一代
どうぞどうぞ、あがって。
お菓子たべる? コーヒー飲む?
お砂糖入れる?
ほぼ日
ああ、すみません、おかまいなく。
一代
お砂糖、入れちゃうよ?
ほぼ日
あの‥‥、一代さん。
一代
はい。
ほぼ日
すべて、座ったまま
できるようになってるんですね‥‥。
一代
そうなの(笑)。
前はもっとひどかった。
手が届く範囲に、ものがみんなあったの。
家の中に穴ぼこがあったりして
足もとが悪いから
あんまり動かない状態で
家事のほとんどができるようになってた。
これは、その名残だね(笑)。
あのときも来てもらいたかったな。
ほぼ日
そうか、そうですね、ほんとに‥‥。
一代
すごかったよ。
天井もなかった。
天井も壁もないところで、食事してたんだよ。
ほぼ日
それが、ここまでに。
一代
うん。いちばん感激したのはね、
家で掃除機をかけたときだった。
「うわぁ、掃除機かけられる!」
「窓を拭ける!」
ってね。いままで壁もなかったり、
天井も「どうせ掃除したって」という状態だった。
ほぼ日
掃除が「ふだん」に戻ったことを
いちばんよくあらわしたんですね。
一代
そう。ドロかきとかじゃなく、
ちゃんとおうちらしく、畳の上に
シューって掃除機をかけられるのって
感動もんだよ。
「うわあ、1年ぶり!」
みたいな感じでした。
ほぼ日
ところで、この季節でも、こたつなんですね。
一代
そう。このあたりの家は
こたつは年がら年中出してるよ。
掘りごたつだからね。
前はあっちの部屋にも掘りごたつがあったんだけど、
改築で、近代的に直しました。
悔しいからね。
ほぼ日
悔しいから。
一代
そう。お手洗いも、
ドア開けたら便器がひらくやつにしました。
テレビも、大きめのにした。
もう、悔しいから。
全部流されて、ホントは笑う元気もなかったけど、
笑うしかなかったんだよね。
ほらほら、お菓子、食べて。
せっかく東京から来たんだから、
気仙沼名産の(笑)「原宿焼きショコラ」、
気仙沼の(笑)「ひよこ」、どうぞどうぞ。
気仙沼の、カルフォルニアの、
グレープフルーツも、むく?
ほぼ日
ありがとうございます。
いっぱいいろいろ、ありがとうございます。
一代
私も食べちゃおうっと。
ああ、そうだ、さっき獲ってきた
ムール貝も帆立も、茹でてくるね。待ってて。
ほぼ日
(座るひまがないです、一代さん‥‥)
一代
ほら、これがさっき
牡蠣のまわりにいっぱいついてた
ムール貝です。
ワインで蒸したらおいしいよ。
私たちはシュウリ貝って呼んでるんだけどね。
ほぼ日
こんなにたくさん。
一代
どんどん食べて。どんどん食べて。
ほんとに山のようにあるから。
ほぼ日
おいしい。ふっくらしてる!
一代
ね? 柔らかいでしょう。
同じ海でも、外洋にいる貝は、固いの。
外洋のムール貝は、大きくはなるんだけど、
歯ごたえのあるタイプになっちゃう。
でも、ここのシュウリ貝は、
口に入れると、ホロッと溶けるような感じ。
ほぼ日
すごくクリーミーですね。
ダメだ、とまらない。
一代
そうでしょ?
ああ、うれしいなぁ、
わかってくれる人がいると、とってもうれしい。
山のように食べてちょうだい。
海の幸をふるまえるのが、
いまの私のほんとうのしあわせです。
そんでね、次におやつみたいに出てくるのが、
これ! ジャーン。はい。
ほぼ日
うわー、焼き帆立!
一代
ドヤ。
ふつうに、魚焼き器で焼いたんだよ。
ほぼ日
いただきます!
がぶり。
一代
最強でしょ?
ほぼ日
最強です。
ジュッジュッいってる。
さっきの、生で食べたのとは
ちがったおいしさがあります。
ほんとうにおいしい。
一代
そうだと思う。
ほぼ日
まわりのヒモの部分も卵も、濃厚でおいしい!
一代
そうだと思う(笑)。
ほぼ日
さっき、お刺身のときは捨てたところなのに。
一代
貝柱以外のところを食べなきゃ帆立じゃない、って
思っちゃうくらいでしょ?
焼くとまるごといけるからね、
キモってのは、すごくおいしいんだよ。
ほぼ日
おつゆもおいしい。
一代
おつゆ。自慢です。
海水の味が強くてもダメだし、
真水がへんに混じってもダメ。
ここ唐桑の、絶妙な塩加減の海水の獲れたてを、
魚焼き器で焼く。
これが最高なんだから。
ほぼ日
おいしい(おつゆを飲みきる)。
一代
なにがよくて、この唐桑にお嫁に来たかというと、
やっぱり食べものだよ。
牡蠣も大好きだから、お嫁に来た最初のころは、
毎回どんぶり一杯食べてた。
「むいてもむいても、一代が食べるから
一代のどんぶりには牡蠣がさっぱりたまらない」
って言われたものだよ。
そういうのがたのしくて、
お嫁に来てしばらくは、毎日うれしかった。
私は岩手県久慈市の、山あいの街で
核家族で育ったから
魚も、切り身で売ってるやつをお店で見てただけ。
盆正月じゃないと、まるごとの海の幸は
食べたりしなかった。
だから、好きな貝や魚を自分で獲って
食べられるというのは、最高だよねと思った。
こっち来たときにはさ、
魚に鱗があるようなことも、知らなかったもの。
ドーンって台所で一匹預けられたときに、
どーすんだ、と思ってね。
鱗を取る、内臓を取る、ということを知らないから、
ただダギダギダギと、
のこぎりでなんとか切りました、みたいな感じ(笑)。
そして、鍋にドンと入れて味をつけました。
よく見ると、家族みんなが、
鱗をきれいに取りながら食べてたの。
そして食べ終わったときに、
いまは亡きじいちゃんが、ひとこと。
「一代。鱗をはだけてから、魚料理は作るんだよ」
また別の夕飯のとき──、ばあちゃんが海いって、
マツボとかフノリとか、海藻獲ってきてくれて
「これをおつゆに」と言われました。
私はそれを水洗いして、
そのままガバッと鍋に入れちゃった。
そうしたらもう、海藻ラーメン状態で
みんなが味噌汁を「ズルズルズル」と食べてた。
また、じいちゃんがひとこと。
「一代。海藻類は、包丁入れて、
細かく刻んで入れるんだよ」
なんでもじいちゃんから教わった。
きびしくて、やさしかった。
カッパのとうちゃんのおとうちゃん。
震災後、去年亡くなったんだけどね。
ほぼ日
うーん‥‥現代的なおうちから、
海のおうちへのお嫁入りって、大変ですね。
一代
かなり大変だった。
このあたりは海の神様を祀る神社も多いから、
一ヶ月に何度もお餅ついて、お供えをするの。
私がこういう性格なもんだから、
いろんなしきたりを教えるのに、
じいちゃんは、大変だったと思う。
ほぼ日
くじけそうになったりしなかったんですか?
一代
しょっちゅうだよ。しょっちゅうくじけてた。
実家に帰りたいと思っても、
久慈って言えば同じ東北で近いようだけど、
ここからだと、岩手県を縦断して
6時間くらいはかかります。
6時間もかかるとね、
きっと釜石か宮古あたりで
戻ってくるなと自分でわかるから、
やめておきます。
結局は帰らないんだから、
実家にむやみに電話して愚痴言うのも、
心配かけるだけ。
だから、そういうときは神棚に向かいました。
神様と仏様のところにいって、
「馬鹿野郎!」みたいな感じよ。
そうすると、スーッとするわけよ。
友達に愚痴を言えたらよかったけど、
嫁入りしたばかりのときは、
同じ年頃の友達はいなかった。
隣の家のじいちゃんばあちゃんにこぼそうもんなら、
100パーセント、
うちのじいちゃんに告げ口される。
だから、なんでも言われっぱなしで
「ウーッ!!」と悶々とするだけの毎日。
神棚にツカツカツカツカって歩いてって、
おっきな声で、
「おとうさんのバカー!」
ほぼ日
わはははは。
一代
ある日、そうやって叫んで、振り返ったら、
そこにじっちゃんが!
ほぼ日
ひぃええええ。で、どうしたんですか?
一代
「いや、おとうさん‥‥
いま、言ったことはほんとのことです」
「おとうさん、もしあたしに
帰れって言うんだったら、いつでも帰ります」
じっちゃんは、ほう、と言っただけで黙ってた。
でも、なんか困ったことがあったときに、
相談に乗ってくれるのは、やっぱり
おとうさんおかあさんだったんだ。
ズルズルのみそ汁を飲みながら、
ギダギダにぶつ切りされた魚を食べながら、
やっぱり、大事にしてくれたんだ。
だって、私は22歳でここに来て、
なにからなにまで面倒を見て、
育ててもらったと思ってる。
(つづきます)
2013-08-20-TUE
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN