『かないくん』ができるまで

『かないくん』という名前の絵本を2014年1月24日に「ほぼ日」から発刊しました。その本の執筆を谷川俊太郎さんに依頼したのは、2011年11月4日の夜のことでした。そこから2年2か月のあいだ、どんなことを経てきたのか、進行過程を追いつつ、みなさまにご紹介します。

第4回 製版

松本大洋さんの絵をみんなで見た日から
わずか9日後。
我々は、集まっていました。


↑ 場所は祖父江慎さんの事務所cozfishです。

そこには、色彩の魔術師、
凸版印刷のプリンティングディレクターである
森岩麻衣子さんもいらっしゃいました。


↑ 左が凸版印刷営業の藤井さん、右が森岩さん。

森岩さんは、蜷川実花さんの写真集や、
女性誌、広告の印刷などを手がけておられます。
その「色彩の魔術師」が、
大洋さんの絵をどう見るか‥‥?

まず、祖父江さんが、
谷川俊太郎さんの原稿を朗読しました。

森岩さん
「うわぁぁ。どうしよう」

祖父江さん
「そうでしょうそうでしょう」

森岩さん
「すごいお話です」

祖父江さん
「そうでしょうそうでしょう。
 いわばこれは、絵本卒業者が、
 最後の絵本として読む本ですね」

そうか‥‥きっと、ほんとにそうだ。
小学校高学年にもなれば、
子どもは絵本から離れていく。
でも、この本は、その年齢以上の人に
届いてほしい気がする。

祖父江さん
「で、森岩さん、どうしましょ?」

森岩さん
「ふぅむ‥‥。まずはこの
 鉛筆の感じを大事にしたいです。
 それから、後半の、白」

白。

森岩さん
「雪とか、火葬する煙とか、まじりあった感じかな‥‥。
 深読みしすぎですか?
 正直いって、印刷するのが
 最もむずかしい部類の絵です。
 うーむ‥‥CMYKに白版を加えるか。
 もうひとつは、鉛筆感を出すのに、
 銀のインクを使うかどうかです。
 あとは、赤いポイントカラー。
 これをどういう扱いにするかが問題です」

祖父江さんは、製版のアイデアを出すとともに
紙質も決めていきます。

祖父江さん
「紙はユーライトかなぁ?
 表紙も、ユーライトでPPにしようか。
 扉はクラシコトレーシングなんてどう?」

このあたりまでは私も話にくらいついていたのですが、

「フェアドットよりもAMの230線で行こう」

というくらいから、ついていけなくなりました。

くわしく聞くと、こういうことでした。
(みなさま‥‥、印刷の「点々」の話が、
 ここから20行ほどつづきますよ〜。よーいどん)
印刷は通常、
CMYK(シアン・マゼンタ・イエロー・キー=黒)の
4色のインクの点々を組み合わせて
カラーを表現するのですが、
通常は1インチの長さに175個の点々が並びます。
(これが175線)
点が規則的に並ぶものはAMスクリーンといい、
色の濃さを点の大きさで表現します。
これは最もよく使われる手法だそうです。

※点を規則的に並べず、
 砂目のようにランダムに並べるものは
 FMスクリーンです。
 ひとつひとつの点の大きさは同じです。
 色の濃さは、点の数で表現します。

 祖父江さんによると
 FMスクリーンは、かたく鮮やかな調子には似合いますが
 『かないくん』のようになめらかで、
 グレーっぽい調子には向かないそうです。
 ベンキョになります。

※ちなみにフェアドットというのはは
 AMスクリーンとFMスクリーンを
 「いいとこどり」した
 中間的な処理のことだそうです。
 (このあたり、私はまだよくわからない。
  でもベンキョになります)

そして、今回の『かないくん』の絵本は
1インチの長さに230個の点々が並ぶ
230線のAMスクリーンにすることにしました。
 (みなさん、ついてこれてますか?)


↑ 230線は1インチに230個の点が入る。

230個にすると、点が細かいので
なめらかな感じにはなるのですが、
そのぶん点がつぶれやすく、また
色校正も本番の印刷も繊細なものになってしまうので、
指定する、刷る、チェックする、
すべての段階に熟練したスタッフが必要です。
(と、営業の藤井さんに聞きました)

この日の話し合いを経て、
大洋さんの絵を表現するため
3種類のテスト刷りを行うことにしました。
それぞれ、使うインクの色と数がちがいます。

A:
通常の4色(CMYK)+銀

B:
高演色インキ(鮮やかな色が出るCMY)の3色
+通常K+銀+白

C:
高演色インキの3色+銀入りK+白+白

この日は祖父江さんと糸井の取材があったため、
六本木の喫茶店で打ち合わせを
することになりました。
2013年10月24日のことです。


↑ 喫茶店でテスト刷りを広げます。

この日は、プリンティングディレクターの
森岩さんはいらっしゃらなかったのですが、
このテスト刷りにいどむ際に
こんなふうにおっしゃっていました。

「大洋さんの原画を目にするのは
 ほんの数人しかいません。
 ほとんどの方々は、本という形の印刷で見ます。
 しかし、みなさんが写真や文字を
 コピー機で複写したときと同じく、
 印刷というものは、どうしたって
 “劣化”するものなんです」

とくに、今回の大洋さんの絵のような、
印刷を最も苦手とするタイプのものならなおさらです。

「印刷で、ものをそっくり複製できる
 なんてことはありません。
 ですから、印刷は一種の表現になってしまいます。
 プリンティングディレクターは、原画の感動のポイントを
 知っていないといけないんです。
 そこを引っ張り出すくらいが、
 印刷物になったときにちょうどよいのです」

祖父江さんも、こうおっしゃっていました。

「印刷は、どうしたって原画どおりじゃないんです。
 原画どおりにしようという考えにしばられてると、
 もともとの感動が薄まっていっちゃう。
 原画のどんな感動を、どんなふうに置き換えるのか、
 ってことを決めるのが大事。
 あとは、製版と印刷のワザと技術です」

さあ、ABCのテスト刷り、
3種類の絵の感動の表現があります。
どれに落ち着かせるのでしょうか?!


