演出家と観客を、ここちよく騙す。 堀尾幸男さんの 舞台美術という仕事
舞台を観るのは好きだけど、 舞台裏のことはあまりよくわからない‥‥。 お芝居好きな人のほとんどは、そういう感じですよね? ぼくらもやはり、そのくちです。 観客をまるでちがう世界へとつれていく、 あのセットは、どうやってつくられているのでしょう?  舞台美術の第一人者・堀尾幸男さんに お話をうかがってきました。 「詐欺師のような仕事ですよ」と堀尾さんは、 穏やかに笑いながらそうおっしゃるのですが‥‥。  お芝居をあまり観ないという人にも、 ぜひ読んでいただきたいインタビューになりました。
堀尾さんのプロフィール
第1回 いかにして、演出家を騙すか。 第5回 つまり、お客さんも騙せている。
第2回 黄色い舞台は、冒険でした。 第6回 「足跡」を、段ボールで表現。
第3回 知らない世界に引っぱられるたのしさ。 第7回 ほどよく気軽にオペラを観てほしい。
第4回 矛盾を埋めるのが、仕事。 第8回 舞台は、思い込みの芸術ですから。
 
開演前のステージ編 第1回 いかにして、演出家を騙すか。

2008年1月のある日、
読者からこんなメールが届きました。

いつも楽しく読ませていただいております。
最近、舞台のお話など出ておりますが、
『朧の森に棲む鬼』『キル』『志の輔らくご』が、
立て続けに話題にあがっていたので
気になってメールしました。
これらの公演には共通項があります。
舞台美術がどれも、堀尾幸男さんという人なのです。
(ぴっぴ)

劇団☆新感線の『朧』が?
野田秀樹さんの『キル』が?
しかも立川志の輔さんの、落語まで?
調べてみましたら、ほんとうにどの公演にも
“舞台美術/堀尾幸男”というクレジットが。

好奇心はどんどんふくらみ、
とうとう堀尾幸男さんにお会いできることになりました。
折しも『志の輔らくご』が上演中の、渋谷PARCO劇場で。
開演前のステージで、素朴すぎるかもしれない質問を
堀尾さんになげかけてみようと思います。

── 本番前のお忙しいところすみません。
きょうはよろしくお願いします。
堀尾 こちらこそ。

── ぼくら、一般の観客としてお芝居や映画が好きで、
ちょくちょく観にいっては、
わいわい騒いで勝手な感想を言い合う
「ほぼ日感激団」という記事をつくってるんです。
感激団の感激は、「観劇」じゃなくて
「感激する」の「感激」でして。
堀尾 はい、なるほど。
── その企画で最初に取りあげたのが、
『朧の森に棲む鬼』でした。
さらに糸井重里が、
立川志の輔さんの『歓喜の歌』を
絶賛する文章などを書いていましたら、
読者のかたからメールが届いたんです。
「みなさんが観ている舞台は、
 同じ人が舞台美術をやってるんですよ」って。
調べさせていただいたら確かにその通りで。
これはもう、ぜひお話をうかがいたいと。
堀尾 ああ、そういうことでしたか。
── まずは、
せっかくですので、志の輔さんの、
この舞台のお話からうかがいたいのですが、
そもそも志の輔さんとは、いつごろから?
堀尾 たぶん、6年くらいになりますかね。
最初はこのパルコ劇場でやられたときは、
志の輔さん、自腹を切って上演してたんですよ。
それが2年ほど続いたときに、
パルコさんの主宰になりましてね、
じゃあ舞台セットにも専門の人を
ということになって声をかけてもらったんです。


「2008年パルコ公演より 撮影:橘蓮二」
── 落語の舞台を。
堀尾 ええ、私はオペラや演劇が専門ですから、
ほんとに自分が必要なのかと思いました。
でも志の輔さんから、
なんで舞台美術家が必要かを言われたんです。
立川流の落語家さんたちは、
寄席で落語ができないでしょ。

── はい、そうですね。
堀尾 落語をやりたければ場所を見つけなきゃならない。
見つけたら今度は、そこをどういう空間にするかを
考えなきゃいけない。
そこを手伝ってほしいと言われて、
「それなら、役に立つかもしれませんね」と。
── 空間をつくるという意味では、
演劇と同じなんですね。
堀尾 まあ、落語の場合やりすぎは駄目なんですけど。
たとえば‥‥
「クリスマスのプレゼント」が出てくる
噺があったんですが、そのとき志の輔さんには、
「鹿を出す」っていう発想があったんです。
── 鹿、ですか。
堀尾 ネタが終わると、うしろのドアがすこし開いて
雪が降っていて、鹿がいて、
落語の中に出てきたプレゼントが
ふと置いてある。
数秒だけそれをみせて、パッと終わるんです。


