「お金じゃないよ。大事なのは人だよ」と、田内学さんは何度も語る。
お金への見方が変わる経済教養小説
『きみのお金は誰のため』が大ヒット中の
金融教育家・田内学さんは、
「お金は無力である」という独自の経済観をもとに、
日本の人たちのお金に対する認識を
変えようと頑張っている人です。
もともと米投資銀行のゴールドマン・サックスで
長年働かれていた田内さん自身、
あるときからお金に対する考え方が変わったのだとか。

そもそも、お金ってどういうもの?
日本では投資について、けっこう誤解がある?
経済の話が苦手な人でも、中学生や高校生でも、
みんなにわかりやすいように、
お金と社会の関係について教えていただきました。
4. お金だけあってもうまくいかない。
お金だけあっても仕方ない。
田内
さて、今度は
「みんなでお金を貯められたとしても、
将来の備えにはならない」
という話です。



数年前から「老後資金2000万円問題」や
「新NISA」の話が出てきて、
一般的にも「投資」や「資産運用」といった
言葉をよく聞くようになりました。



これ、基本的には
「少子高齢化が進むと働く人の割合が減る。
そしたら年金保険料が減るから、
十分なお金をもらえませんよ。
だから将来のためにみんなお金を貯めましょうね」
という話なんですね。
一見「じゃあ頑張って貯めとけばいいかな」
とか思うわけですけど。



でも、実はみんなが無事に貯められたとしても、
この問題って解決しないんですよ。



というのも、この話のいちばんの問題って、
「将来、働く人の割合が減っちゃう」
というところにあるんですね。



いまは1人の老人を2人の労働者で支えている。
それを将来は1人の老人を
1.3人の労働者で支える計算になる。



そのとき、お金もそうですけど、
そもそも少子化がどんどん進んでいくと、
極端な話、数十年先には、
働く人自体がものすごく少ない状況がくるわけです。
そこで老人たちがどれだけ札束を
握りしめていても、そのお金を受け取って
働いてくれる人がいなくなるんですね。



じゃあ、ということで
「日本に人がいないから、ドルを買って
アメリカの人に働いてもらおう」とか思っても、
そのとき円を受け取って
働いてくれる人がいるかと思うと、
だいぶ怪しさを感じませんか?



円の価値を支えているのは
「日本がどんなものを作り、
どんなサービスを提供しているか」です。
だからそういうところから
円の価値が今後も増えていかないと、
いくら円を持っていても受け取ってもらえない。



そう思うと、
この未来のための備えの話って
「少ない人数でもオペレーションできるように
ロボットを作ります」とか、
そういった方向ならまだわかるんです。



だけどいま言われてることって、そうじゃないんですね。
「投資をやりましょう」と言って、
資産運用の話がされているだけ。
もちろん資産運用も大事ですけど、
「それでもう大丈夫」みたいに
根本的に解決することではまったくないんです。
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「投資」とは、
未来のために頑張ること。
田内
「投資」ってどういう行為かというと、
本当は「未来のためにいま頑張ること」ですね。
「勉強は自分への投資」とか
言うじゃないですか、その感じ。



そしてお金の使い方って、大きく
「消費」と「投資」があるわけです。



「消費」って、いまの生活のために
お金を使うような動きです。
「投資」は「これがあると便利だな」とか、
「この問題を解決したいな」とか、
課題実現のためにお金を使うような動き。



たとえばiPhoneとか、製品が完成する前って
まだ製品がないから何も売れないですよね。
だから投資をしてもらって、
そのお金で生活しながら研究開発をするわけです。
すると10年後20年後にiPhoneができて、
「世の中がすこし便利になりましたね」となる。



社会ってそんなふうに
「現在の生活のために働く人」と
「将来のために働く人」が両方いることで、
どんどん発達していくものなんです。



ところが、いま日本で言われてる
「投資を学びましょう」みたいな話って
ほとんどが資産運用のことなんですね。
あとは株の売り買いで利益を得たりとか、
配当をもらったりとか、
お金の部分の話でしかないんです。



本当に社会のためになるような
投資がおこなわれていくには、そこで
「こんな商品があったら便利だ」
「これで問題を解決できる」といった考えで
新たなものやサービスをつくっていく
投資される側の人が必要で、
そうじゃなきゃ成り立たないわけです。



だから本当に投資で日本を元気にするなら、
資産運用の話だけがみんなに広まるのではなく、
そういう、投資される側の人が
増えていくような流れを作る必要があるんですね。
株を買っても、
その会社にお金は入らない。
田内
あと基本的知識として知っておいてほしいのは、
よく投資の勧誘とかで
「未来のために、この会社の株を買って
応援しましょう」とか言うじゃないですか。
でも実際には、株を買っても
その会社にはお金は入らないんです。
その株をもともと持っていた
元の持ち主にお金が流れるだけ。



僕がトヨタの株を1万円買っても、
元の株主に僕が1万円払うだけで、
トヨタという会社自体にお金は入らない。



もちろんトヨタが
「資金調達したい!」というようなときには、
株価が上がってるほうが
より多くのお金を調達できます。
けれど、そういうことをしなければ、
別にどれだけ株価が上がろうと
トヨタにお金は入らないんですね。



