくて何も片付けられなくなる。

つまり、
PTSD(心的外傷後ストレス障害)に
なってしまった方などもたくさんいるんです。
糸井 なるほど。
西條 そこで家電プロジェクトでは
伝票に送り手と受け手の住所と連絡先を
書いてもらっていますから、
中村さんのやっている
「手紙プロジェクト」と連携して
全国から集めた手紙も添付して、

さらに、
今後こちらから連絡してもよいか、可否を確認して
よいという方には、専門的な知識を持っている人達から
電話してもらうんです。
糸井 おおー、そうやってつながるのかぁ!
西條 はい、といっても、
これは「カウンセリング」をするとか
「臨床心理」といった
おおげさな話じゃないんです。

カウンセリングというようなことに対する
抵抗感は、
東京とかとは
比べものにならないほど大きいですし。
糸井 そうでしょうかねぇ。
西條 でも、誰かに話を聞いてもらいたい。
でも話せないんです。
周囲の人も多くの身内を亡くしていますから。

だから
とにかく話を聞いてあげる。

これは
「傾聴支援プロジェクト」なんです。
糸井 「治療する」じゃなく「傾聴」なんだ。
西條 はい。それに電話をベースとすれば
仮設に移ったり、引っ越したりしても
継続的にケアできます。

本当に大変そうな人は
その道の専門家に、
引き継いでもらうこともできますし、
実際、先日は現地に行ってもらいました。

これは、実効性の高い心理ケアとして
「起死回生」の策になると思っています。
糸井 うん、そう思う。
西條 心理的なケアをなんとかしなきゃとは
以前からずっと考えていたんです。

で、被災者に家電を配ったとき、
特にこちらから聞いたりしたわけではないのですが、

「逃げようとしたら
 車ごと流されて隣に乗っていた親を
 助けられなくて」と
自責の念に苛まれている方とか、

そうしたお話をしてくださる方がたくさんいて‥‥。
糸井 そうですか‥‥。
西條 それで、どうしたらよいだろうと思いながら
一晩寝たら、
「あ、家電とつなげればいいんだ」って
思いついたんです。
糸井 やっぱり「現場」が
発想の元になっているわけですね。
西條 有効な枠組みを作るためにも、
現場に行くことは大事です。

「現状」の把握を間違えると
的を外すことになるので。
糸井 電話する人は、どうやって集めているんですか。
西條 ぼくたちの「ふんばろう」の枠組みでは
組織云々ではなく、
みんな一個人として
ボランティア登録をしていただくんです。

もちろん、専門的な訓練を受けている人とかに
お願いしているわけですが、
資格持っていても
問題のある人はいるわけで、
最終的には、結局、人間性なんですよ。
糸井 なるほど。
西條 ぼくが信頼できると思った人に
信頼できる人を、紹介してもらうんです。

そういうつながりが、
やっぱり、いちばん機能するんですよね。
糸井 なるほど。
西條 さらに公的資金チームが、
各自治体の被災者にとって有用な情報を
わかりやすくまとめてくれているので
次の早稲田で行う家電プロジェクトでは、
それらの情報も
家電に貼って送ることになりました。
糸井 家電と一緒に情報も提供するんだ。
西條 そうです。

先日、財務副大臣の桜井議員と話したとき
冒頭に聞かれたのが、
被災者にどうやったら情報を伝えられるのか、
ということでした。

情報は届かないとないのと同じなんです。
糸井 なるほど‥‥西條さんご自身の健康は
大丈夫なんですか?
西條 正直大変ではありますが、
2年間予約で埋まっているという
「アシル治療院」のカリスマ鍼灸師若林さんが、
「今、西條さんが倒れたら
 プロジェクトが終わるから」といって
かなり初期から
専属ケアチームとしてついてくださっているんです。

震災起きたときにこの治療院にいたご縁もあり、
ボロボロになったら、
治療というか、修理してもらって
復活してます(笑)。
糸井 それは、よかった。
西條 ケアチームがなかったら、
間違いなく倒れていますね。

実際、今、現地のリーダーは
過労で、次々に倒れて入院してますし‥‥。
糸井 ボランティアは無理しがちですもんね。
西條 そうなんです。

さっきの鍼灸師の若林さんは
被災者やボランティアを無料で施術する
ふんばろう臨床家サイトを立ち上げたんです。

現在、100件以上の鍼灸や
マッサージの開業医が登録されてます。
糸井 へぇー‥‥。
西條 支援者が倒れたら、
「被災者支援」という目的から遠ざかりますから、
自分自身のケアも、
支援の一部と考えるべきなんです。

