黒柳 | 森繁さんが最後に 「徹子の部屋」においでになったのは 88歳のとき。 すごくいいオーバーを着てらしたので 「カシミアですか?」 と訊いたら 「うん、これね、ビキューナ」 なんて、自慢そうにおっしゃいました。 あの方、すごい、おしゃれなの。 わたしはビキューナって知らなかったから 「そうなんですか」 って、森繁さんのよく聞こえるほうのお耳に 叫びました。 補聴器も入れてらっしゃるんだけど、 補聴器がうまくいかないから、 お隣りに座ってね。 |
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糸井 | うん。 |
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黒柳 | そしたら、例の 四国の地震の話の前にね(笑)、 「きみ、お墓はありますか」 なんて言うんですよ。 「だいたい森繁さん、今日はね、 徹子の部屋の25周年でしょ、 それから森繁さんの88歳ですから、 ちょうどおめでたいとき同士なので 今日は明るいお話をしたいと思います、 そう言ったそばから、その話題はどうかしら」 最初は知らん顔していようと思ったら、 森繁さん、つづけるんです、お墓の話題。 |
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観客 | (笑) |
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黒柳 | 「きみ、お墓はありますか。 もうみんな死んじゃったねぇ、 三木のり平くんとかさぁ、 みんな、おいでおいでって言うから やんなっちゃうんだよ」 なんて言い出すんです。 あきらかに、 「ちゃんとした話をするのがめんどくさい」 ということなんです。 そのうちにまた、四国の地震の話がしたい、 と言い出す。 |
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糸井 | はははははは。 |
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黒柳 | こっちも最後まで お墓の話を言わなかったのが悪かったんだけど、 森繁さんがあまりにもずるずるするから‥‥。 つまり、「徹子の部屋」は放送開始から 生とおんなじように撮って、 生とおんなじように出す、 編集はしない番組構成で行くことは 決めていたんです。 だけど、このときはしょうがないから ほんとうに覚悟しました。 |
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糸井 | そのときだけ。 |
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黒柳 | これで「徹子の部屋」を降ろされても、 テレビ朝日を出入り禁止になっても いいと思ったんでね、 「森繁さん、こんなもの放送できないです!」 って言ったの。 |
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糸井 | すごいことが! |
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黒柳 | 「森繁さんが、 どんなにすばらしい俳優かということを わたしは一所懸命うかがっているのに、 そんな態度でやってらしたんじゃ、 放送はできないですよ。 もっと、ちゃんとやってください」 |
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糸井 | うん。 |
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黒柳 | 人生で‥‥そうね、3回くらい、 森繁さんとは、そういうことがあったんです。 だけど、森繁さんのすごいところは、 ここからです。 何を考えてるんだかわかんない人なんだけど、 ただの一度も「なまいきな」とか 「何をきみは言ってるんだ」とか 「ぼくはこれでいいのだ」なんて 絶対言わないわけ。 |
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糸井 | うん。 |
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黒柳 | そのときも、ほんとにわたし、怒ったんです。 「ちゃんとやってくださらないと!」 スタジオの副調整室にいる、 プロデューサーやスタッフ一同、 総立ちだろうなと思いました。 |
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糸井 | うん、うん。 |
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黒柳 | そこで森繁さんが怒鳴ったら たいへんなことに なっちゃうわけじゃないですか。 そしたら、とつぜん、 「萩原朔太郎の詩を読んでいいですか」 |
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糸井 | おおおおお。 |
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黒柳 | いきなりですよ。 いずまいを正してね、 「利根川のほとり、萩原朔太郎」 って、はじまりました。 それがすごくいい詩なんです。 |
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糸井 | へえぇ。 |
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黒柳 | 川の中に身を投じようとするんだけど、 あんまり川の流れがはやくて、 身を投じることもできない。 それで、自分はそばに座って 石で遊んだりしながらそこにいる、 というような詩です。 |
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糸井 | うん、うん。 |
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黒柳 | 森繁さんはほんとうに 朗読がうまい、特に詩がうまい、とは 思ってましたけど、 このときはもう、ちょっと 命がけに見えました。 そばで見ていたら、こめかみのところで 血管がビーっと浮き上がってましたから。 |
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糸井 | うん。 |
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黒柳 | ああ、集中するのは ほんとにたいへんなんだ、と思いました。 その詩を終わりまで読んだら、次は 「大木惇夫」。 |
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糸井 | また。 |
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黒柳 | そう。大木惇夫という人の詩を、 すっごい長い詩なんだけど、 それもやったの。 萩原朔太郎も、大木惇夫も、 全く正しく暗誦してね。 これまで森繁さんは 「徹子の部屋」に14回、 お出になったんですけど、 もっとも評価されてるのは、そこの場面です。 「森繁さんのあれをもう一回聞きたい」 と、みなさんから声をいただきます。 森繁さんの詩の朗読は CDになっています。 森繁久彌「愛誦歌集」って いうんですけどね。 森繁さんが愛して、暗唱した歌集です。 それを聞いてると、 天才だとかなんとか言う前に、 この人の人生は、もしかしたら、 わたしたちとはぜんぜん ちがうものだったのかもしれない と思うようになりました。 |
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糸井 | はい。 |
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黒柳 | このただならないうまさは、なんだろう。 わたしたちは88になっても ああいうふうには詩は読めない。 やっぱりこの人は、何かあるんでしょう。 森繁さんは戦争中、 NHKのアナウンサーとして 満州にいらっしゃって、 日本に引き上げていらっしゃいました。 |
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糸井 | うん。 |
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黒柳 | そこでおそらく、 すごいものを見たんだろうと わたしは思っています。 ずいぶん長く 引きあげまでいらしたみたいです。 森繁さんは、亡くなるまで 一度も話してないです、 戦争のことを。 何度もトライしましたが。 |
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糸井 | はい。 |
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黒柳 | きっと何かをすべて見て、 日本に帰ってきて、 俳優になったときに、 もう、 笑うことでいいんじゃないか、 明るくいくことでいいんじゃないか、 と思ったのではないでしょうか。 |
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糸井 | うん。 |
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黒柳 | そこからはもう、 「一回、どう?」だったんだけど(笑)、 ああいう詩を読むときは、ほんとうに 森繁さんだけの世界があって だれもそばに寄れないような雰囲気になりました。 それはただのテクニックやなんかじゃないな、 と思うんですよ。 |
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