そして株の世界ってすごくて、
だいたい年間700兆円ぐらい取引されていますけど、
そこで企業が実際に調達してるお金って
1兆円とか、その程度なんです。700分の1。



で、いま、高校で金融教育の授業がはじまってます。
だけど何をしているかというと、
銀行や証券会社の人が学校に来て
資産運用について教えているだけ。
「あなたたちの未来のために投資を学びましょう」
とか言いながら、そこで言われるのは
お金を出す側の話でしかないわけです。



でもいま、日本が成長しなくなってる理由って、
本来の意味での投資が
うまくいってないことですから。
「お金を受け取って、新しいものを作ったり、
問題を解決したりするために頑張ろう」
という人たちが増えていない。



だから若い人たちこそ
そういう新しいチャレンジとかをしてほしいし、
知るべきは「どう投資するか」じゃなく
「どう投資されるか」のほう。



なのにいま、はじめに教わる投資というのが
「投資する側」の話で、
投資される概念すらないまま
「投資って株を買うことなんだ」
と教えられてしまう。
これ、順番がおかしいんですね。



アメリカの学生とかだと
「自分の夢を叶えるために投資してもらおう」
とか考えるわけです。
ところが日本の学生は
「夢を叶えるには、まずはお金を増やさなきゃ。
お金を稼いで、FIREして、
そのあと自分の好きなことをやろう」
とか考える。順番が逆になんです。



もちろん資産運用も大事ですよ?
だけどお金のない学生に、
そこから教えてどうするの、っていう。



若い人ほど新たな挑戦をしてほしいし、
「自分たちの時間で、社会に何が提供できるのか」
ということをどんどん考えてほしいんです。



そして僕ら大人は、頑張ってる若い人に、
「君、この研究開発もっと進めてみて」
とか、そういう応援に
もっと力を注がなきゃいけない。



僕がこの本を書いたのって、
そういう本来の投資のあり方を知ってもらって、
いまの状況を少しでも変えていけたら、
という思いがあるからというのが
ひとつあるんですね。
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子供を幸せにするには、
社会側を変えること。
田内
あと、合わせて親世代の方に
すごくお伝えしたいのが、
いま、日本がジリ貧で、
なんだか椅子取りゲームのような
状況になってるわけですね。



将来、座れる椅子が少なくなるから、
自分の子どもに
「いい大学行って、年収の高い会社で働いて、
投資でお金を増やしなさい」
ってやるわけです。
もちろんそれも大事だし、僕も自分の子どもが
かわいいから、そう教えるわけです。



ところがみんながその努力をすればするほど、
この椅子取りゲームって、熾烈になる。
実際すでに、そういう状況が起きてるわけです。



でも、親としてできるアプローチが
本当はもうひとつあって、それが
「社会側を変える」ということなんですね。



自分の子どもを少ない椅子に
なんとか座らせるのではなく、
「椅子の数を増やしてあげる」とか
「その椅子に座らなくても幸せに生活できる、
居場所のある社会にする」とか。



自分の子どもだけが得をするんじゃなく、
社会全体をよくする。
それが結果的に自分の子どもたちが
生きやすくなることにつながる。
そういう努力って、みんなが頑張れば頑張るほど
やりやすくなって、いい方向に進んでいきますから。
子供にいい未来を残したいというとき、
そういう視点でも考えてみてほしいんです。



また、今日のような話をすると僕はよく
「社会貢献のことを考えられるなんて、
田内さんには余裕があるからですよ」とか
「そういう利他的な発想が自分にはできなくて」
みたいなことを言われるんですね。



でも僕、別にとくべつ利他的な人間でもないし、
単に自分と子どものことを普通に考えて、
「このままだとマズいな」と思ってるだけなんですね。



うちも子どもがいるんですけど、
どんな環境でも1人で
生きのびていける子ならいいと思うんです。
でも大きくなったときに、
そういうタイプかどうかはわからない。



もしそれが苦手だったりしたら、
「僕が死んだあと、今の日本で大丈夫かな?」
という不安があって。
だから、
「どういう人でも生きやすい状況になるように
社会を良くしていく」のが大事だし、
そういうことを少しでもできたらいいなと
思っているんです。
(つづきます)
2024-11-18-MON
写真
『きみのお金は誰のため』
─ボスが教えてくれた
「お金の謎」と「社会のしくみ」



田内学 著
(本の帯より)
3つの謎を解いたとき、
世界の見え方が変わった。
「お金自体には価値がない」

「お金で解決できる問題はない」

「みんなでお金を貯めても意味がない」
ある大雨の日、中学2年生の優斗は、
ひょんなことで知り合った
投資銀行勤務の七海とともに、
謎めいた屋敷へと導かれた。
そこに住む、ボスと呼ばれる大富豪から
なぜか「この建物の本当の価値がわかる人に
屋敷をわたす」と告げられ、
その日から2人の「お金の正体」と
「社会のしくみ」について学ぶ日々が始まった。



元ゴールドマン・サックスの金融教育家が描く、
大人にもためになる経済教養青春小説。