ジブリの仕事のやりかた。
宮崎駿・高畑勲・大塚康生の好奇心。


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 チームリーダーの条件。
―大塚康生さん

 
宮崎駿さんや高畑勲さんが共に「先生」と呼び、
『ルパン三世 カリオストロの城』
『未来少年コナン』『じゃりン子チエ』をはじめ、
宮崎駿さんや高畑勲さんと第一線で組んできた戦友、
大塚康生さんが、今日から「ほぼ日」に初登場です!

「宮崎駿さんには、一歩ゆずろうと思った理由は……」
アニメの世界にとどまらない組織論をうかがいました。

ほぼ日 大塚さんにとって、
「いいアニメーション作品」
というのは、どういうものなのですか?
大塚 「完成度が高い」
と言えば、当たり前かもしれませんが、
ぼくの守備範囲でいえば、きちんと
動かそうという意志が伝わってくるもの、
とでも言っておきましょうか。

ですから、制作時間に
絶対的な制約と予算枠が限られている
テレビシリーズでは
「いい仕事」ができません。
本当はこうしたい、こうなるはず……
というところをどんどん省略して行くと
不満がオリのように溜まって辛くなります。
テレビのアニメーションで
いい仕事をすることは至難の技だと思います。

いい作品を作るというものは、結局、
劇場用長編アニメーションになるんですね。

アニメーションの黎明期でも、
たとえばディズニーのように
「持てる才能の限りをつくし、
 厳しく時間をかけて研究した作品」は、
非常に長い間、生命力を持っているんです。
ぼくが関わった作品では、二十年前に作った
『カリオストロの城』を、
今でも見てくれているというのは、
やはり作った方からすると財産ですよね。

ストーリーは知りつくしたうえで
演技の細部を
くりかえして見てたのしんでもらえるというのは
勲章をもらったようなものです。

近頃では腕のいいアニメーターは、
自分の技術が発揮出来る場を求めて
あちこちを渡り歩くようになっていますが、
それでいい作品ができるかといえば
大いに疑問です。

古いといわれればそれまでですが、
演出を中心に「団結して」
共通の美意識で
集中的に仕事をしないと上手く行きません。

ただ集まっただけで、
話もロクにしないで、それぞれ
自分勝手に作っているような状況では、
長編だろうと短編だろうと、
うまくいかないだろうけど……。

そういう一般論は、
いくつか言えるのですが、そもそも、
「いいもの」が生まれるプロセスというのは、
ぼくは非常に単純なことだと思うんです。

「誠実で才能のある人を立てて、
 その人をみんなが助けて作る」


それ以外には、ないですよね。
偉そうに人の上に立つリーダーと、
自分の担当するシーンさえ良ければ、
それでよし、みたいな集団からは、
なかなか、「いいもの」は出来ません。

「いいもの」の基準というのは、
個人によっても違いますが、
ぼくがアニメーションについて
「いいものというのはこういうものだ」
と漠然とだけど思い描いているのは、
やっぱり、
「子どもたちに対する善意がある」
ということですね。

子どもたちが希望を持ったり、
はげまされたり、
たのしんだりするようなものを
「いいもの」の原点におく。

子どもに向けて描くといっても、
おとなも、子どもの延長ですからね。
子どもがいいと思うものは、
おとなの子どもごころに
はたらきかけるものがあるしょう。

ただ、善意を中心にすると言っても、
善意がモロに出てしまうと、
子どもはまた嫌うんですね。
説教がましく見えるところとの境目は、
むずかしいんですけど。

今はアニメーションが
たくさん出ている時代だから、
きっと、「いいもの」が
いくつか生まれているとは思うんです。

いくつかのものについては、
今の人に認められていますが、ただ……
たとえば、かつて、『宇宙戦艦ヤマト』の
アニメーション映画に長蛇の列ができましたが、
テレビアニメを再編集しただけで、技術的に
レベルが低いものを
「いい」と言う人は、現在はいませんよね。

そういう、
「ほんとうはよくないけれども当たった」
という一過性のものが、
きっと混ざっているんですね。
その逆に、
「ほんとはいいけれども当たっていない」
というものだってあるはずです。

例えば、この二十年は、
目の大きい女の子が流行りです。
これがいつ変わるかわからないけれど、
もしかしたら何十年か先になると
「なんで日本人はこんなに
 目の大きな女性ばかり描いたのだろう?」
と言われるのかもしれません。

今の時代は
「目の大きい女の子がきれいだ」
と思いこんでいる大衆文化で、
それを日本のアニメーションが、
世界中に日本式美学の押しつけを
やっているんですね。

すこし先になったら
小さい目にもどるかどうかはわかりませんが、
どちらにしても、
あんなに人間の目は大きくない(笑)。

ただ、同時代の美学というのは、
渦中にあるときは、
まさに渦の中にいるようなもので、
ほんとうの姿は見えないんです。

渦の中に巻きこまれてると、
客観的に見ろっていったって
見られないですから。

あの、まぁ……だいたい、
死んでずいぶんたってから、
ようやく見られるようになるのが
文化っていうものですよ。
同時代の人には、文化の真価は
わからないままかもしれないし、
わかる人もいるという。

