糸井 |
今、一緒に
中日ドラゴンズと西武ライオンズの
日本シリーズを見ていることですし、
鈴木さんの、中日ドラゴンズへの気持ちを、
ついでに、うかがっていきたいと思います。
鈴木さんの家は、お父さんの代から、
中日ドラゴンズファンですか?
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鈴木 |
もう、大のドラゴンズファンで。
ジャイアンツに負けるっていうと、
親父がそのたびに
トランジスタラジオを一台ずつ壊すという……。
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糸井 |
つまり、それって、あれなんですか?
名古屋は、実は
天下人三人を生んだ日本の中心で、
あの江戸ごときが!
という気持ちが
血の中に濃くたぎっていて……。
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鈴木 |
(笑)いや、
そんな深いところではないです。
でもやっぱり、
ぼくがものごころついたときには、
敵はジャイアンツだったんですよ。
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糸井 |
(笑)その気持ち、何なんですかね?
ぼくもかつては
ジャンアンツ以外のことを、
さんざん、そんなふうにいっていたんだけど……。
「敵」って、なにそれ、と、いまさら思うんです。
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鈴木 |
(笑)もうそのことは、小さい頃から、
カラダに教えこまれていました。
「とにかくジャンアンツは敵なんだ」
……だから、ぼくはいままでいろんな
ドラゴンズの選手を見てきましたけど、
とにかく生涯好きだった選手は権藤博なんです。
一年目に三十五勝。
そのときに、たしかジャイアンツに対して
十二完投という記録を持っています。
もうとにかく、
権藤さえ出ればジャイアンツに勝てた。
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糸井 |
ジャイアンツがあのような状態ですし、
今のぼくには、鈴木さんのほうに、
たっぷりあるはずの「熱さ」が、ないんです。
「野球って、おもしろいですねぇ」
と、引いている立場ですから。
そもそも、野球ファンって、
もう、負けたら怒ってものを投げるとか、
どう考えたって、ヘンだと思うんです。
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鈴木 |
冷静に考えたら、そうですよねぇ。
負けるとファンが
ナゴヤ球場の木の観客席をはがして
燃やすなんて、ぼくの小さい頃には
日常茶飯事で、ボヤ騒ぎまで起きましたけど……
ケダモノですよね。
子ども心にも、おそろしかったです。
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糸井 |
ぼくにもジャイアンツファンとしての
「ケダモノ」の時期が、あったんです。
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鈴木 |
だからぼくは……
それこそが、「趣味」だと思うんですよ。
ぼく、就職活動をするとき、
そのことをちょっと真剣に考えたんです。
ドラゴンズ関係の仕事には、
自分は、就かないぞと。
これは最初から、まじめに決めたんです。
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糸井 |
好き過ぎるから?
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鈴木 |
そう。
将来、ぼくは歳を取ったら
趣味は欲しいと思っていたんですが、
とにかく
「ドラゴンズが好き」ってことは、
やめたくなかったんです。
だから、それを
仕事でやらされたときはつらかったんです。
ぼくは就職のときも、
実は一紙だけスポーツ紙を受けたんです。
でもそれは
中日スポーツではなくてスポニチ。
それなら、担当しても
中日ドラゴンズ以外の球団になりますから。
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糸井 |
鈴木さんは、もともと、
なんか字を書いたりすることは、
やりたかったんですか?
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鈴木 |
新聞記者とかスポーツ記者に
憧れたわけじゃないですけど、
まぁ、なんかを書く
アルバイトをやっていて、
これならできるかなぁと思ってたんで……。
だけど、ドラゴンズに関係する仕事だけは、
やるまいと決めていました。
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糸井 |
その気持ちは、前に、山本益博が
「中華料理だけは論評しない」
といっていたのに似ていますね。
ぜんぶの料理評論家になっちゃうと、
おいしく、
ただ食べている時間がなくなるという……。
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鈴木 |
すごくわかりますね。
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糸井 |
鈴木さんもぼくも、つい、
遊びを仕事にしちゃうじゃないですか。
たのしいと、仕事になったら
もっとやれると思っちゃうんだけど、
そうすると、やっぱり、
ある距離を保たざるをえなくなったりするし、
のめりこむのは、むずかしくなりますよね?
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鈴木 |
そうですね。
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糸井 |
この、
わけのわからない熱狂みたいなものの
正体って、なんなんでしょう?
だって、野球なんて、
今年のジャイアンツの面子に、
ドラゴンズのユニフォームを
ぜんぶ着せて試合をさせるだけで、
それはもう、
ドラゴンズの試合になっちゃうんですよ?
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鈴木 |
ええ、それもドラゴンズです。
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糸井 |
アメリカの野球チームなんか、
ほとんどそうなってますよね。
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鈴木 |
だから、そういうことでいうと、
やっぱり、
ある種のノスタルジーはあります。
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糸井 |
広島みたいに育てるという。
中日も、
そういうところがちょっとありますよね。
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鈴木 |
ええ。
だから、トレードみたいなものが
さかんになったときに、
やっぱり、ぼくなんかも
ある種の寂しさはありましたからねぇ。
まぁ、古い話になりますが、
ダイナマイト打線の大毎にいた
山内一弘という男は、
実は愛知県出身なんです。
あの人は、もともと中日に入りたくて……
ところが、テストを受けにいって落ちた。
それで、ドラゴンズに入れなかった人なんです。
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糸井 |
あの人、
賞金の出る試合になると
打つっていうタイプでしたよね。
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鈴木 |
ええ。
ところがその人があるとき、
ドラゴンズの監督として迎えられる……
こういう話が好きだったんですね。
バカバカしいんだけれども。
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糸井 |
いや、わかりますよ。
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鈴木 |
ぼく、好きだったんですよ、
こういう話が。
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糸井 |
物語、ですよね?
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鈴木 |
ねぇ?
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糸井 |
ぼく、そこに興味があるんです。
つまり、物語がないかぎり、
理屈が整っていても
ぜんぜん魅力がないですよね?
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鈴木 |
そうです。
中日の高木守道っていう人が
高校時代に岐阜商業にいて、
そこにコーチに来たのが長嶋でしょう?
高木は高校一年の頃に、
当時立教大の四年だった
長嶋に教えられたんです。
「あの小柄な一年生の遊撃手を
二塁手に使ってはどうですか。
補欠ではもったいない」
「君は、攻・守・走の三拍子揃っている。
みんなの心に残るような選手になってくれ」
長じて長嶋はジャイアンツに、
高木守道はドラゴンズに入団する。
長嶋の引退の日は
中日の優勝パレードの日だった……
高木はどうしても
東京へかけつけたいといって、
球団とケンカになるんですよね。
「プロ野球の繁栄があったのは、
長嶋さんのおかげです。
レギュラー全員で、後楽園で
長嶋さんを送りだしてあげたい。
全員が無理ならせめて
自分だけでも後楽園にいきます」
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糸井 |
いい話だなぁ。
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鈴木 |
そうでしょう?
しかも、その高木が
ドラゴンズの監督になって、
例の十・八で
長嶋ジャイアンツとの
優勝決定戦をたたかう因縁があって……。
まぁ、ぼくは、
こういう話が好きなんです(笑)。
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糸井 |
それは、俺も好きですよ!
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(明日に、つづきます)
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