↑ どれも、とてもいいけれども‥‥。

祖父江さんはきっぱりとこう言いました。

「まず、6色がいいです」

がーーーーん。
というほどでもないけど、がーーーーん。
ふつうの本は、たいていモノクロ1色か
カラーの4色を使います。
それが6色となると、印刷代(というか製版代)は
1色の6倍になります。
がーーーん。
(お金のことを考えなくてはいけない立場の私です)
個人的には、ある特定のページのみ5色、
という本を作ったことはありましたが、
本全体オール6色というのは
経験したことがありませんでした。

テスト印刷のうち、6色で刷っているのは
BかC、ということになります。

祖父江さんはつづけます。

「AはYMCの再現がいい。

 Bは、完璧で美しいですねぇ。
 やりすぎず地味すぎない。
 印刷職人はきっとこれが好きです。
 でもプロでないとわからない凝り方です。

 そして、C。これは、ちょっと驚き。
 凝りすぎかもしれませんが、わかりやすく独特です。
 このインパクトは、印刷に関心のなかった人もびっくりです」

糸井が言いました。

「どちらかといえば、
 玄人が見てどうというよりも、
 一般の人がおもしろがるほうが
 いいんじゃないかな?」

祖父江さんは返します。

「うん、そうですね。
 冷静になると、Bなんだけど、
 Cの、やわらかな白とかたい白のかけあわせは、
 何度も確認したくなる驚きがありますねぇ。
 とても印刷とは思えない。
 直接ここに描いたみたいです。
 ずっと仕事で印刷物を見てきたけど、
 白版2種のダブルトーン印刷なんて、
 いままでに見たことも聞いたこともないです。
 今日はじめて見ましたよ」

この日の喫茶店会議では、
みんなの意見がCの持つ
「白と白の2版」の特徴に傾いていました。

そして、大洋さんからこんなメールが。

2013年10月28日のメールより

返信遅くなりスミマセン。

A.B.Cどれも綺麗に発色していて嬉しいです。
Cの白が盛り上がる感じもワクワクしますが
コストがはね上がったりするのでしょうか?
それとも少し白だけ際立ちすぎますでしょうか?

いずれにせよ、本作りをたくさんしてきた
皆様の経験に頼りたいです。

よろしくお願いします。

出来上がる日を楽しみにしております。
何か出来る事がありましたら連絡下さいませ〜。

大洋

みんなCだ。
実は私もCがいい。

でもみなさん、思い出してください。

C:
高演色インキ(鮮やかな色が出るCMY)の3色
+銀入りK+白+白

です。
印刷は
「CMYK(シアン・マゼンタ・イエロー・キー=黒)」
の4色でカラーを表現します。
つまり、白は「ない色」です。
白をどうやって表現するかというと、
それはつまり、紙の色。
もともとの紙の白を利用するのです。
薄い色を刷るには、カラーの点々を
小さくすればいいのです。

その白を‥‥わざわざインクを使って刷る?
しかも、2版も。
刷らなくていい不要な色を、2回も刷ることで、
全体の製版代を4色から1.5倍にはねあげる?!
ないない、ないない、ありえない。
「バカヤロー」「子どものつかいか?」
と、前職の上司の声が耳にこだましました。


↑ どうしよう。

しかし、このことについて
説得する相手はいませんでした。
ここは「ほぼ日」。目の前に、人がいないのです。
こういうとき、よくも悪くもひとりぼっちになるのが
うちの会社です。
自分で折り合いをつければ、
白2色のダブルトーンは、
前代未聞の無意味さと思われたとしても
(しかもそれはぜんぜん無意味ではない)
やれるのです。

白のダブルトーンがどういう効果があるのかを含め、
『かないくん』の印刷については
「GA info.」のサイトに
とてもくわしく掲載していただきました。
ぜひごらんください。

(つづく)

2014-02-20-THU

谷川俊太郎が、一夜で綴り、松本大洋が、二年かけて描いた。 かないくん 谷川俊太郎・作 松本大洋・絵 企画監修・糸井重里 ブックデザイン・祖父江慎(コズフィッシュ) 発行:東京糸井重里事務所 1600円+税 ほぼ日ストアにて販売中

※『かないくん』は、ほぼ日ストアのほか、大手ネット書店や全国のほぼ日ブックス取扱店でも販売いたします。
※ ほぼ日ストアでご購入に限り、谷川俊太郎さんのメッセージや松本大洋さんのラフスケッチが掲載された
 「かないくん 副読本」(非売品)が購入特典としてついてきます。

谷川俊太郎 × 松本大洋 詩人と漫画家と、絵本。『かないくん』をつくったふたり。

this page design: prigraphics

©HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN