糸井 | 吉本さんが自分の「書き仕事」として、 最後まで残したのが 雑誌「dancyu」の食のエッセイの連載でしたね。 |
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ハルノ | 2007年の1月号からはじまって、 終盤はけっこう休み休みでしたけど。 |
糸井 | 目が見えない状態で 原稿を書いてたんでしょう? |
ハルノ | はい、ほとんど見えない状態です。 読むほうも解読できなくて、 編集部の方が苦労なさっていました。 原稿用紙のマス目に添うどころか、 斜めにターッと書いてしまって。 ゲラも、編集部の方がうちに来てくださって 毎回読み上げてくれました。 内容についても、本人は 書いた記憶がないんですよ(笑)。 自分で何を書いたかがわからないって。 |
2010年夏の、吉本隆明さん。 | |
糸井 | 連載の最後のほうは、 きっと大変なんだろうなぁと思いながら 読んでいました。 |
ハルノ | 最後はもうネタに尽きて、 ぜんぜん食べものの話じゃなくなってます。 |
糸井 | 今回、その吉本さんの連載が 本にまとまったということなんだけど、 さわちゃんが (ハルノさんを糸井は「さわちゃん」と呼びます)、 吉本さんの書いた文ひとつひとつに解説をつけてて、 それがもう、すごく読みごたえがありました。 |
ハルノ | 解説、やりすぎだろうっていう話もある。 もっとかるーく、やるつもりだったのに。 |
糸井 | 分量は解説のほうが多いよね(笑)。 おかしな言い方だけど、 吉本さんの不自由な目や手足を介護するかのように、 さわちゃんは解説してる。 |
ハルノ | だんだんそうなってきますね。 |
糸井 | なんだかね、さわちゃんのこと、 はじめて知った気がするよ。 |
ハルノ | いやもう、ぜんぜんそんなことなくて。 文章は妹のほうが、プロだから。 |
糸井 | うん、うん。 |
ハルノ | いままで、あんまり得意という意識もなく ここまできました。 |
糸井 | だけど、結果、得意だったね。 |
ハルノ | 結果、あの本文についてはわりと得意でした。 あのね、馬鹿じゃないかっていうくらい、 つらつらと書けるんですよ。 むしろ、もしかしたら これはいけないことではないかという戒めが 自分の中でありました。 |
糸井 | 吉本さんのエッセイをひとつ読むたびに、 「さぁ、さわちゃん何書くんだろう?」 って、たのしみになる本だった。 全体的に食いものの話をしているんですが、 食いものだけの話って、結局はできないもんね。 |
ハルノ | できないですよね。 で、食べものは、やっぱり家族というものを いちばんあらわしてしまうのでね。 |
糸井 | うん、あらわすねぇ。 |
ハルノ | 特に、お母ちゃんが出てくるから。 |
糸井 | 吉本家の「お母ちゃん」は 家族の外務大臣のような役をしていたので、 ぼくらにとっては明るくほがらかな人でした。 ‥‥だとしても、一筋縄でいく人だとは 思ってなかったけどね。 |
ハルノ | いやぁ、母は厳しかったです。 |
糸井 | この家の美意識の基準になってたし、 壁みたいに立ってたね。 |
ハルノ | だから、ある意味私は 父よりも母が死んだときのほうが ダメージ大きかったです。 |
糸井 | ああ。なるほど。 |
ハルノ | まぁ、死に方も死に方で、 おめでたかったですので(笑)。 |
糸井 | そうか(笑)、ただ「起きてこなかった」ように 亡くなっていたんだものね。 |
おそらく15年くらい前の、吉本家。 | |
ハルノ | いきなり「母という壁」がなくなって、 パタパタと家じゅうがこわれていく感じでした。 柱しかなくなったような感覚になって、 「吉本家」という“国家”が崩壊した瞬間でしたね。 だったらいっそ風通しよくしちゃおう、というような 開き直りをしました。 |
糸井 | 家族同士って、親しいがゆえに、 憎しみから愛情から、全部そこにありますよね。 |
ハルノ | そうですね。 |
糸井 | 本を読んで 「さわちゃん、全部をいまもう書くんだ」 みたいな驚きがあったよ。 |
ハルノ | それはたぶん食べものの話だったからでしょう。 ひとつひとつの食べものの取っ掛かりから、 全部が浮き上がってきた感じです。 たぶん、もう二度と私は こういうことは書かないだろうな、と思う。 |
糸井 | 本のはじめのほうに出てくるんだけど、 きれいな弁当が恐ろしかったんだよね? |
ハルノ | うん(笑)。 |
糸井 | きれいな弁当が恐ろしい、というのは、 いまだかつて読んだことのない文章です(笑)。 |
ハルノ | 母は、造形的に美しくつくるんですよ。 必死になって、ロールサンドをきれいにつくって、 いちごのスライスをパンの表面に埋め込んで。 恐ろしいね(笑)。 |
糸井 | 蒔絵づくりみたいだな。 |
ハルノ | ほんとに、そう(笑)。 幼稚園児のお弁当なんて、だいたい 「のり、卵焼き、たこウインナー」 そんなのでしょ。 なのにうちは「美しいお弁当」。 お弁当箱を開けたとたん、 友達になにか言われないだろうかと、怖かったです。 |
糸井 | 世の中の「普通」の基準とぜんぜん違うものを 守り通させる環境もあったわけでしょ? |
ハルノ | そうですね。 そういう意味でも、我が家では母が絶対君主でした。 誰か反乱でも起こそうもんなら、すぐ崩壊します。 |
糸井 | 家族というものは、 ほんとうの力をみんなが発揮したら 壊れるようにできてる。 |
ハルノ | 家族って、そうだと思います。 |
糸井 | そうやって吉本家では だれかが飛び出しちゃうこともなく、ここまで来た。 |
ハルノ | 妹はうまく逃げやがったけど(笑)。 |
糸井 | そうか。 妹のやり方は、一個だけ、あったね。 |
ハルノ | うん(笑)。だけど、私はどっちかというと 潜航してゲリラ的に やりたいことをやっていくタイプの 子どもだったので、このままここに。 |
糸井 | なるほどね。さわちゃんはそうやって、 家の中でやりたいことやったんだ。 いや‥‥あのね、すごいよ。 なにがすごいって、こういう話ができるのは、 「お父ちゃんとお母ちゃん」がふたりとも いなくなったからだ。 |
ハルノ | そうです(笑)。 |
糸井 | いたらできないでしょ。 |
ハルノ | できないですね。 これはほんとうに。 |
糸井 | 以前まほちゃん(=よしもとばななさんのこと)が 言ってたことなんだけど、 一家揃って頭のいい人ばっかりいる家っていうのは、 ほんとに住みづらいって‥‥。 |
ハルノ | うん。 つらいですよ(笑)。 |
糸井 | おかしいね。 |
ハルノ | おかしいですよね。 なんで家族やってたんだ(笑)。 |
糸井 | そのわりに、家族論のようなことを、 吉本さんは書いて‥‥。 |
ハルノ | しっかり書きました(笑)。 |
糸井 | ほんとうは、吉本さん、 家族が、得意ではないんですよね。 |
ハルノ | うん、得意ということではないと思います。 |
(つづきます) 2013-05-09-THU 画:ハルノ宵子 |