今回は完全に「長期戦」になるので
後方支援は重要になります。
糸井 なるほど。
西條 また、そうした臨床ケアチームの人も
定期的に避難所などに行ってます。

マッサージでも、鍼灸でも
一時間くらいかけて
話を聞きながら
身体に触れる仕事でもありますから
心をひらいて、話してくれるんです。
糸井 ぼくが髪を切ってもらってる
美容師さんも
友だちと二人で被災地に行ったんだって。
西條 はい。
糸井 で「次は、いつ来るの?」とか言われて、
待たれてるの、うれしいみたい。
西條 髪の毛は必ず伸びますし、
身体は必ず疲れますから。

何回行ってもいいわけで。
糸井 今日、西條さんに聞いたようなことが
ひとつずつ
「あ、できてきた、できてきた」って見えたら
日本中、勇気が出ると思う。
西條 ぼくの役割としては
実行可能な「構想」を打ち出していって、
人と人とをつないで、
軌道に乗せていくことだと思っています。

それと、このプロジェクトは
知名度が
そのまま支援力に比例する仕組みなので、
「広告塔」の役割もですね。

あとは、みんなで自律的に
どんどん、
プロジェクトを回していってもらえたらと
思います。
糸井 あくまで自律的に、ですね。
西條 実際、先の公的資金の件は
スタッフが勝手に進めていて、
ぼくも、つい先日知ったんです。

あ、そんなすごいことやってたんだって。
じゃあ家電にくっつけようかと(笑)。
糸井 西條さんのプロジェクトが
最高にうまく回るのは、
西條さんがいなくなったとき‥‥かな?
西條 もっともプロジェクトのモチーフが
体現されたといえるのは、
各プロジェクトを事業化して
仕事として地元に渡せたとき、かもしれません。

その意味で「いなくなる」のが目標です。
糸井 ああ‥‥そうですか。
西條 やはり「被災者支援」が目的ですから。

被災者が「生活者」に戻れるようにすることが
ぼくらの役割なのだと思います。
糸井 同時に消えていくわけだ。
西條 はい。

この先、「ふんばろう」のプロジェクトを
もっと知ってもらうためには
メディアに出ていかなければならないけど、
すべてを成し遂げてから
静かにフェードアウトしていくのが
個人的には理想ですね。
糸井 なるほどね。
西條 好きな本を書いて暮らすような、
静かな生活に戻れたらいいなと。

なにしろ、もともと
10時間は寝ないとだめな人間なので‥‥。
糸井 あ、そうでしたか(笑)。
西條 どんどん睡眠時間が削られていって
いまは、生活が一変してしまいましたから。
糸井 これまでのさまざまな運動というのは、
どんどん
組織が肥大していって‥‥。
西條 ええ、それを維持するために‥‥。
糸井 権力が生まれる。

でも、西條さんのプロジェクトなんて
「本部」さえないんだからね。
西條 これは、ただのプロジェクトですし、
何のためのプロジェクトかも、明確です。
糸井 うん、うん。
西條 目的を達成したら、自然と役割を終えるだけです。

ただ、
「ふんばろう東日本支援プロジェクト」
というのは先進国を襲った
史上最大の「超巨大地震」に対する
「複合大震災対応型支援モデル」なので、

それを今後、世界に広めることで、
他の地域で、こうした酷い災害が起きたときに
力を発揮するとは思います。
糸井 なるほど。
西條 ですから、ぼくは
最初の段階で
「Fumbaro Japan Model」
と名づけてたんです。

渡辺さんという
国会議員の秘書を14年されていた方が
6月から秘書になってくださって
ずいぶん助かっているんですが、
ふたりで
ツイッターのふんばろうの公式アカウントの
@fjm2011」の「fjm」って
何の略なんですかね? ‥‥って話してて、

ホームページで調べたら、
「活動初期に西條が名づけた」って書いてあって、
「自分で付けたんじゃないですか!」
「あ、そうなんだ」って、
すっかり忘れてたんですが(笑)。
糸井 なるほど(笑)。

でも、世界的な支援モデルになる
可能性があるんだ‥‥。

ぼく、今回の震災では
「人がいれば、大丈夫だ」って思えたのが
大きいと思うんです。
西條 人がいれば‥‥。
糸井 たとえば、工場を壊されて、原料も流されて、
お金もなくなった人が
「俺たち、もう一回やれるぞ!」って
言える理由は、
「人がいた」ということだと思うんですよ。
西條 なるほど、たしかにそうですね。
糸井 西條さんの話を聞いてると、
ぜんぶ、人と人とが組み合わさってる。

