- 糸井
- 又吉さんの小説には
「師匠」と「徳永」という
2人の芸人さんがいますが、
どちらも又吉さんご自身ではないですよね。
- 又吉
- そうですね。
- 糸井
- すごいなと思ったのは、
小説の中で描かれているお笑いのネタが、
すごく受けるネタとして登場させるものと
そうじゃないものと
バランスがとれているところなんです。
絵の具で色づけたような
おもしろさのグラデーションが、
ちゃんとついてる。
- 又吉
- あ、本当ですか。
- 糸井
- これは小説家には書けないだろうなと。
相当気をつけられたでしょう、そこは。
- 又吉
- そうですね。
出会いの場面で言うと、
まだハタチと24ぐらいの2人で、
書いてる当事者のぼくは34歳なんです。
芸人になって15年目のぼくが
2人の会話を真剣に考えてしまうと、
おそらくハタチと24歳の会話にならない。
- 糸井
- よすぎちゃいますよね。
- 又吉
- はい。そこはすごく気をつけました。
特に、若い「徳永」のほうは、
最初は粗さみたいなものを強調して、
年齢が上がってくると、
いろんな「師匠」以外の人としゃべって、
常識がだんだんわかっていくという設定にしたり。
お笑いの部分でも、
あまりにもおもしろくしすぎた部分はカットして、
そういう部分では気を使いました。
- 糸井
- ものすごくおもしろいものを混ぜ込んだら、
読者は喜んでくれると思うんだけど、
そこはあえて登場人物に合わせて
カットしなきゃならない。
そこの理性って、
「サッカーうまいですね」っていうか。
- 又吉
- (笑)
- 糸井
- 「左足でプロになりましたね」っていうか。
- 又吉
- (笑)
きっと、コントをやっていることが
大きいんです。
漫才だと自分が一番おもしろいと
思うことができるんですけど、
コントだと、たとえばぼくが
化け物役をやるときっていうのは、
化け物が持ってる世界の中でしか
ボケたらダメなんです。
化け物とぼくが全力で戦ったら、
ぼくが勝っちゃう可能性があるんです。
でも、そっちを選ばないで、
化け物は化け物の言葉で
しゃべらなアカンというのが
コントでは常識としてあるんで、
それは小説でも多分同じことかなと。
- 糸井
- 落語だと、登場人物の首の振り方にも
様式がしっかりとあって、
それを破っちゃうとお客さんが混乱するんだけど、
それと同じようなことが
コントの中にも
ルールとしていっぱいあるわけなんだね。
- 又吉
- そうですね。
- 糸井
- そこである程度、鍛えてるわけだ。
- 又吉
- 多分、それは慣れになっているかも
しれないですね。
- 糸井
- 相当できてましたよ。
で、おもしろかったのは、
女の人のことを
ちょっと上に持ち上げて書いていますよね。
おそらくあの登場人物たちにとっては
女性がああいうふうに見えてるんでしょう?
- 又吉
- そうなんです。
- 糸井
- そこのところも
加減が難しかっただろうなあ。
- 又吉
- 34歳のぼくの常識でいくと、
ああいうふうに女性を書くのは、
女性に対していろいろ求め過ぎてて
ダメだと思うんです。
いまのぼくだったら
女性の逃げ場をもっとつくるし、
失敗も許すと思うんです。
でも、あの若い「2人」は若いし、アホやから(笑)。
ぼくだって若いころは
女性に対して求めてるものが大きかったし、
そこも彼らの目線で書こうと思ったんです。
- 糸井
- その抑制が効いてるんじゃないかと
思ったときに、
これはすごくおもしろいものを
読んだなぁと思って。
- 又吉
- ありがとうございます。
- 糸井
- それこそ腕を見せたくなっちゃったら、
あの女の人をもっと書きますよ。
でも腕を見せちゃうと、
あの子たちの青春ドラマが壊れちゃう。
つまり「俺ってすごいやろ」の
又吉物語になっちゃうんです。
- 又吉
- そうですね。
- 糸井
- それやりたかったらエッセイで
「女の人は恐ろしいんです」って
書けばいいんですよね。
又吉さんの小説は、
下手に使うと嫌な言葉なんだけど、
「品がよかった」んです。
つまり「俺ってすごいやろ」というのを言わないで、
ちゃんと静かにしていられるんですね。
小説を書く人って、
その世界全部の王様になれるわけだから、
力量を超えたものにしたくなったり、
腕を過剰に見せたくなったりしがちなんだけど、
それをしないで、
ちゃんと最後まで読ませるっていうのはすごい。
小説を褒めるのってなかなか難しいんだけど、
「作者のそういう品のよさがぼくは大好きです」
というふうなことを、ずっと言いたかったんです。
- 又吉
- ありがとうございます。
- 糸井
- 多分、普段もきっとこの人、
こうなんだろうなと思ったんです。
ちょっとね、みんな
「悪い」人が小説家になるって
思い込んでると思うんです。
- 又吉
- ああ、はい。
- 糸井
- 「小説家だから意地悪な目を持ってる」とか、
「日常では普通にしてるけど、
実は小説を書く人だから、
影の部分をちゃんと見透かしてるんだよ」みたいな。
それはちょっとネガティブなほうに
価値を置き過ぎだと思う。
ポジティブだけど、
見るべきところは見てるって人、
山ほどいるわけで。
- 又吉
- そうですね。
- 糸井
- (後ろを振り返って)
いまお話しているこの「TOBICHI2」の
裏ってお墓なんですよ。
お墓があると言ったって、
別に何でもないことじゃないですか。
幽霊がいると信じてる人にとっては
大きいことかもしれないけど。
で、こうやってお墓を景色にしちゃうのは、
お墓の恐ろしさを知らないからじゃなくて、
「知ってるよ、そんなこと。
だけど、いいじゃない、ここ」っていう。
自分が持ってるそういう部分と
又吉さんの小説とが、
なんだか共振したんですよね。
それがすごくうれしかったです。
自分には書けないです、あれは。
ぼくはもうちょっと見栄を張ると思う。
- 又吉
- そうですかね(笑)。
そんなことないと思いますけど。
- 糸井
- 「こういうのを人は喜ぶよね」という
稼ぎどころみたいなものが
まだ、ぼくの中に
悪い意味で残ってると思うんです。
だから、又吉さんがコントで
やってこられたことと同じように、ぼくも、
「このあたりで人が
ちょっと点入れてくれるな」というところを、
どの分量交ぜるかって考えちゃうし、
そこがちょっと下品になるんじゃないかな。
だから、又吉さんのほうが
性格がよくて小説家としていいなあと。
- 又吉
- 性格いいとは思わないですけど(笑)。
- 糸井
- いいっていうのとは違うのかもしれないけど、
何て言うんだろう、落ち着いてますよね。
- 又吉
- はじけたいですけどね。
- 糸井
- はじける‥‥うーん、
そんなの治す注射もなさそうだな(笑)。
(つづきます)
2015-04-09-THU