石坂 |
当時のドラマの撮影現場には、たとえば、
画角定規、なんていうものがありました。
カメラにはレンズが四個ぐらいついていて、
ターレットという
拳銃のホルスターみたいなもので
まわすわけだけど、
「ここは三十五ミリだから……」
とその定規を当てると、
ここからここまで映る、
とかいうことがわかるわけです。
「じゃ、ちょっとさがって撮るか!」
「さがると、ケーブルが邪魔です!」
「うしろはこのセットがあります!」
「ダメか……」
|
糸井 |
つまり、見きれちゃうのか、
見きれないのかの話ばかりを、
一日中してるわけだ。
|
石坂 |
見きれちゃうのはまだいいんです。
「そこにいられるか?」
画面の中にすこしでも入れるかどうか。
|
糸井 |
(笑)入れるかどうかの戦い。
|
石坂 |
ワイヤレスは一切ないわけですから、
カメラのケーブルと
音声のケーブルの合間をぬって、
俳優は画面に入りこまなければならない。
カメラマンが重役だったりして
「俺、パンなんかできないよ。
おまえからこっちに来いよ、馬鹿野郎!」
と言われて……今思えばすごいことだけど
「はい、行きます!」
と走って、映りにいくんですから。
つまり、役者が
カメラマンのことを考えてなかったら
NGになっちゃうの。
カメラ一台が、
会議机ぐらいの大きさがあって……
こちら側から、
カメラの方に向きなおってしゃべるんです。
|
糸井 |
最初にテレビに出たのって、いつですか。
|
石坂 |
通行人で最初に出たのは、
昭和三三年かな?
(石坂さんが十七歳ぐらいの頃)
これ、こんなものが残っているんだけど、
KRTVってなってる。
これはTBSの前身ですね。
通行人、四〇〇円とギャラが書いてある。
|
糸井 |
すばらしい!
これ……粗末さがいいねぇ。
|
石坂 |
その日は通行人で二本出て、
八〇〇円だったんです。
『お源のたましい』という番組で、
藤間紫さん主演ですよ。
|
糸井 |
藤間紫! あぁ、いたいた。
|
石坂 |
それから、津島恵子さんです。
|
糸井 |
(笑)へぇー。
きっと、この会話を読む人は
ぜんぜん知らない俳優だろうけど……
そうですか。
つまりその時代って、
まだ家庭では、
テレビを買う前の時代ですよね。
|
石坂 |
そうそう。
ちょうど、
「買うか、買わないか」
という時代じゃないですか。
|
糸井 |
東京の人が買いはじめたんでしょうね。
うちはイナカですから。
|
|
(つづきます)
|