黒柳 | うんと親しかった人でも、 「森繁さんの奥の奥はわからなかった」 とおっしゃいます。 |
糸井 | そうなんですか。 |
黒柳 | 森繁さんという人は、おそらく 糸井さんがさきほどおっしゃったように、 誰にもぜんぜん言わないで、 自分で磨き上げて、あのようなおもしろい キャラクターになさったんだと わたしも思います。 |
糸井 | やっぱり、作っていったんですね。 |
黒柳 | そうやって、喜劇役者と呼ばれて 一生を終えました。 森繁さんが亡くなったときに、わたしは 「芝居は終わった」という気がしました。 人生は劇場、芝居は終わった。 よく、いろんな人がそんなことを言いますけど、 森繁さんほど、 ふさわしい人はいなかったと思っています。 |
糸井 | そうか‥‥。 |
黒柳 | 女の人のことも いろいろおっしゃったりしてたけど、 ほんとにそうだったのかもよくわかんないし。 |
糸井 | 生きることすべてが 劇場だったんですね。 |
黒柳 | そう思いましたよ。 |
糸井 | それは‥‥でかい劇場ですね。 |
黒柳 | そうです、ほんとに。 奥さまが亡くなったときにね、 急いで世田谷の家にわーっと駆けて行ったら、 森繁さん、 「ママ死んじゃったんだよ、 ママ死んじゃったんだよ、 見てやってよ、 生きてるときとおんなじ顔だよ」 なんて泣いてるから、 ほんとねぇって、 奥さまのお顔を拝見していたら、 そこに三木のり平さんの奥さまがいらっしゃって、 タバコ吸ってらしたんですよ。 |
糸井 | はい、はい。 |
黒柳 | そしたら、泣きながら森繁さんは 「ねぇねぇこの人、草笛光子さん」 ってわたしに言うのよ。 「だからね、こんなところで ふざけなくていいから」 と。 |
観客 | (笑) |
糸井 | しょうもないですね(笑)。 |
黒柳 | 似てるんならいいけど、 似てるわけでもないんだから。 |
観客 | (笑) |
糸井 | 「ねぇねぇ」とまで呼びかけて。 |
黒柳 | あいだにヒュッと何かを挟まないと、 気が済まないというようなところが ありました。 |
糸井 | そういうところは、 人間って、直んないんですよ。 森繁さんは、形が整うのが イヤなんですね、きっと。 |
黒柳 | うん、そうね。 |
糸井 | なんだか揃わないでほしいと 思ってるんじゃないでしょうか。 |
黒柳 | 死んだ妻のそばにいる夫ということも 慣れてなくてイヤだったんでしょう。 だけど、森繁さんの奥さまというのは ほんとうにすばらしい方で、 森繁さんがおっしゃる、 いろんなしゃれた話はすべて 奥さまが雑誌や新聞から切り抜いて、 森繁さんに渡してたって話があるくらいです。 |
糸井 | そういう奥さまだったんですね。 |
黒柳 | 「徹子の部屋」の1本目が、 なんでうまくいったかというとね。 |
糸井 | うん。 |
黒柳 | 今日からはじまります、という第1回目、 「ごめんください」という言葉で 森繁さんは「徹子の部屋」にお入りになりました。 そのとき、わたしは タキシードの模様がプリントしてある Tシャツを着てたんですよ。 胸にお花までついた、すごくいいTシャツ。 |
糸井 | ‥‥すごいですね。 |
黒柳 | 「あ、いらっしゃいませ」 「お手伝いさんですか」 「いいえ、わたくし黒柳徹子でございます」 そう言ってるのに、 「お母さんですか」 なんて言うのよ。 「いいえ、わたくし本人でございます」 そう言い合いながら、 30センチぐらいのところまで近づいてきました。 「1回目ですから、 今日はタキシードでお出迎えしようと 思っております」 「ほう」 そうして、わたしの襟のあたりをさわって、 わたしの胸をヒュッとさわりました。 |
糸井 | (笑)いやぁ、まいります。 |
黒柳 | それはけっこう有名な話です。 第1回目の「徹子の部屋」で、 胸をさわったんです、あの人は。 さわったと言っても、 ヒュッとさわっただけなんですけど、 それにしてもね。 |
糸井 | にしてもね(笑)。 |
黒柳 | それがまた、はっきりと カメラに映るようになさいます。 |
糸井 | 公衆の面前どころじゃないですから。 |
黒柳 | そして、こうおっしゃいました。 「あなたの笑顔はいいですねぇ。 笑顔は筋肉が7つしか動かなくて、 すぐに元に戻ります。 でも、機嫌が悪い顔、 仏頂面なんかなさいますと、 167の筋肉が動いてなかなか元に戻らない」 |
糸井 | ほう。 |
黒柳 | 「だから、笑顔でいてください」 |
糸井 | うん。 |
黒柳 | 機嫌が悪いと167だかの筋肉が動いて、 刻み込まれちゃう。 だから、絶対 笑顔のほうがいいわけです。 そういうおもしろい話をなさったんですけど、 そういうのは、たぶん、全部、 森繁さんの「ママ」が 彼に切り抜いて渡してたんです。 |
糸井 | そうかぁ。 第1回からそういうスタートなんですねぇ。 |
黒柳 | そう。だから これでいいんだ、 きばらずに、たのしく、 とらわれないで、 型に、はまらないでいこう。 森繁さんがつけてくださったその形を そのままで、わたしもスタッフも ずっとやっています。 |