カワイイもの好きな人々。
(ただし、おじさんの部)

12月のとある週末、午後1時。
京王線沿線の住宅街に建つ新しいマンション。
太陽がさんさんとふりそそぐ、
静かなリビングルームに僕はいます。

「家内から、これをお渡しするようにと」
今井良和さん(37)は
照れくさそうなトーンでそう言うと、
透明のケースにちょこんと入れられた
体高3cmほどの物体を僕に差し出すのでした。

第49回
フエルトマスコットは
カワイイ。

山下 ‥‥‥‥‥‥‥‥似ています。
今井 そうですか。
山下 これは、まさしくうちのうさぎそのものです。
数カ月前のことです。
読者の方から僕は、あるHPの存在を
教えていただきました。
そこは、ひとりの女性(主婦)が
フエルト製の自作マスコットなどを
紹介・販売するこじんまりとしたサイトでした。
僕はそこで、たいへんな画像に出くわします。
これです。

耳のたれたうさぎが、スプーンのうえに‥‥。
しかも、サイトの説明には
「飼っているうさぎの画像を送れば、
 それをモデルにマスコットをつくります」
という内容の案内が。
迷わず僕は愛兎・パンクの画像を添付して、
たれ耳うさぎのマスコットを1体注文しました。
オーダーメールには、
「そちらの商品を愛でているおじさんを、
 どなたかご存知ないでしょうか?」
というメッセージをそえて‥‥。
しかし残念ながら、そうしたおじさんには
心当たりがないというお返事。
お客様はやはり女性ばかりなのだとか。
僕は一計を案じ、再度メールをしたためました。
「いかがでしょう、もうこうなったら
 ご主人様をご紹介いただけないでしょうか?」

こうして、ご登場いただいた今井良和さんは、
金融関係の会社にお勤めの37歳。
かたい職場にお勤めのご主人から、
やわらかいものをつくる奥様のお話を、
ゆっくりとうかがってまいりましょう。

山下 おひさまをあびた、この表情がまた‥‥。
今井 気に入っていただけたでしょうか。
山下 もちろんです。
今井 そうですか、家内もよろこびます。
山下 テーブルに置いてみますね。
山下 ちっちゃいなあ、ほんとちっちゃい。
‥‥あの、奥様はたしか、うさぎ以外にも
いろいろとつくられていましたよね?
今井 ええ、あそこの棚に並べてるのがそうで‥‥。
ちょっと持ってきますね(取りにいく)。
今井さんは、20数点のマスコットを
棚の上からテーブルの上へと
移動してくださいました。
それからしばし、いつものように、
おじさんふたりで素敵なものを並べる作業。
静かに、黙々と‥‥。

