糸井 | ふたりの面倒を長いあいだみてたわけですけど、 どっちが大変でした? やっぱり、お母さん? |
---|---|
ハルノ | そうですね。 最近「母もの」の小説が流行ってますけど、 おんなじパターンでやっぱり 私もこの家に繋ぎとめられたと思います。 やっぱり父が母をちゃんと 受けとめていなかったところがあると思うんですよ。 |
糸井 | うん、そうかもしれないですね。 |
ハルノ | 母は「あの人はなにを言っても暖簾に腕押しだ」と 言ってました。 そのぶんが、娘に向かったんでしょう。 「お父ちゃん、もうちょっとお母さんの相手をしてよ」 なんて、若い頃は言ったことがあります。 だけど、1980年代は父が忙しかった時期でした。 「この仕事のひと山終わったら、 もうちょっと相手するよ」 それっきりで。 |
糸井 | あの年代の人たちは、どこのうちも 多かれ少なかれそんなことだとは思うんですが、 あきらめるほど軟弱じゃなかった、というのが お母さんなんですね。 |
ハルノ | うん。お母さんはあきらめなかったですね。 あのふたりはエネルギー値で ちょうど釣り合ってたんでしょう。 |
糸井 | うん‥‥いやぁ、 とんでもない組み合わせでした。 |
ハルノ | とんでもないですね。 お父ちゃまは、ちょっぴり 心動く女性がいた時期があったと聞いたんですけど。 |
糸井 | え? ‥‥その話、いいね(笑)。 |
ハルノ | はい(笑)。講演かなにかで地方に行くたびに 訪ねてきてくれる方だったらしいです。 それで、父も「なんだかいいな」というふうに 心は動いたんだけど‥‥。 |
糸井 | うん、うんうんうん。 |
ハルノ | それでもやっぱり母は裏切れなくて、 「どうしてもお母ちゃんとしか釣り合わなかった」 というふうに言ってました。 |
糸井 | それはご本人が、そう言ったの? |
ハルノ | ご本人がそう言ってました。 |
糸井 | はぁぁぁ、なるほど。いや、そうだよね。 |
ハルノ | 私たち娘ふたりは、 「どこまでいったんだ」「チューはしたのか」とか、 やたらそういう話をして。 |
糸井 | わははは。 |
ハルノ | 「いや、チューはしてない、俺は裏切ってない」 |
糸井 | 心が動いただけ。 |
ハルノ | 「手は握ったか」と訊くと、 「手は握った」と言う。 でもそれはきっと、最後に 「じゃあがんばりましょう」ってなかんじで 握手しただけでしょうね。 しっぽりな感じでは握ってない。 |
糸井 | いい話ですねぇ(笑)。 ぼくもここに通って話を聞いているうちに、 吉本さんは恋愛の話がホントに好きだな、と 思ってました。 ご本人にも何度か 「吉本さんは恋愛好きですね」と言ったけど、 「そうかもしれませんね」って いつもすとんと受け止めてた。 だからそのことは、わかる気がする。 |
ハルノ | 不思議なもんですね。 |
糸井 | 胸の炎は、ずっと絶やさずにいたんだなぁ。 |
ハルノ | ちろちろと燃えていたのかもしれない。 |
糸井 | はぁあ、いい勉強をさせられました。 文芸評論家としての吉本隆明さんには、 そこに力点がすごくあったと思います。 まるで青年のようにいきいきしていた。 |
ハルノ | うん。自分自身の結婚は三角関係の大恋愛で、 という話ですけど、 いまの三角関係とはまた違うんでしょう。 裏切らなかったり、立てたり、認めたり‥‥、 もっと美しい、文学的な三角関係だったんでしょうね。 |
糸井 | 勝負が決しても、相撲は終わってないという感じかな。 吉本さんが何かでお書きになってました。 「三角関係は、相手がものすごく 恨んでくれたり、怒ってくれたりしたら、 楽だったろう」 と。 |
ハルノ | ねぇ。それが、わりといいやつだった。 |
糸井 | いいやつだったんですね。 |
ハルノ | そうなんです。 |
糸井 | 吉本さんはきっと、お母さんから おもしろいと思われてましたよね。 吉本さん、もっと自信を持たなきゃだめですね。 |
ハルノ | 自信、なかったですね。 そういうふうに認められていたとは 思ってなかったでしょう。 若いころの母が お父ちゃんのおもしろさをわかったというのは、 すごいと思う。 |
糸井 | そうだね。 お父ちゃんのおもしろさは、あきらかにあるんですけど、 ご本人がわかってないんですよ。 あれは何回も言ってもわかってなかった。 |
ハルノ | おもしろいし、けっこうモテる‥‥ モテると思うんだよねぇ。 |
糸井 | いや、モテますよ、 吉本さん、まったく間違ってますよ、そこは。 |
ハルノ | うん、うん。 |
糸井 | おから以上に。 |
一同 | (笑) |
糸井 | 一所懸命な人って、 それだけで女の人の点数は高いんです。 吉本さんにはそこがあるから、 すでに基礎点40点ぐらい取ってますよ。 なのにねぇ。 |
ハルノ | ねぇ。 | (つづきます) 2013-05-14-TUE 画:ハルノ宵子 |