もちろん、今の最高のものが、
やっぱりあとになっても
最高っていうことだってあるわけですし。
美術品でもそうなのですが、結局は、
ほんとうに「いいもの」かどうかは、
一過性のフィーバーも終わった
ずいぶんあとになって、
後世の人たちが判断することだと思うんです。

同時代で渦中にいる人たちは、
客観的に「いいもの」かどうか判断できないから。

ただ、ジブリに関しては、
宮崎駿さんが作っているものは、
ほとんど後世に残るものでしょうね。
それは確信できますから、
心配ないと思うんですけれど。
なかなか、ああいう宮崎さんのような
リーダーは出てこないですからね……。

ぼくがかつて、東映動画で
その年に入った新人を相手にした
講演をしたときに、
ヘンな登山帽をかぶった、
なんだかアタマの大きい男が、
「質問があります」って言うんです。

聞いてみると
「どうして東映って、
 ボロ映画ばかり作っているんですか?」
まわりに、その映画を作った先輩がいるのに、
「え? コイツは誰だ?」と思ったら、
それがその年に
入社した宮崎駿さんだったんです。
入ったとたんに、ぜんぶ前のものを否定したから
「うわ、これはおもしろい人が出てきた」
と思いました。

宮崎さんは最初から目立っていたし、
それでまわりからは嫌われてもいたけど、
やっぱり描かせてみたら、
あきれるほどすごかった──。

だから、ぼくは「この人はすごい」と、
いつでも一歩ゆずることに決めました。
ぼくもアニメーターになった当初、
ものすごく勉強して
毎日、毎日、模写とか
自分で研究した動きを描いていましたから。

宮さんの鮮やかな上手さには脱帽、
こりゃあ、この人には一歩ゆずろうと……
彼のような巨大な才能には、
一歩ゆずるべきだということを
確認していましたが、
近くで仕事をやっている
ほとんど全員にはわからないようでした。


少なくとも、ぼくにとっては、
後輩の宮さんに対してゆずるということは、
必然のなりゆきでした。

宮崎さんは、一年目から、
作品の内容全体に関わるような
重大な変更を演出に求めて、それを通しています。

そういう行動に
露骨に反感を見せた先輩もいましたが、
ぼくが尊敬する森康二さんという先輩は、
チームメイトたちに
「諸君、脱帽したまえ」
と宮崎さんの才能を称えました。
わかる人には、わかるんですよ。

ただ、同級生とか、ちょっと先輩の人となると、
もうそれだけで宮さんを敬遠するんです。
やっぱり、同年代にうまいヤツが出てきたら、
脅威じゃないですか。

それもあって、宮さんは、まわりからは、
ちょっと距離をおかれていたけど、
本人はぜんぜんそんなことを気にしないで、
まるで重戦車のように、
どんどん突き進んでいきました。

先輩だけではなくて、
経営者もそうなんですよ。
「高畑勲とか、宮崎駿という、
 ぼくなんかが敵わないすごいヤツがいるのに、
 なぜ彼らを演出に使わないのか」
と言っても、会社側というのは、
「なんか、グズグズ言って
 スケジュールを伸ばされるのはイヤだ」
とか、
「あれは、会社の言うとおりに
 ならないからイヤだ」
ってことになりがちなんです。


だけど、大プロデューサーというのは、
さんざん抵抗するような人にこそ、
監督になってもらうんです。
むしろ、抵抗しないような監督は、
ロクなもの作ってないですよ。

だから、会社は我慢すべきなんでしょう。
我慢してもいいだけの能力があるという、
そういう類の人が、たまにいるのだから。

その類のすごい人と、
他の人の差を見破れないっていうのは、
不思議ですよね。

宮崎さんの他にも、この世界で
「あきれるほどすごい」
と感じた人は何人かいますが、
いずれも、うまいだけではなくて
リーダーとしての人徳があるかないかが、
二番目の資格ですね。


いずれ一群のアニメーターや
彩色、背景の技術者を
指揮しなければならないのですから、
そこは当然求められます。

それに、仕事をする中で、
絵が多少うまくなることは
あるでしょうけど、
それだけでは限界があるんです。

結局は、想像力というものが
映画をおもしろくするのであって、
想像力のない人に、想像しろたって無理です。

そのことはおおぜいの
若い人を教えていてわかりました。

大多数の人には、
死ぬほど映画は好きなんだけど、
演技を想像する力がない……
「誰かに想像してもらって私が描く」
では、限界があるんです。
  (つづきます)

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2004-08-09-MON


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