「2006年パルコ公演より 撮影:橘蓮二」
── へえ〜。
堀尾 その、ちょっとだけのために、
果たしてぼくが必要かって思いましたけど(笑)。
── 仕事量が少なすぎて。
堀尾 詐欺師みたいだなと(笑)。
── いやいや、
堀尾さんはいつも大掛かりな舞台をつくるので
とくにそう感じられただけでしょう。
堀尾 でもまあ、大きいのをつくるときも
やっぱり詐欺師みたいなもんです(笑)。
いかにこう、演出家を騙すか。
たとえばこの舞台だって‥‥これ黄色いですよね?

── はい、黄色いです。
堀尾 去年までは落ち着きのある赤茶色だったんです。
ところがことしは映像を映したい、と。
赤茶だと映像が写りにくいんですよ。
ふつうならスクリーンをおろせばいいんですが
それじゃ当たり前でつまらない。
舞台いっぱいにポーンと映像を映したくて、
黄色ならそれができるんです。
それでぼくは志の輔さんに、
「ことしのテーマカラーは黄色です」って言ったら
志の輔さん、びっくりしてね。
「うーん、黄色は‥‥」って(笑)。

── 黄色はだめだと?
堀尾 前例がないんですよ。
黄色い舞台で落語の噺をしても、
場面に溶け込めないんじゃないかと、
そういうことをおっしゃったと思います。
── 志の輔さんは、大胆なことを
どんどん受け入れるかただと思っていました。
堀尾 いや、志の輔さんは、
落語の世界では異端児かもしれませんが、
それでも最低限の落語のルールというか、
やはり様式の中で遊ぶことを
たいせつにされているかただと思います。
ぼくが「黄色」っていったことは、
志の輔さんの、その限界を超えていたんでしょう。
── 黄色はやめましょう、と。
堀尾 やめましょうとは言わないんですよ。
「あのう、あのう、うーん‥‥」って悩まれてて。
── 志の輔さんが考え込む姿が目に浮かびます(笑)。
で? 結局どうやって説得なさったんですか?
堀尾 模型を送りつけました。
この舞台のちっちゃいのをつくって黄色に塗って。
それでもまだOKが出なかったんです。
お正月の公演なのに、年末に仕込みをしても
まだOKがでない。
── そんなぎりぎりまで‥‥。
仕込みでは黄色い舞台をつくっちゃうんですか。
堀尾 ええ、この状態にして、
志の輔さんを呼ぶんです。
そのときは、ちょっと照明を暗めにして(笑)。
急に黄色を見たら、びっくりするんで。
── (笑)暗めの黄色い舞台を前に、
堀尾さんは、どんな説明をするんですか?
堀尾 「志の輔さん、劇場は闇ですから」って。
── 劇場は闇。
堀尾 闇の中では、白も見えないということです。
必要なところだけ光量を上げれば、
大丈夫じゃないですか。
暗い色のセットのときには
たくさんの光量が入ります。
でも黄色とか鮮やかなものは少しの光量だけで、
それでも落ち着いて見えますから大丈夫なんです、
と、そういう説明をしました。

── なるほど。
堀尾 それで実際に照明を入れて、
客席から見てもらいました。
── すると?
堀尾 「あ、なるほど、目がチカチカしませんね」って。
── ああ。
堀尾 「でも派手にするとチカチカしますね。
 だから抑えた照明でやりましょうか」
ということでOKになりました。
── なるほどー。
堀尾 ‥‥ほらね(笑)。
── ‥‥え?
堀尾 こうやって、騙すんです(笑)。
── ええ? ‥‥いやでもそんな(笑)、
実際ぼくらも本番を拝見したんですが、
黄色くて目がチカチカしたとか、
そういう違和感はぜんぜんなかったですよ。
堀尾 実はですね、照明の光量は
最初よりもちょっと上がってるんです。
── そうなんですか?
堀尾 師匠がね、照明さんに
「上げてほしい」って言ったらしくて。
── ええ?!(笑)
堀尾 お客さんの反応を見て、
明るくてもいけると思われたのでしょう。
「黄色も良かった」という声が聞こえて
志の輔さんも落ち着かれたんだと思います。
── 堀尾さんにしてみれば、
「よし!」という感じですよね。
堀尾 まあ、そうかもしれないですけど、
師匠に「どうでした? 黄色」って聞いても、
「自分は前向いてるからわからない」って、
それだけなんですよね(笑)。
── (笑)。
  (つづきます)
2008-06-16-MON
   
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(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN