- ──
- 藤倉先生は「しんかい6500」などに乗って、
何度も深海へ行かれてるんですよね?
有人潜水調査船「しんかい6500」。©JAMSTEC
- 藤倉
- 40回くらいかなあ。
もっと深い海へは、彼が行ってますよ。
- 江口
- ぼく自身は行かないけど、この船で‥‥。
地球深部探査船「ちきゅう」。©JAMSTEC
- ──
- 深海の底を掘削することができる、
地球深部探査船「ちきゅう」ですね。
江口先生は、ご専門的に言うと?
- 江口
- ぼくも、博士過程までは
海洋の研究をしていたんですけど、
いまは
サイエンスマネジメントといって、
「ちきゅう」を含めて、
国際的な科学プログラムをまわす‥‥
ま、簡単に言うと、
この船に乗って研究をする研究者たちの
お世話係と言いますか。
- ──
- お世話。
- 江口
- 研究者の世界では、暗黒面、
ダークサイドに落ちたと言われてます(笑)。
- 藤倉
- 本人は、えらく明るい人なんですけどね。
- ──
- ですよね。ラテンの香りさえ‥‥(笑)。
- 江口
- 褒められてる?(笑)
- ──
- ちなみに「お世話係」というのは、
具体的には、どのようなお仕事なんですか。
- 江口
- 海底を掘削する科学調査航海には、
150人から
180人くらいの人間が乗船しています。
2グループが、24時間制で。
- ──
- そんなに。海底掘削と聞くと
勝手に「屈強な男たち」というイメージが
浮かびますが、女性もいるんですか。
- 江口
- ええ、研究者の中にはもちろんいます。
半分とまではいかないけど、
少なくとも3分1以上は、女性ですね。
彼ら彼女らは、いったん船に乗ったら、
2ヵ月くらい降りませんから、
そこでいろんなことが‥‥というか、
ま、みんなが
なるだけハッピーに研究できるように、
マネジメントしてるんですよ。
- 藤倉
- ほら、オペレーションが滞ったりすると、
人間関係も険悪になったりするんで。
- ──
- でも、それって、とても重要な部分ですよね。
研究者と言っても人間がやることだし、
宇宙飛行士になるためにも、
チームの和を乱さない人であることなんかが、
重要視されるみたいですし。
- 江口
- 日々の暮らしの「ガス抜き」じゃないですが、
こういう脳天気な性格なんで、
案外、自分でも向いてる仕事かなと思います。
- ──
- ちなみに、この「ちきゅう」という探査船は、
たいへんすごい性能をお持ちだと聞いてます。
- 江口
- この船、2005年に完成したんですけど、
これだけの探査船は、
大げさでなく、もうつくれないでしょう。
- ──
- わあ、そんなにすごいんですか!
- 江口
- ちょうど今年は、
海底の科学掘削がはじまって50周年です。
1968年に、アメリカの船が
科学探査のために、
海の底を掘るってことをはじめたんです。
- ──
- へえ、そうなんですね。50年。
- 江口
- その年に、「DSDP」つまり、
「Deep Sea Drilling Project」という
アメリカ単独の計画で、
グローマー・チャレンジャー号という船が、
海底を掘って、
かの「大陸移動説」を実証したんです。
- ──
- え、学校で勉強した、ウェゲナーさんの。
実証って、そんな最近のことなんですか。
海底の地形。地球の表面は、ちょうどジグソーパズルのように
何枚もの「プレート」という岩盤に覆われており、
海底の山脈や谷はその境目にあたる。
これらプレートはゆっくりとそれぞれに動いていることが分かっている。©JAMSTEC
- 江口
- アフリカ大陸と南アメリカの海岸線が、
パズルのようにピッタリ合うねとか、
ある時代までは
両方に、まったく同じ化石が出てくるけど、
その後は出てこないね‥‥とか。
つまり、世界の大陸は動いていたはずだと、
ずっと言われていたんですけど、
その「説明」ができていなかったんですよ。
- ──
- なるほど。
- 江口
- ウェゲナーは月の引力がどうのとか、
科学的に正しくない説を唱えちゃったんで、
その当時は
立ち消えになっちゃったんですが、
グローマー・チャレンジャー号の調査で、
実際に「プレートが動いていたこと」が、
証明されたんです。
- ──
- 深い海の底を掘って調べることで、
地球の歴史のことまで、わかるんですね。
- 江口
- 海の底を掘削することで、
サイエンスの幅が、すごく広がったんです。
だからこそ、
日本も含めた全世界の何十カ国もの国々が、
それぞれ拠出金を出して、
1隻の探査船を動かしたりしているんです。
- ──
- みんなで協力して、海の底を調べている。
- 江口
- あるいは、
いまから「6500万年から6400万年前」に
恐竜が大絶滅したんですが、
そんなカタストロフィがなぜ起きたのか、
長らく議論されていましたよね。
- ──
- 恐竜の絶滅も、海底が教えてくれたんですか?