本部があったわけでもなければ
お金があったわけでもない。
西條 いまは、あらゆる企業、あらゆる立場の人が、
志だけで集まって来ているので、
ちょっと、あり得ない「つながり方」をしてます。

どんな大企業だって、
これほどの他分野に渡る人材を、
これほどの短期間に
揃えられないだろうってほどです。

志が高くて、気持ちがよい人ばかりですしね。
糸井 それでいて、守るべき組織がないというのが
すごく新しいところだと思う。
西條 そうなんです。

もともと何もなかったのだし、
税金も使っていないければ、
給料ももらえないんですから、
守るものなんて、ないんですね。

被災者支援のためのプロジェクトなのに、
ごく一部の批判を気にして、
助けられるたくさんの人たちへの支援を
止めてしまったら
某行政と
同じになってしまいます。
糸井 そうですよね。
西條 ですから、ぼくはいま、
「5パーセントは仕方ない」と
決めてやってるんですね。
糸井 5パーセント。
西條 どんなことをしていても
批判する人はいますし、失敗する可能性もある。

だから、つねに完璧を目指すのではなく、
5パーセントは大目に見ようと。
糸井 なるほど。
西條 これを、ゼロに近づけようとすると、
リスク管理に、
膨大なエネルギーを割くことになって、
とたんにパフォーマンスが下がるんですよ。
糸井 へぇー‥‥。
西條 だから、5パーセントにはこだわらず、
あんまり厳密に考えすぎずに
95パーセントのところで
どんどん、迅速にやっていくんです。
なにしろ、
スピードが勝負ですから。
糸井 その「5パーセント」というのは
学問的な根拠があるんですか?
西條 うーん、何となく、感覚ですね。

ただ、心理学の統計の枠組みでは
「5パーセント水準」といって
「5パーセント以下の過誤」なら
確率論的によしとしましょう、
というような考え方があるんですけれど。
糸井 ほー‥‥。
西條 自分自身の感覚としても、
「一割、失敗してもいい」というのは
ちょっと多いかなと。
糸井 だから5パーセント‥‥なるほどね。
それ、さっそく使います。
西條 あと、「可能性」に思いを馳せることが、
大切だと思います。
糸井 可能性?
西條 たとえば、「重機免許プロジェクト」を
支援してくださった方のおかげで、
免許を取った若者が、
就職して、結婚して、子どもを育てて、
その子どもたちが、
社会を変えてくれるかもしれない。
糸井 うん、うん。
西條 ある人が「ガイガーカウンタープロジェクト」を
支援することで
目の前の一人の赤ちゃんが、健康に育って、
看護師になって、多くの人を助けるかもしれません。
あるいは親や教師になって、
たくさんの人を育てるかもしれない。
糸井 うん、うん、うん。
西條 これだけの支援金じゃ世の中変えられない、
ではなく、

それが一人の人を救うことにつながって、
その人が、
多くの人を救ってくれる可能性だって、
あるわけです。
糸井 そうかあ‥‥、そういう「可能性」を想像すると
力が湧いてきますね。
西條 このプロジェクトだって、
今だからこそ、これだけ大きくなって
いろいろなメディアにも取り上げられてますが、

最初は、縁のあった人だけでも助けたいと、
仙台の実家で
北川さんとふたりで立ち上げたことから、
すべてが始まったんです。
糸井 そうですよね。
西條 動けば必ずこうなる、
ということはいえません。

でも、動かなければ
何も始まらなかったことだけは
たしかです。
糸井 うん。
西條 とはいえ、
僕は「きっかけ」を作っただけで、
「ふんばろう東日本支援プロジェクト」は、
本当に多くの人たちの
「想い」によって成り立ってます。

自らも被災者でありながら
物資を配ってくださる方々、
昼夜尽力してくださっている
スタッフの皆さん、
物資や支援金を送ってくれる全国の皆さん。

このプロジェクトは、
多くの人の気持ちが集まった
「元気玉」みたいなものなんです。

「ドラゴンボール」は
最終的には「元気玉」が最強ですから(笑)。
糸井 なるほど、わかりました(笑)。
西條 被災地のあまりのひどさに、
これは個人の力じゃ無理だ、
全国の力を結集しなければ、と思ったのが
始まりでしたから。
糸井 うん、うん。

いやぁ今日は、おもしろかった。
ありがとうございました。
西條 こちらこそ、ありがとうございました。
糸井 また、お会いいたしましょう。
西條 ええ、ぜひ。

<おわります>

2011-06-27-MON