第4回 どうしても母としか。

糸井 ふたりの面倒を長いあいだみてたわけですけど、
どっちが大変でした? やっぱり、お母さん?
ハルノ そうですね。
最近「母もの」の小説が流行ってますけど、
おんなじパターンでやっぱり
私もこの家に繋ぎとめられたと思います。
やっぱり父が母をちゃんと
受けとめていなかったところがあると思うんですよ。
糸井 うん、そうかもしれないですね。
ハルノ 母は「あの人はなにを言っても暖簾に腕押しだ」と
言ってました。
そのぶんが、娘に向かったんでしょう。
「お父ちゃん、もうちょっとお母さんの相手をしてよ」
なんて、若い頃は言ったことがあります。
だけど、1980年代は父が忙しかった時期でした。
「この仕事のひと山終わったら、
 もうちょっと相手するよ」
それっきりで。
糸井 あの年代の人たちは、どこのうちも
多かれ少なかれそんなことだとは思うんですが、
あきらめるほど軟弱じゃなかった、というのが
お母さんなんですね。
ハルノ うん。お母さんはあきらめなかったですね。
あのふたりはエネルギー値で
ちょうど釣り合ってたんでしょう。
糸井 うん‥‥いやぁ、
とんでもない組み合わせでした。
ハルノ とんでもないですね。
お父ちゃまは、ちょっぴり
心動く女性がいた時期があったと聞いたんですけど。
糸井 え? ‥‥その話、いいね(笑)。
ハルノ はい(笑)。講演かなにかで地方に行くたびに
訪ねてきてくれる方だったらしいです。
それで、父も「なんだかいいな」というふうに
心は動いたんだけど‥‥。
糸井 うん、うんうんうん。
ハルノ それでもやっぱり母は裏切れなくて、
「どうしてもお母ちゃんとしか釣り合わなかった」
というふうに言ってました。
糸井 それはご本人が、そう言ったの?
ハルノ ご本人がそう言ってました。
糸井 はぁぁぁ、なるほど。いや、そうだよね。
ハルノ 私たち娘ふたりは、
「どこまでいったんだ」「チューはしたのか」とか、
やたらそういう話をして。
糸井 わははは。
ハルノ 「いや、チューはしてない、俺は裏切ってない」
糸井 心が動いただけ。
ハルノ 「手は握ったか」と訊くと、
「手は握った」と言う。
でもそれはきっと、最後に
「じゃあがんばりましょう」ってなかんじで
握手しただけでしょうね。
しっぽりな感じでは握ってない。
糸井 いい話ですねぇ(笑)。
ぼくもここに通って話を聞いているうちに、
吉本さんは恋愛の話がホントに好きだな、と
思ってました。
ご本人にも何度か
「吉本さんは恋愛好きですね」と言ったけど、
「そうかもしれませんね」って
いつもすとんと受け止めてた。
だからそのことは、わかる気がする。
ハルノ 不思議なもんですね。
糸井 胸の炎は、ずっと絶やさずにいたんだなぁ。
ハルノ ちろちろと燃えていたのかもしれない。
糸井 はぁあ、いい勉強をさせられました。
文芸評論家としての吉本隆明さんには、
そこに力点がすごくあったと思います。
まるで青年のようにいきいきしていた。
ハルノ うん。自分自身の結婚は三角関係の大恋愛で、
という話ですけど、
いまの三角関係とはまた違うんでしょう。
裏切らなかったり、立てたり、認めたり‥‥、
もっと美しい、文学的な三角関係だったんでしょうね。
糸井 勝負が決しても、相撲は終わってないという感じかな。
吉本さんが何かでお書きになってました。
「三角関係は、相手がものすごく
 恨んでくれたり、怒ってくれたりしたら、
 楽だったろう」
と。
ハルノ ねぇ。それが、わりといいやつだった。
糸井 いいやつだったんですね。
ハルノ そうなんです。
糸井 吉本さんはきっと、お母さんから
おもしろいと思われてましたよね。
吉本さん、もっと自信を持たなきゃだめですね。
ハルノ 自信、なかったですね。
そういうふうに認められていたとは
思ってなかったでしょう。
若いころの母が
お父ちゃんのおもしろさをわかったというのは、
すごいと思う。
糸井 そうだね。
お父ちゃんのおもしろさは、あきらかにあるんですけど、
ご本人がわかってないんですよ。
あれは何回も言ってもわかってなかった。
ハルノ おもしろいし、けっこうモテる‥‥
モテると思うんだよねぇ。
糸井 いや、モテますよ、
吉本さん、まったく間違ってますよ、そこは。
ハルノ うん、うん。
糸井 おから以上に。
一同 (笑)
糸井 一所懸命な人って、
それだけで女の人の点数は高いんです。
吉本さんにはそこがあるから、
すでに基礎点40点ぐらい取ってますよ。
なのにねぇ。
ハルノ ねぇ。
  (つづきます)

2013-05-14-TUE

画:ハルノ宵子