- 江口
- そう、それは地球上にほとんど存在しない金属、
イリジウムというんですが、
その金属の濃集層が、
恐竜が絶滅した時代の海底の地層から出てきて、
なるほど、これはつまり、
地球の外からのインパクトがあったんだな、と。
- ──
- インパクト‥‥つまり、隕石の衝突。
- 江口
- そういうことも、海の底を深く掘って、
古い時代の岩石を採取してくることによって、
わかってきたことなんです。
- ──
- すごいです、深海。
- 江口
- で、日本でも、90年代の半ばくらいから、
探査船をつくろうという機運が盛り上がって、
2005年に完成したのが
この世界最大の研究船「ちきゅう」なんです。
- ──
- 世界最大、なんですか。
- 江口
- そうです。開発の段階では
「ゴジラ丸をつくるぞ」って言われてました。
- ──
- ゴジラ丸。
- 江口
- さっきも言いましたが、これ以上の研究船は、
この先もないだろうというレベル。
- ──
- それほどまでに。
- 江口
- すごい船です。
- ──
- 国立科学博物館の展示では
東日本大震災のときにも役割を担っていたと、
紹介されていましたよね。
- 江口
- はい。地震直後の断層を探りに行きました。
もちろん「3.11」以前からも、
南海トラフ地震の調査のために動いていて、
南海トラフの海底に穴を掘って、
海底下に地震計を入れて観測したりも
していたんです。
- ──
- 地震についても、ずっと調査されていた。
南海トラフ長期孔内観測装置。
地震発生エリアを海底下でリアルタイムに観測している。©JAMSTEC
- 江口
- いま、南海トラフでは
海底下3000メートルくらいまで
調査している最中で、
いったん掘った穴に「フタ」をしています。
これから、再びその地点へ行って、
深海の海底にあるフタを開けて
続きを調査するんですけど、
最終的には、
海底から深さ5000メートルくらいまで
調査したいと考えています。
- ──
- そこには‥‥いったい何が?
- 江口
- それくらいまで掘ると、
実際に南海トラフで起きている地震の断層まで、
たどり着くことができるんです。
- ──
- おお、地震の起きている「現場」にまで。
- 江口
- 深海研究におけるひとつの大きなネックは、
「見えない」ことです。
地震なんかにしたって、セオリーとしては、
発生のメカニズムはわかっているけど、
じゃあ、実際に地震の原因となる物質って、
「いったい何なの」と、わからない。
- ──
- 見えないから。
- 江口
- 音波を飛ばして「見える」ようになって、
そこに断層があるとわかっても、
そこが、どんな物質で出来ているのかまでは、
「もの」を採らなきゃ、わからないんです。
- ──
- なるほど。
- 江口
- 深い海の底の地図というのも、
音波で可視化した絵でしかないわけですから。
でも、実際に海底下深くの現場まで調査して、
そこにある物質を、採取できれば‥‥。
- ──
- 実際の「もの」を見ると、
わかることは、ちがってきますか。
- 江口
- ぜんぜん、ちがいますね。
- ──
- ぜんぜん。
- 江口
- たとえば「3.11」の地震では、
どうして、あそこのプレートが滑ったのか。
そこのところを突き止めるには、
どうしても、
実際に発生現場を掘って、
そこにある物質を目の前に持ってこなければ、
本当には、わからなかったんです。