山下 ‥‥いいですねえ。
やはりこのちいささがいいんでしょうね。
今井 そうなのでしょうか(笑)。
山下 奥様は昔からこういったものを
つくられていたのですか?
今井 いや、つくりだしたのは
家内が会社を辞めたあとですから、
あれは3年くらい前からですかね。
山下 そうですか。販売も3年前から?
今井 いえいえ、最初はただつくってただけで。
‥‥それがですね、ある日、
「展示会に出す」と言い出したんですよ。
山下 思い立ったように。
今井 ええ、高円寺のお店で、何人かの作家さんが
一緒に出品する展示会でした。
山下 どうでした?
今井 それが、たのしみにしてみにいったら‥‥。
こう、作品が並んでいる棚の、
いちばんはしっこの、いちばん高いところに
家内のものが展示されてまして‥‥。
山下 ああ‥‥。
今井 家内のつくったものは、ちいさいので
目立たない、というかもう、見えなくて‥‥。
誰もみてくれてないような状態で、
ずいぶんがっかりしたのを覚えています。
山下 そうでしたか‥‥。
今井 そのあとも‥‥
ほら、箱貸しのお店ってあるでしょ?
山下 え? ああ、はい、
ちいさなボックスがたくさん並んでて
そのひとつを借りて雑貨を売るような。
今井 そうそう、そこに出してみたんですが
まったく売れず‥‥。
山下 まったくですか。
今井 ちいさなひよこがふたつだけ売れました。
山下 ふたつ‥‥。
奥様もがっかりなさったでしょう。
今井 ええ、それなりに頑張ってつくっていたので。
山下 なぐさめたり、なさいました?
今井 え? ええ、まあ、
売れなくてもともとなんじゃないの、と。
ふたつ売れたんだからラッキーじゃない、
最初はゼロだったんだよって。
山下 そうでしたか‥‥。
‥‥ネットでの販売はそのあとなわけですね。
今井 はい、ある日帰ってきたらはじめていました。
山下 あ、ご主人に相談はなさらないんですね。
今井 しないですしないです(笑)。
アレコレ言われたり教えられたりするのが、
家内は大嫌いみたいなんで。
いつの間にか着々と準備をすすめてて、
私はいつもあとになって知るんです。
山下 ぜんぶ自分でやりたいかたなんですね、奥様。
今井 マスコットをつくっているところも
私はほとんどみていませんから。
山下 そうなんですか、みえないところで。
「鶴の恩返し」みたいですね(笑)。
今井 (笑)そうですね。
山下 で、お話を戻しますと、
ネットで販売をはじめてから
注文が増えはじめたのでしょうか。
今井 いやあ、これがまた最初は売れなくて。
ほんと、ここ最近なんですよ、
ご注文いただけるようになったのは。
山下 それはやはり、あれの影響で。
今井 ええ、スプーンにのせたうさぎ。
あれの注文がいちばん多いようですし。
山下 インパクトありますよねえ‥‥。
あの、今井さん、僕もちょっと、
うさぎをスプーンにのせて
写真を撮ってもよろしいでしょうか?
今井 あ、どうぞどうぞ、
その珈琲についてますよね、スプーン。
山下 はい、ではこちらを使わせていただいて。
まずはやっぱり、この子から‥‥。
山下 ‥‥‥‥すごいなあ。
もしも、もしもですよ今井さん、
ほんとにこういう生き物がいてですね
ちょこちょこ動いていたら、
それはさぞかし、たまらないでしょうねえ。
今井 (笑)それはかわいいでしょうね。
山下 こっちの白い子ものせてみます(のせる)。
今井 それがいちばん最初につくったうさぎだと、
家内は言っておりました。
山下 そうですか、なるほどプリミティブです。
‥‥次は、この立ち上がってる子を(のせる)。
今井 それはつくるのに時間がかかるうさぎだと、
家内は言っておりました。
山下 そうですかあ‥‥(うさぎをおろす)。
いやあ、ありがとうございました。
‥‥ところで今井さんは
どのマスコットがいちばんお好きですか?
今井 私ですか。私は、ええと‥‥
カメはいいですね、この、カメ。
山下 どのあたりがいいですか?
今井 カメなのに、こんなカラフル。
甲羅がやわらかいっていうのもね‥‥。
山下 (笑)なるほど。
奥様のいちばんのお気に入りは
うかがってますか?
今井 家内は、これが、なんかこう、
心細いかんじで、そこが好きだと言います。
山下 ああ、ほんとだ、なんだか心細い。
‥‥やっぱり、うさぎなんですね。
今井 ええ、やっぱりうさぎ。
山下 やっぱりうさぎ‥‥。
うさぎだけで記念撮影を撮ってもいいですか?
今井 もちろん、かまいませんよ。
山下 では、うさぎ以外の子は‥‥(動かす)。
今井 ちょっと横にどいてもらって‥‥(動かす)。
山下 うさぎだけが‥‥(並べる)。
今井 (並べる)‥‥並びましたね。
山下 ああ‥‥。
今井 ん? 山下さんのパンク、
一緒に並べないんですか。
山下 え? ああ、そうですねえ‥‥。
僕がつくってもらったパンクは、
キノコの横で、たそがれてます‥‥。
今井 はい‥‥。
山下 考えてみれば、この子はまさしくこれから
よその場所へと旅立っていくわけですよね。
今井 ‥‥なるほど。
山下 そんなことをテーマに、ひとつ今井さん、
パンクを加えて再度並べてもらえますか。
今井 ‥‥わかりました。
ではテーマは「そうべつ会」ということで。
山下 はい、「そうべつ会」をテーマに、
お願いします。
今井 パンクちゃんをここに置いて‥‥。
で、こいつはここで(動かす)、
こっちを向いて(動かす)。
‥‥‥‥これでどうでしょう?
山下 ‥‥‥‥‥‥素晴らしいです。
今井 みえますかね、そうべつ会に。
山下 みえます。みえるんですが今井さん、
「そうべつ会」ですと、これ、
なんだか会社みたいですので、
ここはひとつ「おわかれ会」にしませんか。
今井 あ、おわかれ会のほうがいいですね。
途端に「うさぎの学校」にみえてきました。
山下 このクラスからパンクは転校する、と。
今井 はい‥‥。
山下 お別れ会、次はどうなりましょう?
今井 ‥‥どうしましょう。
山下 パンクといちばん仲のよかったのは
どの子でしょうか。
今井 ‥‥‥これ、似てますよね。
山下 はい、この子。
では、パンクはこの彼女のことを
好きだったと、そういう設定にしましょう。
今井 ‥‥‥‥ああ、はい。
山下 そうなると、このおわかれの場面で、
パンクは、どうするか‥‥。
今井 どうするでしょう‥‥。
山下 ‥‥ええと‥‥(パンクを少し動かす)。
今井 ‥‥‥‥‥‥‥‥。
山下 ‥‥‥‥‥‥‥‥(少し動かす)。
今井 ‥‥‥‥‥‥‥‥。
山下 ‥‥‥‥‥‥‥‥(少し動かす)。
今井 ‥‥‥‥‥‥‥‥。
山下 ‥‥‥‥‥‥‥‥(手を止める)。
今井 ‥‥‥‥‥‥‥‥。
山下 ‥‥‥‥‥‥‥‥。
‥‥そして、おわかれです(動かす)。
今井 ‥‥‥‥大切にしてあげてください。
家内もよろこびます。
山下 本日は、ありがとうございました。
奥様に、くれぐれもよろしくお伝えください。
ちいさなパンクをカバンにしまい、
僕はその居心地のよいお宅をあとにしました。

数時間後、山下はわがやに到着。
いつもの居間の、いつもの定位置に、
パンク(大)が寝ころんでいます。
僕はカバンからパンク(小)をとりだすと、
まずは挨拶をさせてみるのでありました。

「よ、よろしくお願いします」

「ん? ‥‥まあ、仲よくやるさ」


ふわりと、かわいかった。

今井良和さんの奥様・眞知子さんの
HP「マチル」はこちら↓


ひとつひとつ手づくりのマスコットなので、
注文してから届くまでにお時間がかかります。
(僕もたのしみに待ちました)
どのくらい待つことになるのか、など
詳しくはメールで問い合わせてくださいね。

2005-12-14-WED

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