演出家と観客を、ここちよく騙す。 堀尾幸男さんの 舞台美術という仕事
 
開演前のステージ編 第2回 黄色い舞台は、冒険でした。
── 引き続き『志の輔らくご』の、
この舞台のお話をうかがいたいのですが。
堀尾 はい。
── 大きな仕掛けがひとつありますよね。
堀尾 そうですね、あります。
── 有名な演出ですし、
知っていてもやっぱり感動は変わらなかったので
言ってしまいますけれど、
最後の噺が、映画にもなった『歓喜の歌』で、
それはママさんコーラスの物語でした。
堀尾 ええ。
── ラスト、噺が終わると、
うしろの壁がわーっと開いて、
本物のママさんコーラスがあらわれる、という。


「2008年パルコ公演 撮影:橘蓮二」より
堀尾 はい。
── あのアイデアは、志の輔さんが?
堀尾 そうです。
志の輔さんが、
本物のママさんコーラスでやりたいと。
こういう装置でこの様式になって
3年目くらいだと思います。
── 背景が開くと
ずらりと並んだ本物のママさんコーラスが、
真剣に歌ってくれる迫力は
ほんとうにすごかったです。
直前の落語の内容とかぶってくるんですよ。
堀尾 それはあるでしょうね。
── ひとりひとりのママさんの顔を見ながら、
ああ、こういうお母さんたちなんだあ、
みんないろいろあるけれど、
好きな歌を一生懸命練習して、
そろって歌うことがこころから楽しくてって‥‥。
堀尾 そうですね。
── ずるいですよ(笑)。
ずるいと思いながら泣きました。
堀尾 志の輔さん、最初は芝居をやっていたんですよね。
だから、落語のかたちにこだわらず
ああいう演出を思いつくんでしょう。

── なるほど。
とにかく、最後のあの大仕掛けにはまいりました。
堀尾 そうでしたか、ありがとうございます。
── しかもそれが、落語を聞きにいったときの
ことでしたからなおさらで。
まさかあんなことが起きるなんて。
堀尾 演劇的な演出ですよね。
でも落語にはリハーサルがないんです。
── え? リハーサルなし?
いきなり本番ということですか。
堀尾 そう。
リハーサルをすると、
そこで何かが抜けてしまうようで。
だから舞台美術も、予測でやるしかない。
── はあ〜。
堀尾 落語家さんはみんなそうなんでしょうが、
志の輔さんも当日その場で世間話をしながら
客席の雰囲気を感じとって
きょうはこの出し物でいこうと決めるんです。
── そのときまで決めずに。
堀尾 きょうはどのへんかな? このへんだろうって、
本来はそうやって噺を選ぶらしいんですよ。
── へえ〜。
堀尾 だけど、この舞台は違いますよ。

── ひとつの噺に合わせて用意しているから。
堀尾 ええ。それでも、噺は2つ3つやるんで、
前半は雰囲気によって毎日変えているようです。
でも最後の噺は変えられない。
── 『歓喜の歌』。
堀尾 はい。
それに決まってはいるんですが、
それでもいずれにせよリハーサルはないんです。
だから、舞台美術としては、
決めずにやることが普通な落語に対して、
セットをこの色にするんだと
制約してしまっているところもあるんですよ。
つまり、ママさんコーラスを用意したのに、
その噺じゃなくなると‥‥。
── ママさんたちが困ってしまいますよね(笑)。
なるほど。
堀尾 志の輔さんのほうでも、
なんていうんですかね、
「変えない」という条件で
自分の中でいましめと言いますか、
決めてやるようになったんだと思います。
── 志の輔さんにとっては、
やりにくいかもしれない。
堀尾 そうかもしれませんね。
でも、その場で自由に噺を変えるのが
いままでの落語なら、
それを「決めておく」のは新しいことなわけで。
── ああ。
堀尾 舞台美術では1カ月前に約束をして
図面を書いて発注して、
という時間がいるわけです。
ルールを落語家さんに押し付けなきゃいけない。
ふつうの落語家さんとだったら
やっぱり難しいやりかただと思います。
でも、志の輔さんとだったら、こう、
お互い様子をみながら進められるんです。
── 信頼し合っているのですね。
堀尾 志の輔さんは舞台美術の都合も
よく考えてくれています。
で、ぼくも志の輔さんの感情をしっかり見て、
‥‥まあ、要するにうまく騙しつつ(笑)、
「黄色いセット」という、
ある種の冒険にのっけてしまうんですね。

── 堀尾さんにとっても
「黄色」は冒険だったんですか?
堀尾 それはそうですね。
こればかりはやってみないと
わからない部分もありますから。
── そうでしたか。
ぼくらは「黄色いセット」を
違和感なく受け止めていたのですが、
そんな緊張感で決められたことだったんですね。
最後のママさんコーラスだけでなく、
黄色いセットも、
ある意味こんかいの大仕掛けであったと。
堀尾 黄色にしたのは、はじめてですしね。
── 大仕掛けといえば、
‥‥このあたりで他の舞台のお話に
うつっていきたいのですが、
よろしいでしょうか。
堀尾 ええ、わかりました。
ほかの舞台のことですね。
── ほんとにいろいろなステージを
手がけてらしていて‥‥。
ええと、そうですねやはり、
劇団☆新感線のことをうかがいたいです。
堀尾 はい、新感線。
── ぼくら、大好きな劇団なんですよ。
大仕掛けですよね。
堀尾 まあ、地味ではないです(笑)。

── ですよね(笑)
  (つづきます)
2008-06-17-TUE
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