目よ、泳げ。 そして、カツカレーを得よ。 しりあがり寿×糸井重里

第2回 池袋の駅で切り替えました。
糸井 大学4年まで、とくにビジョンもなかった人が
ふわふわと大きな会社に入ったわけですから、
きっと、ギャップがありますよね。
しりあがり ありますね。
糸井 髪は切ったけど、
心の中ではまだ長髪、みたいな。
しりあがり そんなに長くなかったですけど(笑)。
ま、会社では浮いてましたね。
糸井 浮いてるに決まってますよね。
そういう経緯で入ったんなら。
でも、さっきも言いましたけど、
ぼくがいっしょに仕事しているときは
「浮いてない人」として見てましたよ。
しりあがり いや、それは一生懸命、
そういう人に見えないように
振る舞ってたんだと思いますよ。
糸井 努力して。
浮かないように、重りをつけて。
しりあがり そうですね。
ひと言でいえば、いつもびびってました。

糸井 どういうことで?
しりあがり たとえば、あの、外部のクリエイターの方が、
「こいつだったら変な企画を
 通してくれるんじゃないか」っていう感じで
ぼくのところに期待とともに
プランを持ってきてくれることが多かったんです。
それが、イヤだったんですね。
なんでイヤかというと、ぼくがそれを気に入っても、
上に通せる自信がないんですよね。
糸井 ああ、なるほど。
しりあがり 通せる自信があれば、
思ったとおりに動けるんですけど、
ぜんぜん自信がなくて。
それでもう、そういうプランがくると、
「データをつけてもらえませんか」とか。
糸井 これだと変なだけの企画になっちゃうので、
裏づけとしてデータをくださいってことだね。
つまり、自分が言われそうなことを
言わなきゃならない立場だったんだ。
しりあがり そうそう、そうなんです。
糸井 それを聞いてわかりましたよ。
だから、外から見ると、
当時のしりあがりさんは
すごくきっちりした人に見えたんだ。
だから、仕事はできますよね。
だって、両方の意図がわかるわけだから。
つまり、通訳みたいなことをしてるという。
しりあがり 相手がそれをやりたい気持ちがわかると同時に、
上からこう言われるんじゃないかってことが
百通りも思い浮かぶわけですよ。
そうすると百通りの対策を
練らなきゃいけないじゃないですか。
でもそんなの無理ですよね。
糸井 それでびびってるわけだ。
しりあがり そうそう、びびってるわけです。
まあ、それはぼくが働いていた当時のことで
いまの会社はそういうことは
まったくないそうですけど。
糸井 まあ、当時はそういう
わけのわからない仕組みが
どこの会社にもありましたよね。
しりあがり ええ。
糸井 ただ、当時といまの共通の問題としていえるのは、
働く個人の中に、社会の約束事と、
自分がそれまで大事にしてきたことの
ふたつの法律があるっていうことですよね。
とくに、社会に出たばかりの人、
あるいはいまから社会に出ようとする人は、
そのふたつのあいだで揺れるわけです。
しりあがり ええ、ええ。
糸井 それこそ、しりあがりさんの場合は、
わかりやすくふたつありますよね。
会社員と、漫画家と。
その、「ふたつの自分」という問題は
自分の中でどう整理していたんですか?
しりあがり ぼくの場合は、もう、あれですね、
そのころは埼玉県の朝霞に住んでて、
会社は当時、原宿だったんですけど、
池袋の駅で切り替えましたね。
糸井 はーーー、おもしろい(笑)!

しりあがり 山手線に乗ればもう会社のこと考えるし、
東上線に乗るともう漫画のこと考えるみたいな。
糸井 電車の乗り換えを利用して。
しりあがり ええ。それはよかったです、乗り換えがあって。
糸井 形式が助けてくれたんですね。
それは自然にそうなったんですか?
しりあがり そうですね、自然に。
やっぱり、そういう生活をしてると、
考えることがいっぱいあるんですけど、
いっしょに考えると
ごちゃごちゃしちゃいますよね。
だから、そこで分けたんでしょうね。
糸井 きっと、今の時代の人たちって
自分のルールや法律がひとつですんでる人は
いないと思うんですね。
自分の中にふたつのルールを抱えて
なんとかバランスを取っていかなきゃなんない。
しりあがり そうですね。
糸井 いま、「就職」というものを目の前にして
揺れ動いている人っていうのも、
そのふたつのルールのあいだで
ゆらゆらしているんだと思うんですよ。
昔だったら、そのふたつを
「本音と建て前」みたいな
言い方をしたのかもしれないけど、
そういう単純なことじゃないと思うんです。
しりあがり うん。大事なことがふたつあるんでしょうね。
それを、自分の中で
一生懸命つなげようとしたりとかね。
糸井 あああ、つながんないのに。
しりあがり そうそうそう、つながんないけど。
糸井 でも、つなげようとすることをあきらめたら
きっとその人じゃなくなっちゃうんだろうね。
しりあがり そうですね。



(続きます)


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2007-04-16-MON

イラスト : しりあがり寿 (C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN