ジブリの仕事のやりかた。
宮崎駿・高畑勲・大塚康生の好奇心。


 神は細部に宿る?


鈴木 宮崎駿は、長編映画を、
ひとりでぜんぶ作りたい人です。
どんなに細かい部分に至るまで、
ほんとは、ひとりで作りたいと……。
しかも、作品をいつも細部からはじめる。

まだ、何を作るのかさえわからないときに、
まず、主人公の髪型や洋服を決める……。
他の人は、クチを出せなくなりますよね。

最近、ある人から、
西洋と日本の建物のつくりかたの
違いを聞いたときに、
宮崎のそのやりかたに納得がいったんです。

西洋は、教会をはじめ、
ほとんどが、空から見て
左右対称になるような設計図を作るんです。
ところが日本の江戸時代の屋敷には、
設計図なんてない。

あれはひとつの部屋の
床の間の横の棚の、引き戸の金具から
作りはじめるらしいんですよ……。
ひとつの部屋を設計するときに、
その部屋のことだけしか考えていない。


で、ひとつの部屋ができたら、
隣はどうしようということになるから、
上から見たかたちは
ほんとうにゆがんでいるんです。
すると西洋人からすれば
「どうやって
 こんなものを作ったのだろう?」
ということになる。

その差は、宮崎駿に当てはまるんです。

雑に言ってしまえば、
日本人は部分から全体にいき、
西洋人は全体から部分にくる、
という……たしかに、
宮崎駿が作った美術館の設計もそうです。

あれもいろいろな部屋があるんですが、
彼が最初に作ったのは
「少年の部屋」というところなんです。
「この部屋には、部屋にいっぱい絵を貼ろう」
と、そこだけを作ってしまうんですね。
全体のことは何も考えていないし、
できあがったら、じゃあ次は
どういう部屋にしようと、どんどん次に行く……。
糸井 それって
「その都度、長男を生んで、
 次男を生んで、長女を生んで」
みたいな、子づくりに近い動きですね。
鈴木 ええ。
いろんな部屋を作っておいて、
何階建てにするかということは
あとで考えるんです。

あとで考えても、
当てはまるはずがないでしょ?
当てはまらないと
「鈴木さん、どの部屋をなくそう」
と言いますから。
そうすると、いろんなものを
減らさなければいけなくなりまして。
糸井 ただ、それを聞いていて、
自分の発想は、
そうとうそれに近いなぁと思いました。
鈴木さんもそうじゃないですか?
鈴木 実はそうです(笑)。
それが、日本人なんですよ。
細部をやっていて、
気がついたら全体に行っちゃう。

江戸屋敷の発想は、
「建て増し」じゃないですか。
宮崎駿の発想もそう。
だから『ハウルの動く城』の
お城のデザインっていうのは、
西洋人が見ると、
アタマがおかしくなりそうなのだそうです。

宮さん(宮崎駿さん)が
ある部分から描きはじめて、
次に大砲を入れたりクチをつけたり……
やっぱり、あれも建て増しなんです。

宮さんは、麹町の頃の
日本テレビの建物が大好きだったんです。
あそこに行くと、自分がどこにいるか
わからなかったでしょう?
そういう感覚は、大きなヒントに
なっているのだと思います。

西洋人は、
設計図をきちんと作るだけでなく、
ありとあらゆるものを正確無比に構成します。
キャラクターづくりにしても、
ちゃんと人形を作って、
立体のつもりで絵を描こうとする。

だけど宮崎駿は、絵コンテを見ていても、
話の都合によって、
3階にいた主人公が、次のカットで
2階に行ってしまったりするんです。
どうしてそんなことをやるのかなぁ
というと、やはり、
そこが西洋と日本の差なのかもしれない。
糸井 赤塚不二夫さんの
おそ松くんだって
主人公は6つ子だったはずなのに……。
鈴木 急に、そのときの都合によって
主人公を変えますよね?
糸井 忘れながら生きていくというか。
鈴木 日本人は、
その瞬間に消費するんです。
ある人が
「日本人に大事なのは、
 『いま』と『ここ』というふたつの言葉だ」
と言っていたけど、
ぼくはなるほどなぁと思いました。
糸井 建て増し方式って、
「その都度がおもしろいかどうか」
ということですよね。
宮崎さんにとって、それが作品への
動機を失わないやりかたなんだろうなぁ。
鈴木 ええ。
いちばん象徴的なのは
「宮さんは、シナリオを書いて、
 最後までわかっているものを
 絵コンテにはしないということ」
なんです。

絵コンテから描きはじめるし、
絵コンテが4分の1ぐらいできると、
もう制作に入ってしまうわけでしょう?

このつづきは
どうなるのだろうということを、
宮崎駿本人を含めて、
全員知らないわけですから……。
糸井 今の社会で、
チームでものを作るときというのは、
ともすれば、
「誰がいなくなっても
 だいじょうぶなようにやれる体制を組む」
だとか、
「特殊な誰かがいなくても
 かならずうまくいく」
というようなかたちで、
あらかじめ設計図を引いていきますよね。

そのやりかたをとることに、
特に大きな組織ほど
慣れているんだと思うんです。

ただ、そういうしっかりした設計図で
管理をしてゆくと
「もっと不定形なものを表現したい」
とかいう思いを、我慢しちゃうんです。


宮崎さんは、きっと、
そんな誰でもわかる設計図を
引き合っているような場面に、
立ちあいたくもないのでしょう。
鈴木 そうですね。
「不定形」っていう言葉、
非常によくわかります。
糸井 きちんと、
設計図を引くようなところについては、
宮崎さんは
「そういうことは、
 鈴木さんがやっておいてくれるから」
って、よく話していますよね。
「そういうことは、
 また鈴木さんがやるわけです」
とか、まるで悪のように、何度も言うんだけど。
鈴木 (笑)彼の得意なセリフなんです。
  (つづきます)

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2004-07-16-FRI


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